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これが日本のレースの歴史!伝統の鈴鹿1000kmで優勝した歴代マシンたち[1980年・グループC全盛期編]

1966年に始まった鈴鹿1000kmレース。その開始以来、数々の名勝負が繰り広げられたものの、オイルショックの煽りを受けて1973年大会を最後に一時休止。そして7年後、鈴鹿1000kmは国際格式のレースイベントとして復活を遂げるのです。今回取り上げるのは、1980年代の優勝マシンたち。その過激な速さと風貌から「恐竜時代」とも呼ばれた、グループCマシンを中心にご紹介していきます。

 

©鈴鹿サーキット

 

1980年 マーチ・75S/マツダ

 

©鈴鹿サーキット

 

1980年に7年ぶりの復活を遂げた鈴鹿1000kmで勝利したのは、 辰巳裕信/長坂尚樹 組のマーチ・75Sでした。

この年のエントラントは、サニー、シビック、カローラといったツーリングカーに加え、富士グランチャンピオンレース(富士GC)のプロトタイプマシンが5台エントリーしており、この75Sもその一角でした。

当時、大人気のシリーズ戦で開発競争も激しかった富士GCのマシンは国内最高峰と呼べるレベルで、この75・Sには英国・マーチ製のシャシーにオリジナルカウルを装備、654cc×2ローターのマツダ・13Bロータリーエンジンがミドシップに搭載されています。

ちなみに開催時期が現在まで続く8月末となったのは、この年からでした。

 

1981年 ポルシェ・935K3

 

©鈴鹿サーキット

 

この第10回大会より、JAF国内格式から国際格式の耐久レースへと進化した鈴鹿1000km。

この年の最注目は、本場から乗り込んできた2台のポルシェ935K3でした。

当時の最強コンストラクター「クレマー」が935を3.2L ツインターボ仕様へとアップデートしたこのマシンは、プロトタイプ勢を抑えてル・マンで優勝を果たすほどの速さを誇っていたのです。

クレマーに召集された2名のエース、ボブ・ウォレク/アンリ・ペスカロロがガレーヂ・伊太利屋カラーのマシンを駆り、予選ではなんと935以外のマシンに7秒もの大差を築いてポールポジションを獲得。

決勝では燃料系のトラブルに見舞われ、6周遅れとなるもゴール直前に大逆転。

恐るべき速さで、ドラマチックな優勝を飾りました。

 

1982年 BMW・M1

 

©鈴鹿サーキット

 

1982年はFIAのレギュレーションが大幅改訂され、従来の「グループ・数字」から「グループ・アルファベット」に再編成されました。

新たなトップカテゴリーとなった「グループC」は、燃料消費が規程されている以外自由度が高く、最低販売台数などのリミットが無くなったことで多くのメーカーが続々とマシン開発に着手。

しかし、初年はグループ5マシンの改造版のような即席マシンも多かった様で、この年の鈴鹿1000kmに登場したグループC勢も、例外ではありませんでした。

しかも、この年の鈴鹿1000kmで勝利を収めたのは格下の旧・グループ5マシン、BMW・M1(佐藤文康/長坂尚樹 組 )だったのです。

ちなみにこのM1は、世界メーカー選手権で勝つためにBMWによって開発されたものの、ロードカーの最低販売台数が規程に足りず、そうしているうちに選手権自体が消滅してしまった…という悲運のマシンでもありました。

 

1983年 ポルシェ・956

 

©鈴鹿サーキット

 

この年から始まった全日本耐久選手権(JSPC)の一戦に組み込まれた鈴鹿1000km。

進化の著しいグループCマシン同士のバトルは、シリーズ戦となったことで更に激しさを増していきます。

特に熱かったのが、既にル・マン24時間2連覇を果たしていた最強Cカー・ポルシェ956と、国産メーカーの対決でした。

奇しくもそれは、60年代の鈴鹿1000kmでも見られた「日産vsトヨタvsポルシェ」の再演でもあったのです。

そして、トヨタ・トムス83C、ニッサン・シルビア ターボCなどが打倒ポルシェを掲げて臨んだものの、結果は2位・トムスに3周もの大差を付けてトラスト・ポルシェ956(藤田 直廣/V.シュパン 組)が優勝。

結局、カスタマーチームのポルシェが国産勢を破る…というシナリオまで、往年の戦いが再現されることとなったのです。

 

1984年 ポルシェ・956

 

©鈴鹿サーキット

 

前年に続き、この年のウィナーもやはりポルシェでした。

ノバ・エンジニアリングが走らせるアドバンカラーのポルシェ956をドライブしたのは、高橋国光/高橋健二/ジェフ・リース、トリオ。

当時の956に搭載されていたエンジンは、2.6L 水平対向6気筒・KKK製ツインターボで600馬力オーバーを発生。
ポルシェ伝統の空冷ブロックに水冷ヘッド、電子式インジェクションという、なんとも温故知新な組み合わせを持つパワーユニットでした。

歴戦の覇者である高橋国光でさえ、ポルシェのコクピットに漂う独特の緊張感・高揚感は特別な体験となった様です。

 

1985年 ポルシェ・962C

 

©鈴鹿サーキット

 

この年の鈴鹿1000kmも高橋国光/高橋健二 組のアドバン・ポルシェが見事2年連続優勝を果たしています。

但しマシンは更に進化し、956のエボリューションモデルである962cへと切り替わっていました。

もともと962とはアメリカのiMSA GTP向けにポルシェが製作したマシンで、簡単に言うと956のモノコックを更に強化したもの。

そのグループC版が962cであり、このマシンはその後10年近くも、第一線で活躍を続ける速さを持ち合わせていたのです。

 

1986年 ポルシェ・956

 

©鈴鹿サーキット

 

この年もまたポルシェが優勝!3年連続、しかも2位以下に3周差を付けての快勝でした。

ドライバーは、60年代からポルシェのプロトタイプを走らせてきた名手・米山 二郎に加え、岡田 秀樹/浅井 順久のトリオ。

ワークスマシンで先行開発を行い、レースに勝ってカスタマー仕様を世界中のチームに販売するというポルシェ独自の”レースビジネス”が、この強くて速くて壊れないクルマを生み出したと言えるのではないでしょうか。

 

1987年 トヨタ・87C

 

©鈴鹿サーキット

 

鈴鹿1000kmで、毎戦ポルシェの最も近い位置に食い込んでいたのがトムスでした。

トムスはトヨタから2.0L直4ターボの供給を受け、童夢との共同開発で打倒・ポルシェを目標に開発を進めてきたのです。

その後、1985年ごろからトヨタが本格的にル・マン制覇へ動き出したことで、エントリーネームからトムスが外れ「トヨタ・87C」へと変化。

G.リース/関谷 正徳/小河 等らがドライブしたこのマシンは、もともとラリー用エンジンとして開発されていた3S-G改 シングルターボをミドシップに搭載。

排気量に勝るポルシェを見事に制し、悲願の優勝を飾ったのです。

 

1988年 ポルシェ・962C

 

©鈴鹿サーキット

 

1983年のJSPC開始以来、すべてのシーズンはプライベートチームのポルシェ勢によって牛耳られていました。

特に鈴鹿1000kmは耐久力・速さともにマシンの真価が問われる長丁場であり、その強さはより際立っていたと言えるでしょう。

迎えた1988年シーズンには新開発の3.2L V8を積むトヨタ・88C-Vがデビューしたものの、毎戦ポルシェ勢に惨敗。

夏の鈴鹿で優勝を飾ったのも、フロムエーレーシングが走らせる962cでした。

ドライバーは一昨年の覇者で、レース資金捻出の為に途上国へ出稼ぎに行ったという伝説を持つ男・岡田 秀樹と、ポルシェとゆかりの深いスウェーデン人ドライバー、S.ディケンズというコンビでした。

 

1989年 ポルシェ・962C

 

©鈴鹿サーキット

 

バブル景気とF1人気が日本を熱狂させていたこの年、鈴鹿1000kmを制したのは高橋国光/スタンリー・ディケンズ 組の962cでした。

これでアドバン・カラーのポルシェは3度目、高橋にとっては実に4度目の同大会優勝でした。

しかし決勝タイムを見ると、2位のミノルタトヨタ89C-Vとのタイム差は同一周回のわずか1分ほど。

レースの長さを考えると、何かひとつあれば容易に入れ替わる僅かな差だったのです。

世界選手権でもジャガーやメルセデスの台頭により、やや古典的な空水冷・水平対向エンジンを積む962cは、徐々にアドバンテージを失っていきました。

 

まとめ

 

©鈴鹿サーキット

 

グループCプロトタイプマシンが、日本のモータースポーツシーンを盛り上げた1980年代。

熟成を重ねたトヨタ、日産勢も、いよいよポルシェの肩に手が届きそうなところまでは肉薄していきました。

しかし前回の1960〜70年代編を見ても分かる通り、鈴鹿1000kmは耐久王・ポルシェが不動の強さを誇るレースでもあります。

多様なコーナーとアップダウンのある鈴鹿のレイアウトは、クルマが持つポテンシャルを限界まで試される、まさに誤魔化しのきかないステージ!

1980年代、日本勢は夏の鈴鹿で僅か1勝のみという結果に終わりますが、ポルシェとの戦いで得た多くの経験を生かし、彼らはル・マン制覇の道を突き進んでいったのです。

そんなグループCも1990年代に入ると終焉を迎え、その次には新たに「GT1」の時代がやって来ます。

近代GTレースのベースを固めたこれらのマシンについては、また次回ご紹介することに致しましょう。

 

鈴鹿サーキット公式ホームページ

 

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Shinnosuke-Miyano

20代の頃はメカニックをしたり、お洋服の仕事をしたり、とりとめのない日々を送ってきました。

クルマの楽しさやレースの奥深さを、時にマニアックに、時にエモーショナルにお伝えしていければと思います。

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