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レースで勝つために生まれた。過激すぎたBMWの名車M3(E30)とは

ラリーのグループBとともに、一定以上の量産が義務付けられ、市販モデルの過激さが評判を呼んだ、ツーリングカーレース用グループAマシン。ドイツでもBMWモータースポーツ(現在のBMW M)が作った初代M3の過激さが話題になりました。今や伝説となった初代M3とその活躍ぶり、そして現在に至るまでをご紹介します。

©︎BMW AG

 

BMW M3ってどんな車?

©︎BMW AG

自動車メーカーは、現在でもしばしば通常の市販車をベースにしたハイパフォーマンス・モデルを製作します。

それは単純にそのメーカーのラインナップから選ばれた、ハイパワーなエンジンを積んでサスペンションを固めただけのものもあれば、空力性能や太いタイヤを履くため外観から大きく変化したものなど、色々あります。

果ては、ユーザーが直接目にしないところにまで手が入り、見た目の変化以上に素晴らしいパフォーマンスを発揮するものまでさまざまです。

BMW M3はその中で、どんなジャンルの車なのでしょうか?

マイナーチェンジを繰り返すごとに、BMWの施策もあり「特別なハイパフォーマンス」や「過激な外装」は鳴りを潜め、あるいは他のモデルに譲っています。

しかし本来は「見た目からして過激でやる気を感じさせる上に、精密機械のようなエンジンを搭載」した、レースをはじめとするモータースポーツ用ベースモデルでした。

センセーショナルだった初代モデルを中心に、その歴史を辿ります。

 

グループAのホモロゲーションを獲得する為に量産された、初代E30

©︎BMW AG

最初のE30型M3が発表されたのは1985年のこと。

当時、F1用ターボエンジンの開発が一息つき、1983年には業務拡張のため、その規模を拡大させていたBMWモータースポーツ社(現在のBMW M社)では、スーパーカーのM1とそのエンジンを搭載したM635CSiクーペやM5に続く、新たなモデルが計画されていました。

それは1984年から始まったDTM(ドイツツーリングカー選手権)に参戦し、勝利することが可能なマシンを作る為でした。

DTMに参戦可能なマシンは5,000台以上の生産が義務付けられ、4座席以上のグループA規定に沿ったものである必要があったのです。

BMWモータースポーツ社はこのオーダーに応え、1982年にデビューしていたE30型3シリーズをベースにしたハイパフォーマンスモデルの量産を決定します。

 

内外ともに過激に武装!E30型M3の誕生

©︎BMW AG

ベースとなったE30型3シリーズ・2ドアセダンに対し、BMWモータースポーツ社は内外に大胆な改良を加えました。

左右に大きく張り出した前後のブリスターフェンダーは、トレッド拡大とともにグリップ力が高く太いレーシングタイヤ装着を可能にします。

サーキットのレーシングスピードで適切なダウンフォースをもたらすため、大型リアウイングも標準装備。

また、専用スポイラーが装着されたほか、Cピラーとリアウィンドウ角度の見直し、トランクのハイデッキ化でベース車のCd値0.38から0.33へと余計な空気抵抗を低減したのです。

その結果、ボディパネルはボンネットとルーフパネル以外、ベース車とは全く別物になりました。

©︎BMW AG

エンジンは専用の2.3リッター直4DOHCエンジンで、195馬力と当時の3.3リッター直6SOHCエンジン並の出力を発揮した過激なチューニング。

もちろんパワーアップに合わせ、5シリーズからの流用パーツでホイールベアリングとフロントブレーキキャリパーを強化したほか、ベース車から3倍ものキャスター角がつけられました。

これらの改良に合わせて、レースシーンでの過酷な走行に耐えるため、ホイールも4穴PCD100から5穴PCD120へ変更、ボディ各部も大幅に補強されています。

 

市販されるやいなや、BMWモータースポーツ社始まって以来のヒット作に

©︎BMW AG

その結果、市販車としてはかなり「ゴツイ」姿となりましたが、グループAレースに出場するためにはこれを5,000台以上販売しなければなりません。

果たして、このような「公道を走るレーシングカー」は売れるのか?

しかし、その心配は杞憂でした。

BMWモータースポーツ社は既にM635CSiやM5で市販モデルの実績を積んでおり、特にハイパフォーマンスセダンのM5はアウトバーンでスポーツカーを抜き去る「ビジネスマンズ・エクスプレス」として好評を得ていたのです。

1986年に発売されたM3はユーザーから大好評をもって迎え入られ、各バージョン合計1万7,970台も販売され、同社は新たな市場開拓に成功しました。

同じくDTM参戦のためにグループAホモロゲーションモデル・190E2.3-16の販売を始めたメルセデス・ベンツへの対抗意識もあって、BMWファンはM3を積極的に支持したのです。

 

DTMでデビューウィン!期待通りの活躍

©︎BMW AG

1984年に始まったDTMで、BMWはその当初635CSiや323iなどで参戦していましたが、1986年になるとライバルの台頭で劣勢に晒されていました。

しかし、M3初参戦となった1987年シリーズが始まると、開幕から2連勝を飾るなど10戦中5勝を獲得し、タイトルを総なめにしたのです。

さらに同年、世界ツーリングカー選手権でも、ロベルト・ラバーリアがチャンピオンを獲得するなど、幸先の良いスタートを切りました。

その後の5年間でM3はDTMで2度、ツーリングカー・ヨーロッパ選手権で2度のシリーズ優勝を果たし、ほかにも数多くの国際レースを制したことで、同年代のグループAツーリングカーの中では、もっとも成功した1台となったのです。

 

日本でもJTCで大活躍

©︎BMW AG

グループAツーリングカーレースは同時期に日本でもJTC(全日本ツーリングカー選手権)として始まり、1987年シーズンからM3もデビューしました。

もちろん日本でも、そのパフォーマンスは圧倒的で、2.5リッター以下のマシンで戦われるクラス2では1988年から、JTC最終シーズンとなる1993年まで、ほぼM3ワンメイク状態で戦われています。

このため、1.6~2.5リッタークラスのハイパフォーマンスカーとして「BMW M3」の名と姿は、日本人にも強烈に印象付けられたのです。

 

カブリオレなど派生型やエボリューションモデルも多数

©︎BMW AG

日本に正規導入されたのはベースモデルのみでしたが、M3には他にも派生車種がありました。

M3の豪華版と位置付けられ、ハンドメイドで製作されたソフトトップのフルオープンモデル「カブリオレ」は、ツーリングカー・ヨーロッパ選手権制覇を記念した「ヨーロッパマイスター」でした。

1987年以降新たなホモロゲーションモデルとして細部を変更した「エボリューション」および「エボリューションII」と、DTMレギュレーションに合わせ、238馬力の2.5リッター直4エンジンに換装した「スポーツエボリューション」。

そして、エヴォリューションIIをベースにツーリングカーレーサーの名を冠した「チェコット」と「ラバーリア」もありました。

 

変わり種?!M3ピックアップ

©︎BMW AG

なんとその名の通りピックアップトラック仕様の「ピックアップ」も試作されました。

パーツの輸送車にもハイパフォーマンスがあったらいいんじゃないか?と考えたBMWモータースポーツ社が320iカブリオレをベースに作ったため、オリジナルのM3ほど派手なブリスターフェンダーはありません。

しかし、エンジンは200馬力のM3用2.3リッターエンジンが搭載されており、市販こそされなかったものの、同社で実際に輸送車として2012年に引退するまでの26年間、使用され続けました。

©︎BMW AG

鮮烈なデビューを飾った初代E30。そこからM3は2代目、3代目へと進化していきます。詳しくは次のページで!

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Writer Introduction
兵藤 忠彦

ダイハツ党で、かつてはジムカーナドライバーとしてダイハツチャレンジカップを中心に、全日本ジムカーナにもスポット参戦で出場。 現在はサザンサーキット(宮城県柴田郡村田町)を拠点に、主にオーガナイザー(主催者)側の立場からモータースポーツに関わっています。http://dctm.info/

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