Motorz

クルマ・バイクをもっと楽しくするメディア

Motorz

CATEGORYCar, Great car

大きすぎる夢を乗せて作られたクルマとは?市販化が実現しなかった幻の国産スーパーカー5選

「スーパーカー」。その響きから感じるトキメキは、今も昔も色褪せることはありません。今回ご紹介する5台は、市販こそされなかったものの、それぞれのメーカーが描く理想を形にした、夢の国産スーパーカーです。1970年代からバブルに湧く1990年初頭までに生まれた、輝く未来を感じさせるクルマたち。それぞれの色褪せない魅力をご紹介していきましょう。

 

出典:http://www.carstyling.ru/en/car/1989_mitsubishi_hsr_ii/

マツダ RX-500

 

出典:http://www.conceptcarz.com/vehicle/z17632/Mazda-RX-500.aspx

 

1970年の第17回東京モーターショーで初披露された「RX-500」は、マツダの次世代ロータリースポーツを開発する為の実験車でした。

ミドシップに搭載された10A型ロータリーエンジンは、スパ・フランコルシャン24時間用に製作されたレース用エンジンがそのまま使われており、出力は15000rpmの超高回転で247psを発揮。

車重はわずか850kgしかなく、パワーウェイトレシオでは後のFD-3S型 RX-7をも凌ぐスペックを誇ります。

特徴的なシューティングブレイク風のシルエットは風洞実験によって見出されたもので、開発段階では通常のクーペボディや、リアウィングが付くレーシーな形状も考案されていた様です。

コンセプトカーではなく実験車だったこともあり、ブレーキにも4ポッドキャリパーを装着するなど、足回りもスパルタンな仕様となっていました。

近年レストアが施され、グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードなどのイベントに再び姿を見せるようになった幻の1台です。

 

 

日産 MID-4Ⅱ

 

Photo by MIKI Yoshihito

 

日産自動車が1985年の東京モーターショーで発表したコンセプトカー「MID-4」。

このクルマの開発主査を務めたのは「スカイラインの父」として知られる桜井眞一郎氏であり、最新技術が一切の妥協無くつぎ込まれていました。

ミドシップエンジンと4WDという夢の組み合わせは大きな反響を呼び、市販化を熱望する声を多く得たのです。

 

Photo by MIKI Yoshihito

これを受けて1987年に発表された「MID-4Ⅱ」は市販化を見据えてデザインが一新され、パフォーマンスも”スーパーカー”と呼べるレベルにまで高められています。

新開発のV6ツインターボエンジン「VG30DETT」は330馬力を発生するのに加え、エンジンの縦置き化でよりスパルタンなパッケージへと進化。

ビスカスカップリング式のデフ&LSDを駆使した4WDシステムも、さらなるブラッシュアップが図られていました。

 

 

スポーツカーにとって理想的とされるミドシップレイアウトに、当時まだ実績のない電子制御4WDと4WS(4輪操舵)を組み合わせる、という今振り返れば20年以上も先を見据えたコンセプトは、同時に莫大な開発費用を要するものでした。

市販化を望む声は根強かったものの、開発コスト高騰により販売価格の試算が2000万円を超えてしまい、やむなく開発は中止。
その後、日産はMID-4Ⅱで養われた技術を元に、「スカイラインGT-R」で電子制御4WD”アテーサET-S”を、「フェアレディZ」でVG30DETTエンジンをそれぞれ実用化したのです。
今や忘れ去られた存在ですが、MID-4はまさに「技術の日産」の礎を築いたクルマなのです。

三菱 HSRⅡ

 

出典:http://www.carstyling.ru/en/car/1989_mitsubishi_hsr_ii/

 

1980年代、ラインナップのすべてを4輪駆動化するという「フルライン4WD」を掲げ、独自のブランドを確立しつつあった三菱自動車。
後に登場するGTOやランサーエボリューションはまさに三菱の象徴といえる存在ですが、その登場前夜に生まれたのがこの先行実験車「HSR-Ⅱ」です。
当時研究段階だった数多くのハイテクデバイスを集約した、まさに夢のスーパースポーツでした。
3.0L V6 DOHCツインターボ(GTOに搭載されたものと同じ)は350馬力を発生し、これにフルタイム4WDシステム、4輪操舵システム、アクティブサスペンション、4輪ABSを組み合わせています。

出典:http://www.carstyling.ru/en/car/1989_mitsubishi_hsr_ii/

 

これらに加え航空機のフラップのような可変式空力デバイスまでも搭載し、それらをコンピュータにより統合制御するというハイテクマシンとなっています。
驚くべきは、その最新技術のほとんどが1990年デビューを果たしたGTOに採用されている点でしょう。
電子制御アクティブサスペンション、そして4WSを組み合わせた4輪駆動システムまで、三菱は市販化に踏み切っているのです。
また空力パーツを可変させると言うアイディアも、形式は大きく異なるものの「アクティブエアロシステム」として初代GTOに引き継がれています。

ヤマハOX-99-11

 

出典:http://motocrossactionmag.com/news/the-most-exotic-yamaha-ever-why-you-never-got-to-see-it-run-2

 

1980年代後半、ヤマハ発動機はモータースポーツの舞台でエンジンサプライヤーとして名を馳せていました。
1988年には全日本F3000で鈴木亜久里とともにチャンピオンを獲得、その後の1989年からは遂に世界最高峰のF1へも進出。
 2輪に止まらず4輪でも、世界的にその名を知られる存在となりつつあったのです。
同時に、市販トヨタ車のスポーツエンジンを手がけてきた彼らにとって、”YAMAHA”を冠した自社製スポーツカーはまさに悲願だったと言えます。
その夢を形にしたのが、1992年登場に登場した野心的スポーツカー「ヤマハOX99-11」でした。
F1用エンジンをデチューンしたというヤマハ製3.5L V12ユニットを、カーボンファイバー製モノコックのミドシップにマウント。
巨大なインダクションポッドをヘッド上部に搭載した様は、まさにF1マシンそのものと言える作りとなっています。

出典:http://motocrossactionmag.com/news/the-most-exotic-yamaha-ever-why-you-never-got-to-see-it-run-2

 

特徴的なエクステリアは由良拓也氏の手によるもので、同氏が手がけたルマンカー「マツダ717C」とフロント周りの形状がよく似ています。
そして最大の特徴と言えるのが、前後2座式という戦闘機のようなコクピットです。
あの「マクラーレンF1」に先がげて、車体中央にドライビングポジションを置くセンターコクピットが採用されていたのです。
その最高速度は350km/hとも言われており、軽量な車体も相まって驚異的な運動性能を持っていました。
しかし、発表のタイミングがバブル崩壊直後だったこともあり、受注こそ開始されたものの1億円オーバーのプライスに買い手はつかず、1993年にはプロジェクトそのものが中止。
残念なことに、名実とも「幻のスーパーカー」となってしまったのです。

童夢・零

出典:http://www.dome.co.jp/e/museum/car_m/car_m01b.html

 

最後にご紹介するのは、和製スーパーカーの中でも伝説的存在といえる「童夢・零」です。
レーシングコンストラクターを志し、1960年代にはオリジナルレースカーを製作していた林みのる氏が、レースで知り合った仲間を募り「オリジナルのスーパーカー」という大きな夢に挑んだ意欲作でした。
プロジェクトは1975年頃にスタートし、3年後の1978年にジュネーヴモーターショーで世界に向けて公開されました。
誕生の理由は「レーシングカー製作のための資金稼ぎ」だったと言われており、より多くの人から注目を浴びる為に居住性を無視した異様に低いフォルムが採用されています。
スチール製パイプをFRPで覆ったセミモノコック構造のシャシーに、日産L28型エンジンをミドシップマウント。出力は145psを発揮しました。

 

Photo by German Medeot

言うまでもなくレーシングカー製作から得られたノウハウによって作り上げられた零でしたが、当時の運輸省から市販車としての認可を得ることが出来ず、日本国内での市販化プロジェクトは断念。
しかし、幸いにも時はスーパーカーブーム!世界の舞台に華々しくデビューしたこのクルマは、少年たちを虜にしていきます。
主に玩具メーカーから発売されたプラモデルや消しゴムなど、200種にものぼるグッズは大ヒット。これにより、童夢は巨額の版権収入を得ることに成功するのです。
その直後にルマン参戦プロジェクトから始まるトップレーシングコンストラクターへの道を開いたのは、このクルマがもたらした収益だと言われています。

まとめ

歴史の山に埋もれた、幻の国産スーパーカーの数々。いかがでしたか?
1970年代にはスーパーカーブーム、1980年代はバブル景気という追い風を受け、エンジニアや自動車ファンの夢を乗せて、これらのクルマは生まれました。
そのままの姿で公道を走ることは無かったものの、その開発で培われたテクノロジーはその後何らかの形で、それぞれのメーカーに多大な影響を与えています。
近年市販されたスーパーカー・ハイパーカーの多くは、既に今回ご紹介したクルマたちを大きく凌ぐ性能を誇っています。
あの時代の人々に、まだ幼かった自分たちに、新型NSXやGT-Rを見せたら…どんなに目を輝かせてくれることでしょう?
これらのクルマを眺めながら、ふいにそんなことを想像してしまいました。
あわせて読みたい

まるで未来のモーターショー!「ビジョン グランツーリスモ」から生まれたスーパーカーたち

GLM G4 Japan Premiere 国産初のEVスーパーカー誕生!価格は4000万円~

実は安く買える?和製スーパーカー、R35GT-Rカスタム・デモカー45選

 

 

Motorzではメールマガジンを始めました!

編集部の裏話が聞けたり、月に一度は抽選でプレゼントがもらえるかも!?

気になった方は、Motorz記事「メールマガジン「MotorzNews」はじめました。」をお読みいただくか、以下のフォームからご登録をお願いします!


 

Writer Introduction
Shinnosuke-Miyano

20代の頃はメカニックをしたり、お洋服の仕事をしたり、とりとめのない日々を送ってきました。 クルマの楽しさやレースの奥深さを、時にマニアックに、時にエモーショナルにお伝えしていければと思います。 https://www.facebook.com/shinnosuke.miyano

車買取.com