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90年代後半、大人気だったカテゴリー「GT1」を知っていますか?それは、わずか5年間しか開催されなかった伝説のカテゴリーなのです。

史上最速のスポーツカーレース「グループC」が1992年で終焉を迎えたことにより、各メーカーは耐久シーンでの戦いの場を失ってしまう。そんな中、ヨーロッパで新しいモースタースポーツのムーブメントが湧き起ころうとしていた。後に世界中の自動車メーカーを巻き込んだレースが勃発するわけであるが、それこそが今回ご紹介するモータースポーツカテゴリー「GT1」なのです。

©︎TOYOTA

そもそもGT1とは?

出典:https://www.reddit.com/

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1992年のグループC消滅を受け、新しい国際GTスポーツカーレースシリーズとして1994年に開始された「BPRグローバルGTシリーズ(以下BPR GT)」がGT1の起源。

BPR GTはヨーロッパとアジアを中心にシリーズ展開され、多くの参加チームを獲得するためにGT1からGT4まで細かくクラス分けされていて、さらにワークスチームによる行き過ぎた開発競争を抑制する目的で最低生産台数の制約が設けられていました。

初年度のGT1マシンは600馬力以上のパワーを有していましたが、外見は最低限の空力パーツが装備されたのみであり、市販車の面影を色濃く残していましたが、後年は当初の目論見とはかけ離れ、ワークスチームによる開発競争が過激化、GT1マシンは驚くべき変貌を遂げていくこととなりました。

 

5分で分る「GT1カテゴリーの歴史」

GT1創世記

出典:http://cosm1-simracingmods.blogspot.jp/

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GT1の起源となる1994年に開始されたBPR GT。

生産台数25台以上の市販車をベースとするGT1クラスにはフェラーリF40やマクラーレンF1 GTRが参戦し出場条件である最低生産台数を25台に設定したことで、ワークスチームがレースで勝つためだけに少量生産されたマシンは参加できず、BPR GTとしてはプライベートチームが主役になれる人気シリーズとなっていきました。

出典:http://www.speedhunters.com/

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新たな国際シリーズとして人気を獲得し始めたBPR GTを世間が放っておくはずもなく、FIA(国際自動車連盟)やACO(ル・マン24時間耐久レースの主催団体)がGT1カテゴリーの導入を開始。

1994年、「レース仕様車以外に市販用ロードカーが1台でも製作されていれば車両公認を与える」という条件の元、ル・マン24時間耐久レースにLM-GT1クラスが誕生しました。
初年度にはグループC マシンとも言える車両や、がベンチュリー600LM 、ブガッティEB110、フェラーリF40等が参戦。

1995年からは日本メーカーもLM-GT1クラスに名乗りを上げ、NSXやスカイラインGT-R、スープラがGT1クラスでのレースに参戦をしていきました。

 

爆発的に加速した開発競争

1997年、ITC(国際ツーリングカー選手権)の失敗を受けたFIAはBPR GTを直轄カテゴリーとして再編成し、FIA GT選手権をスタート。

その際、FIAはGT1車両の参戦条件を大幅に緩和し、LM-GT1同様に市販用ロードカーを1台製作することで公認を得られるようにしました。これが吉と出たのか、それとも凶と出たのか、後々の流れを見てもらえば自ずと答えは出てくるはずです。

出典:http://ash-institute.blog.so-net.ne.jp/

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FIA GT選手権開始に先駆けて、ついに名だたるワークスチーム(ポルシェ、メルセデス、BMWマクラーレン)が動き出しました。

ポルシェは911をミッドシップレイアウトとした911GT1を1996年からBPR GTに送り込み、メルセデスはピュアレーシングマシンCLK GT-R、BMWマクラーレンはF1 GT-Rのエボリューションモデルをそれぞれ開発しました。

参加条件が緩和された事で、1997年FIA GT開幕戦のグリッドに並んだGT1マシンはプロトタイプカーとも呼べるような代物に進化していきました。初年度はシーズン序盤こそマクラーレン優勢であったが、そもそもFIA GTで勝つために生まれたCLK GTRはレースを追うごとに信頼性が増し、新参者であるメルセデスがマニュファクチャラーズチャンピオンを獲得。

出典: http://recapcars.com/

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この敗北を機にBMWマクラーレンはFIA GTから撤退する事となります。
ちなみに、この年のル・マン24時間耐久レースでマクラーレンF1 GTRがクラス優勝を果たしました。

 

陰り始めた栄華

出典: http://www.autoexpress.co.uk/

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1998年シーズン、メルセデスの一人勝ち状態となったFIA GTを横目に、ル・マン24時間レースが盛り上がりを見せました。トヨタと日産からなる日本勢、そしてポルシェ・メルセデス・BMWマクラーレン(前年まで)のFIA GT勢といった構図。

ここでも圧倒的なスピードを発揮したのはメルセデスであったが、結果的には安定した速さを見せたポルシェ911GT1が1・2フィニッシュ、そして参戦2年目の日産R390GT1が3位に入る大健闘でした。

しかし、もはや市販車の面影などないプロトタイプカーと化したGT1マシン開発には巨額の予算が必要となり、相次いでメーカーが撤退。この年を最後に「GT1」という名称のカテゴリーは消滅の道を辿る事となっていきます。

 

GT1 最期の輝き

©︎TOYOTA

1998年のFIA GT選手権消滅を受けて、ル・マン24時間耐久レースでは1999年からLM-GT1クラスをプロトタイプカークラスに編入。

大会自体はトヨタ・日産・メルセデス・BMW・アウディの5大ワークス対決が話題を呼んだが、LM-GT1の流れをくむマシンは参戦2年目のトヨタTS020のみとなりました。他ワークスチームが用意したマシンは市販モデルすら存在しない完全なレース専用車で、1999年シーズンに向けて万全な体制を整えていたトヨタTS020は、最後のGT1マシンとしてル・マンを席巻、片山右京・土屋圭市・鈴木利男(敬称略)の日本人トリオがプロトタイプクラスを相手に2位表彰台を獲得しました。

 

次のページでは、世界中のモータースポーツファンを魅了したGT1マシンをご紹介します!!

 

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