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初勝利まで「あと一歩」、トヨタのル・マン挑戦の歴史とは?

トヨタがル・マン24時間耐久レースの最高峰クラスに参戦し始めてから30年余り。優勝こそ未だ一度もありませんが、ル・マン優勝という栄光にあと一歩、いやあと半歩まで迫ったレースが過去何度もあるのです!この記事ではそれらのレースを振り返りたいと思います。

http://toyotagazooracing.com/jp/

©︎TOYOTA

トヨタ、ル・マン参戦の歴史

 

2016年の6月19日、レース時間にして23時間57分を終えてトップに君臨していたTS050は、ル・マン優勝を目前にして「ノーパワー!」というドライバーからの悲痛な無線と共にホームストレート上にてストップしました。

現地時間で15時頃、日本時間にして22時頃、テレビ中継などのモニターの前で、残り時間約3分にしてストップしたTS050を見て唖然としたモータスポーツファンの方は多いのではないでしょうか。

トヨタのエンジンが初めてル・マンに姿を現したのは、SARDの前身であるシグマオートモーティブが製作したシグマ・MC75でした。

1987年にトヨタ・チーム・トムス(TTT)としてワークス参戦を開始したのです。

そんな、歴史あるトヨタの過去のレースを振り返ってみると、今年と同じく優勝を目前にマシントラブルや不運が重なった事により逃してきたレースが他にもあるのです。そしてその度、優勝までの距離も年々縮まってきていることが分かります!

それでは、その「あと一歩」の歴史を振り返ってみましょう。

 

雨のル・マン、予選用ガソリンを使っての猛烈な追い上げ(1992年)

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サルテサーキットを走行中のTS010(出典:©︎TOYOTA)

1992年、この年はトップカテゴリーであるグループCカーのエンジンに関する規定が”排気量3500cc、自然吸気のみ”に変更された年でした。

ル・マンでは参戦台数確保のため、新規定と今までの旧規定であるグループCカーが混走する事になり、トヨタは新規定である3500cc自然吸気V型10気筒のエンジンを搭載するTS010を3台投入する事になります。

ライバルは同じく新規定の車両で参戦するプジョー、そしてマツダのワークスチームでした。

予選ではプジョー勢に続き3位、4位、5位のグリッドをトヨタの3台が獲得しましたが、決勝では雨により前半はウェットコンディションとなりました。TS010の履くグッドイヤーのタイヤはライバル勢のタイヤに比べてグリップ力に欠け、徐々に順位を落としていきます。そして、雨が上がった時点でプジョーやマツダとのタイム差はかなりのものとなっていたのです。

ここで挽回のため、最上位である4位につけていた33号車に予選用ガソリンの投入を決断。

予選用ガソリンにより数十馬力のパワーアップをした状態で走行した場合、どこまでエンジンが持つのか未知数での賭けでした。しかし、一周当たり約7秒のタイムアップでプジョーを猛追したのです。

そして終盤には2位まで順位を上げる事に成功したのですが、予選用ガソリンを使い続けての追い上げであったため、エンジンのシリンダーヘッドに亀裂が入ってしまい、冷却水が漏れ出しオーバーヒートするというトラブルに見舞われてしまうのです。

そこで、緊急ピットインを決断。冷却水を補充するもののオーバーヒートは再発してしまい、トップ追撃を断念。

ペースを落とし、残りの周回をエンジンをいたわりつつ走行することで、総合2位の順位を守りきりトヨタ初のル・マン表彰台を獲得したのです。

最終的に優勝したプジョー・905Evo1Bとの差は6周でした。

 

残り1時間、シフトリンケージトラブルに泣いた94C-V(1994年)

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©︎TOYOTA

1994年は前年から大きくレギュレーションが変わり、プロトタイプカーに加えGTカーの参戦が認められ、現在のル・マンに通じる形態のレースとなりました。

3500ccのNAエンジンを搭載するグループCカーは姿を消し、1990年までの規定に合わせ製作されたCカーがLMP1クラスとして出走する事になりました。

それに加えLMP2、そしてGTカークラスであるGT1、GT2やIMSA GTSという5クラスが設定されました。

1994年のル・マンにワークスチームとして参戦したメーカーは無く、トヨタも91C-Vをベースとした94C-VをSARD、トラストのプライベートチームに供与しての参戦となりました。

94C-Vは、LMP1の規定に合わせウィングの小型化、ボディ下面でのダウンフォース抑制のためのフラットボトム化、吸気リストリクター採用によりエンジン出力は500~550馬力に抑えられ、燃料タンクも80リッター以下と制限されたのです。

このレースで94C-Vのライバルとなったのは、ダウアー・962LMでした。

GT1規定は市販車としてナンバー登録された車両が1台でも存在していればベースカーとして認められるという規定でした。そして、ダウアーはレーシングカーであるポルシェ・962Cを公道仕様に改造したモデルを製作していたメーカーでもあったので、ポルシェからシャシー提供を受け公道仕様から再びレーシングカーへと仕立て直して参戦したのです。

LMP1に対してGT1クラスは出力の面で600~650馬力ほど、そして燃料タンクも120リッター以下と燃料積載量も多く有利な条件となっていました。

決勝はダウアー・962LMとトヨタ・94C-V二台ずつが優勝争いを繰り広げたのです。

そして、ダウアー35号車のタイヤバースト、36号車のドライブシャフトトラブルなどにより、日が沈む頃にはサードがル・マンをリードする展開に。

順調にリードを保ったまま順調に周回を重ね、残り約1時間の時点で2位のダウアー36号車との差は約3分。誰もがトヨタ初のル・マン制覇を確信したその時、目を疑うような光景が目の前に広がりました。

94C-Vはホームストレート上に停止し、ドライバーのジェフ・クロノスがマシンを降りてリアカウルの下に手を突っ込んでいるのです。

原因はシフトリンケージトラブルで、事前にミッショントラブル対策として車外から素手でギアを入れる機能が搭載されていたので、ドライバーが素手で3速にギアを入れピットに帰還します。

このトラブルでのタイムロスによって、ダウアーの2台に抜かれ3位に転落してしまいます。

しかしチームは諦めず逆転を目指しての追い上げを開始!ファステストラップを記録しながらエディ・アーバインが猛烈な追い上げを見せ、各車がフィニッシュに向けてペースを落とし、パレードランに移る中、ダウアー35号車との全開バトルを繰り広げたのです。

最終ラップでは順位を2位に上げましたが、あと一歩で優勝には届かず、レースを終える事となりました。

1位のダウアー36号車との差は約4分という結果でした。

オーバーテイクシーンからフィニッシュまでの動画はこちらでご覧いただけます。

 

ファステストラップを記録しながらの追い上げも虚しく、残り1時間でのタイヤバースト(1999年)

©︎TOYOTA

1998年、トヨタはGT1規定に合わせた新型マシンであるTS020をデビューさせました。

この規定自体は94年から変わらず「ナンバーを登録した市販車を1台生産しなければならない」というものでしたが、どのメーカーも”市販車をベースとする競技車両”ではなく”競技車両ありきの市販車を1台作っておく”という認識になっており、各メーカーのマシンはGTカーというよりプロトタイプカーと言えるものでした。

TS020も例外ではなく、外観、中身共に純粋なレーシングカーと変わらないロードバージョンの市販車を1台製作したのみでした。

徹底的に空力を突き詰めたTS020、98年は圧倒的な速さを見せたものの、ミッショントラブルが続出し、参戦した3台中2台が早々に優勝戦線から離脱します。

残ったトヨタ29号車も2度のミッショントラブルに見舞われますが、素早く戦線復帰しトップに立ちます。

しかしミッショントラブルが再発し、残り1時間15分の所でトップを走っていながらのリタイヤとなりました。

最上位は27号車が総合9位と、残念な結果となってしまいます。

©︎TOYOTA

翌年、GT1クラスが撤廃されLM-GTPクラスに変更。名前をTS020からGT-Oneに変え、去年と同じく3台をエントリー。

レギュレーション変更に伴い最高出力は600馬力から700馬力へとUPします。予選では、圧倒的な速さでフロントローを独占したことに加え、2年目の参戦で信頼性が向上し、多くの人がトヨタの圧倒的有利を確信していました。

しかし予想に反し、決勝が始まるとBMWのワークスチームが走らせるV12LMR、そしてメルセデスのワークスチームのCLRを引き離すことができず接戦に陥ります。

トヨタ1号車は前年と同じくミッショントラブルにより序盤に優勝争いから離脱、2号車はその後BMW17号車と同一ラップでトップ争いを繰り広げますが、下位クラスの車両に追突されリタイヤとなりました。

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片山右京、土屋圭市、鈴木利男の日本人トリオが駆るトヨタ3号車は1号車2号車のバックアップとしてペースを抑えて走行していましたが、2台がリタイアした時点でペースアップを決め、追い上げを図ります。

そしてレース残り4時間の時点でトップを走行していたBMW17号車がクラッシュし、2位につけるBMW15号車を1周差で追っていたトヨタ3号車は優勝が狙える位置に浮上。

ファステストラップを記録しながらの猛烈な追い上げにより、残り1時間を切った所でトップと22秒差の所まで詰め寄りました。

しかし、ここでもトヨタをアクシデントが襲ったのです。

片山右京がル・マン名物のロングストレートである”ユノディエール”を走行中、周回遅れのBMWをパスしようと車体を横に振り縁石に乗った直後、左リアタイヤがバーストしてしまいます。

時速328km/hからのタイヤバーストにも関わらず、奇跡的に体勢を立て直し、ピットに帰還。

©︎TOYOTA

カウルなどの外観に大きな損傷はありませんでしたが、ブレーキホースの損傷などによりコース復帰に時間がかかってしまいます。

加えてバースト時にタイヤハウス内で破片が飛び回ったことにより、左バンクのタービンが破損しパワーダウン。追撃続行は不可能という判断が下るのです。

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そしてシングルターボの状態で走行を続け、トップから1週遅れの総合2位を死守してのゴールとなりました。

 

残り13.629kmで逃したル・マンの栄光、ターボトラブルによって潰えた優勝(2016年)

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2014年シーズンのWECチャンピオンを獲得したトヨタ・TS040を改良し参戦した昨シーズンは、ライバルであるアウディ・R18、そしてポルシェ・919ハイブリッドの進化したスピードについて行けず、どのレースでも後塵を拝する結果となってしまいました。

トヨタはこの結果を受け、ル・マンに焦点を絞り新規開発したTS050を2016年シーズンに投入したのです。

エンジンは3700ccV型8気筒自然吸気から2400ccV型6気筒ツインターボエンジンへ、そして回生システムのバッテリーも、スーパーキャパシタからリチウムイオン電池へと動力面が大きく変更されました。

予選は前年度のル・マン覇者であるポルシェ・919ハイブリッドがフロントローを獲得。トヨタはそれらに続き6号車が3位、5号車が4位からのスタートになりました。

決勝がスタートするとポルシェ、トヨタ両陣営の激しい攻防線となり、同一周回どころか秒単位でのトップ争いを終盤まで繰り広げます。

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ポルシェが1スティント13周なのに対し、トヨタは1スティント14周と燃費に勝り、ピット回数をこなすごとに徐々にトヨタがポルシェを引き離していきました。

レース開始20時間が過ぎたところで、トヨタ6号車がトップ、2位に5号車とワンツー体制を築きましたが、6号車が単独スピン!3位に後退してしまいます。

2位に順位を上げたポルシェ2号車が6号車を追うという展開がレース終了10分前まで続いていました。

そしてレース残り時間6分30秒、トップを追うポルシェ2号車がスローパンクチャーによりピットイン!20秒程であった差が1分程に広がり、誰もがこの時点でトヨタのル・マン初制覇を確信しました。

しかし、そこに耳を疑うような無線が入ります。

24時間に渡るレースの終了まで残り3分。フィニッシュドライバーを任された中嶋一貴からピットへ「ノーパワー!!」という悲痛な訴えが無線から響き渡ったのです。

その後徐々にスローダウンし200km/h以上の速度が出ないという状態に。そしてフォードシケインを立ち上がり、最終ラップへと入るホームストレート上でTS050は無情にもストップしてしまうのです。

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スローダウンの原因は、片バンクのターボチャージャーとインタークーラーを繋ぐパイプの不具合で、過給圧が低下してしまった事と後に発表されました。

その後走行を再開するものの、最終ラップにかかったラップタイムは11分53秒。「1周を6分以内に周回しなければリタイア扱いとなる」というルマンの独自のレース規定に抵触してしまい、384周という周回数をこなしながらもリタイアとなりました。

繰り上がりで3位につけていたトヨタ6号車が2位表彰台を獲得しましたが、過去最も優勝へと近付いたレースだけに、ファンにもチームにも悔しい思いが残る結果となりました。

 

まとめ

©︎TOYOTA

TS050のスローダウンの原因となったパイピングは、17000kmもの走行耐久テストをクリアし、更にレース前に新品に交換されたものでした。

94C-VやTS020も、トップを走るために、ライバルとスピードで渡り合えるだけの競争力を研究開発し、あらゆるトラブルを想定し対策を練ったはずなのに、アクシデントやトラブルによって優勝を目前にしながら逃してきました。

それほどに過酷な24時間耐久レースであるからこそ人気も高く、参戦し続けるメーカーも多いのです。そしてそんなレースに挑戦し続けるトヨタの姿勢は私達を魅了しつづけています。

WRCにも復帰し、トヨタのレース活動も盛り上がりを見せている2017年。

今年こそトヨタのルマン制覇を期待して、6月を待ちたいと思います!

©︎TOYOTA

 

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Writer Introduction
Kohei-Eguchi

大学生です。自動車部やってます。自動車部だなんて時代錯誤的だなんて思うかもしれませんが、若者にとってまだまだクルマというコンテンツは超絶刺激的なんです。 文章を通じてクルマの楽しさを、次の世代に、上の世代に、日本中に伝えられるよう、執筆して参ります。

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