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マクラーレンF1を作った男、ゴードン・マレーを知っていますか?鬼才と言われるレーシングカーデザイナーに迫ります。

クルマの世界の華といえばレーサーとレースクイーンですが、クルマオタクで究極の華といえばレーシングカーデザイナーだろう!と思うのは私だけでしょうか。あの美しく速く猛々しい、私たちの夢のマシンを作ったということに、大きなロマンを感じませんか?そこでレーサーたちとはまた違った個性際立つ世界でもある、レーシングデザイナーについて取り上げようと思い立ったのです。

出典:http://www.bbc.co.uk/programmes/p00vm84l/p00vm81s

出典:http://gptotal.com.br/

今回は、カリスマ達がひしめく中、レーシングデザイナーの世界で最もアヴァンギャルドで、”鬼才”の異名が似合う男の話をさせていただければと思います。

 

鬼才 ゴードン・マレー

南アフリカ出身のゴードン・マレーは、工学を学びつつ学生時代から自分で作ったマシンでヒルクライムに出走する筋金入りのオイリーボーイでした。

1969年、彼は名門ロータスの門を叩くべく、単身イギリスに渡ります。

残念ながらロータス加入は叶わず。しかしながらブラバムの開発チームに参加、エンジニアとして初めての職を得ます。

出典:http://www.bbc.co.uk/programmes/p00vm84l/p00vm7yr

出典:http://audisrs.com/

後にバーニーエクレストン(現代に渡るF1界の重鎮)がブラバムに参加したのを機に、マレーはチーフデザイナーに就任します。

当時のフォーミュラ1といえば、かの天才コーリン・チャップマンが生み出した名車Lotus 78が技術革新を巻き起こし、いわゆるグラウンドエフェクトカーが台頭。

コーナリングスピードが劇的に上がると同時に、空力面の不安定・未成熟さによりリスキーな事故が増加。

自動車の歴史が始まってからほぼ進化一辺倒だったF1マシン、遂にこのままだと人間の限界超えちまうという境地に立たされることになったのです。

即ち、現代に続くレギュレーションで進化を抑制する時代の到来です。
先見の明輝くマレーは誰よりもこの時代に素早く順応したひとりと言えるでしょう。

彼の所属することになったブラバムは常勝・名門と呼ぶには少々劣るチームでしたが、勝利への執念が生んだマレーのイノベーションはいくつかの成功と伝説を生みます。

 

勝つ為の流儀

結果から言うと、マレーのマシンはブラバムにおいて1981年、1983年のワールドチャンピオンを獲得します。一流と言われるに充分な成績といえるでしょう。

1979年のスウェーデンGPに、ゴードン・マレーはかの6輪タイレルに勝るとも劣らないインパクトある1台のマシンを持ち込みます。

当時のF1には、空力パーツは可変したらダメよというルールが存在しました。

出典:https://www.carthrottle.com/post/wm679j5/

出典:https://www.carthrottle.com/

Can-amにおいて、車体下の空気をファンで吸い出して負圧を生じ、強力なダウンフォースを得ようとしたシャパラル2Jの出現により、クルマの有り様を変えてしまうこのメカニズムはモータースポーツ界から禁止されました。

ところが、マレーの持ち込んだBT46Bには、ジェット機のノズルの如き巨大な例のファンがデカデカと装備されていたのです。

驚くべきは、そのレースにおいて正式に車検を通っているのです。つまりルール違反じゃない!

マレーは、何とこのファンの第一目的は「冷却です」と論理を通したのです。
ルール上の盲点を突き、極めてロジカルにこのアイデアを通すために、マレーは弁護士の助けをも借りたと言います。

スウェーデンGPで優勝した後、勿論すぐさまこのアイディアは禁止されてしまいます。

手札になり得るあらゆる手段で勝ちにいくその信念。
王道を行くジェントル達からは白い目で見られたでしょうが、今でこそこのレギュレーションの隙間をついたエンジニアリングというのは、良くも悪くもモータースポーツの常識となっています。これは先見の明と言えましょう。

 

ロードカー開発の道へ

マレーのF1での最大の成功は、1988年、ブラバムから移籍したマクラーレン・ホンダでの16戦15勝・ダブルタイトルの獲得でしょう。

カーボンモノコックで革命を起こしたジョン・バーナードのMP4シリーズを更に改良し、セナ・プロ黄金時代を築き上げたMcLaren Honda MP4/4。

ゴードン・マレーがブラバムで培ったアイディアが盛り込まれ、リーディング・エンジニアだったスティーブ・ニコルズと共に最強のF1マシンを作り上げたのです。

しかしながら、この最高潮を以ってなんと彼はレースの世界から足を洗います。

出典:http://www.f1fanatic.co.uk/2009/07/01/100-pictures-of-f1-drivers-and-cars-at-the-goodwood-festival-of-speed/mclarenmp44_1988/

出典:https://www.youtube.com/

いよいよレギュレーションによる締め付けが厳しくなり、チャレンジングな技術革新がより一層困難になった…というよりは、果てしない自由の広がる乗用車の開発に彼は魅力を感じていたようです。

マレーは、マクラーレン創立以来の念願であったロードカーの開発をロン・デニスに任されます。

最強のレーシングコンストラクターであるマクラーレンの最初の記念すべきロードカーであるからして、当然のごとくそれはスーパーカーでなくてはなりませんでした。

 

モータースポーツ、そして自動車の歴史を築いてきたマレー。

次のページでは、いよいよ今回の本題、マクラーレンF1が登場します!

そして、ホンダNSXも…?

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Writer Introduction
Shinnosuke-Miyano

20代の頃はメカニックをしたり、お洋服の仕事をしたり、とりとめのない日々を送ってきました。 古き良きモノへの敬意が、新しさを生むんじゃないかな。なんて思いながら、ヴィンテージなネタをメインに記事を書かせていただいています。 https://www.facebook.com/shinnosuke.miyano

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