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形勢逆転の大ヒット作、初代スバル・レガシィはかくして生まれた!

重心が低く、車体中心線上にミッションと直列に縦置きすることで左右対象レイアウトを実現した水平対向エンジン。それを中心にバランスの良い走りを実現する四輪駆動と、シンメトリカルAWDによる上質な走りでプレミアム路線を疾走するスバル。しかし1980年代後半、それまでの車作りの手法が限界に達した事により経営不振を極め、自動車部門は存続の危機にありました。経営危機から救っただけではなく、スバルブランドに国際的名声まで与えた「奇跡の一発逆転モデル」!それが、初代レガシィなのです。

 

初代スバル レガシィRS  / Photo by Ben

 

 

何もかも旧態依然、全てにおいて行き詰まったスバル最後のカンフル剤

 

初代 スバル レガシィRS / Photo by Grant C

 

1980年代後半、自動車メーカーとしての富士重工、現在の「スバル」は完全に行き詰まっていました。

1958年にデビューしたスバル360以来の伝統を誇る軽乗用車は、ようやくレックスをFF(フロントエンジン・前輪駆動)化したものの、基本設計はスバル360以来変わらない2気筒エンジンを抱えて陳腐化したまま。

小型乗用車のレオーネも同様に、その基本設計は1960年代のスバル1000までさかのぼることができました。

初代の途中から追加された4WDが同車の売りではありましたが、それを上回る性能を持つ4WD乗用車のライバルが登場。

レックスをベースにしたコンパクトカーのジャスティ、レオーネをベースにしたスペシャリティクーペのアルシオーネも、ベースモデルがそのような状態ではまさに焼け石に水。

販売不振と今後の展望の無さから、自動車メーカーとしての存亡の危機にあったと言ってよい状態でした。

その絶望的状況の中、富士重工上層部は最後になるかもしれない激を飛ばします。

「世界に通用する2リッタークラスの国際戦略車を、全くの白紙状態から自由に設計せよ。」

そうして生まれたのが、1989年2月に発売された初代スバル レガシィで、これに失敗すれば後が無い、まさに崖っぷち状態でのデビューでした。

 

「過去と現在の絶妙な融合」による、新生スバル車第1号!

 

初代 スバル レガシィRS  / Photo by Jason Milich

 

全てを白紙にしていいというオーダーが出たとはいえ、スバルはやはりスバルです。

歴史と伝統ある水平対向エンジンと4WDの技術を煮詰め、それに最新技術を加えることで、新型車は「それまでのスバル車の集大成」となりました。

すなわち、4WDシステムは廉価グレードを除き、3代目レオーネの途中からようやく実現したセンターデフ式フルタイム4WDを搭載して、エンジンも待望のDOHCヘッドも組み込んだ新型のEJ系を組み合わせます。

さらにトップグレードのRSに搭載したDOHC4バルブターボのEJ20Tは、発売当時のライバル、ギャランVR-4の4G63ターボ(205馬力)を上回る、クラス最強の220馬力を発揮。

コーナーのはるか手前からフェイントモーションをかけないと曲がらなかったと言われたサスペンションも、レオーネのフロント:ストラット、リア:セミトレーリングアームから4輪ストラットに変更し、舗装路でのハンドリングを徹底的に煮詰め直したのです。

また、デザイン面でも3代目レオーネやアルシオーネで採用していたウエッジシェイプ(くさび型)デザインを踏襲しつつ、各ピラー(柱)をブラックアウト化してスポーティにし、リアクォーターウィンドウの採用で視界や開放感を高めました。

その他多数の新機軸を採用した結果、「水平対向エンジンを採用した4WD乗用車」という基本レイアウト以外、ほぼ全てが新設計となるブランニュー・セダンが誕生したのです。

 

高い動力性能を持つ「GT」の追加で大ヒットとなった、初代スバル レガシィツーリングワゴン  / Photo by Mike Liu

 

そして発売から数ヶ月後には、セダン / ツーリングワゴン双方にEJ20Tをややデチューンして扱いやすさを向上した「GT」グレードを追加して、特に走行性能の高いツーリングワゴンは日本にステーションワゴンブームを巻き起こす結果に。

同時にセダンにはサスペンションセッティングの変更などスポーツ性を高めたタイプRや、競技向けタイプRAを追加してモータースポーツでのイメージと重ね合わせていきました。

 

目指せレガシィ10万km国際記録!アリゾナの不死鳥

 

アリゾナ州フェニックスで10万km走行平均速度の国際記録に挑む初代レガシィRS / 出典:https://www.torquenews.com/1084/subaru-history-how-they-set-2-world-records-and-13-international-records-set-same-time-video

 

デビューを目前に控えた1989年1月、アメリカのアリゾナ州フェニックスにあるアリゾナ・テスト・センターで初代レガシィRSはひとつの偉大な記録に挑みます。

それは10万km耐久走行の平均速度記録で、挑戦したのは3台のレガシィRS。

平均速度を算出する時間には給油や整備、修理に要する時間も含まれるので、とにかく可能な限りノントラブルで、それでいて高速で走り続ける必要がありました。

1周9.182kmのオーバルコースを19日間にわたり延々と周回を重ね、ついに10万kmに達した1月21日時点の平均速度は223.345km/h、1986年にスウェーデンのサーブ 9000ターボが記録した213.299km/hを10km/h以上も上回る偉大な記録誕生の瞬間です。

ほかにも1つの世界記録と13の国際記録を打ち立て、2日後の初代レガシィ発表に大きな華を添える事に。

それまで「何かドロドロした音を立てて走る、4WDで悪路には強いけど、よく言えば個性的な車のメーカー」として泥臭いイメージのあったスバルが、大きく脱皮した瞬間でした。

 

WRCで頂点に立て!世界に「スバル」をアピール

 

1992年のWRCを戦うコリン・マクレーの初代レガシィRS / 出典:https://www.youtube.com/watch?v=aJP25qLH-xA

 

そしてスバルは、1990年からグループAマシン時代のWRCにレガシィRSを投入。

それまでもレオーネで参戦してはいましたが、国際的な舞台でトップを狙うべくベテランのマルク・アレンを起用し、本格的な挑戦を始めたのです。

当初の主なライバルはランチア デルタインテグラーレとトヨタ セリカGT-Four、それに三菱 ギャランVR-4など、そうそうたる顔ぶれ。

世界最高峰の舞台でトップを狙うという大きな挑戦は、これが初体験となるスバルの実動部隊STI(スバル・テクニカ・インターナショナル)にとっては、速さだけでなくその持続性や耐久性のノウハウ不足を思い知らされる事になりますが、次第に克服していきます。

そして初の表彰台を獲得した1991年のスウェディッシュラリー(3位)など、1991年まではアレンがエースとして、1992年からはアリ・バタネンとコリン・マクレーによる2台体制での参戦となり、スウェディッシュラリー(2位)、RAC(2位)に輝くなど着実に結果を出していきました。

しかし、1993年もスウェディッシュラリー(3位)で成果を上げるも表彰台の頂点は遠く、新型のインプレッサのデビューが迫る中で「何とかレガシィで優勝して勇退を!」という期待が高まります。

それがようやく実現したのは1993年の第8戦ラリー・オブ・ニュージーランドで、マクレーを駆るレガシィRSが見事トップでフィニッシュ!

それがWRCにおけるレガシィの最初で最後の勝利となり、「初期に頑張ってくれたアレンに勝たせたかった」という声もあったものの、次世代のインプレッサWRXが活躍するための道を見事に切り開いてみせたのでした。

 

主要スペックと中古車相場

 

初代スバル レガシィRS  / Photo by Stuart Fleming

 

スバル BC5 レガシィ セダン RS 1989年式

全長×全幅×全高(mm):4,510×1,690×1,395

ホイールベース(mm):2,580

車両重量(kg):1,290

エンジン仕様・型式:EJ20 水冷水平対向4気筒DOHC16バルブ ICターボ

総排気量(cc):1,994cc

最高出力:220ps/6,400rpm

最大トルク:27.5kgm/4,000rpm

トランスミッション:5MT

駆動方式:4WD

中古車相場:45~59万円(セダン / ツーリングワゴン各型含む)

 

まとめ

 

スバル レガシィRS  / Photo by Jason Milich

 

デビュー直前に達成した世界記録のインパクトや、それまで脇役の1人に過ぎなかったWRCへの果敢な挑戦というスポーツイメージは、それまでのスバルのイメージを一変させました。

そして走行性能の高いツーリングワゴン、特に2リッターターボ「GT」グレードの登場は、それまで「ライトバンの乗用モデル」というイメージの強かったステーションワゴンへの印象も、大きく変えたのです。

販売面で大きな功績を残したのはツーリングワゴンで、その後ミニバンやSUVブームが到来するまでの一時的現象ながら、国産自動車メーカー各社から多数のフォロワーを生み、かつ常にそのトップを保つ実力の高さを見せました。

それは単に「速くてスポーティ」というのみならず、日本人離れした巨漢でも余裕を持って運転席に収まれる、当時の5ナンバー車としてほぼ唯一の車だったという、高い実用性を持っていたことも大きな要因です。

それは世界中のいかなるユーザーにもガマンを強要しない国際戦略車としては当然のことで、初代レガシィをもって初めて、スバルはそれを達成したと言えました。

以降、2.2リッターのEJ22を搭載した3ナンバーグレード「ブライトン」の追加など、プレミアム化と拡大を図っていったレガシィ。

それからもモデルチェンジを繰り返し、現在は日本市場向けとしてはやや大柄なサイズになっていますが、その原点である初代モデルは今でもスバルファンにとってひとつの理想形となっています。

 

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Writer Introduction
兵藤 忠彦

ダイハツ党で、かつてはジムカーナドライバーとしてダイハツチャレンジカップを中心に、全日本ジムカーナにもスポット参戦で出場。 その後はサザンサーキット(宮城県柴田郡村田町)を拠点に、主にオーガナイザー(主催者)側の立場からモータースポーツに関わっていました。

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