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半世紀以上も昔に産声を上げた日本国民の至宝!戦後初の国産量販3ナンバー車、初代プリンス・グロリアとは?

『セド / グロ』として一般向け日産高級セダンのツートップを担ったグロリア。3代目までは日産に吸収合併される以前のプリンス自動車(旧・富士精密工業)で開発され、スカイラインの豪華版として作られた初代の試作車(スカイライン1900)は、2018年6月現在の天皇陛下が皇太子時代の若き日に愛用したことでも知られています。

 

初代プリンス グロリア / © TOYOTA MOTOR CORPORATION. All Rights Reserved.

 

 

スカイラインの豪華版、戦後初の国産量販3ナンバー車グロリア誕生まで

 

初代スカイライン(奥)と初代グロリア(手前)。グロリアは元々スカイラインの豪華版だった。 / 出典:https://www.favcars.com/prince-gloria-blsi-1959-62-pictures-91308.htm

 

第2次世界大戦敗戦後、戦時中に軍用機を作っていた立川飛行機は民需用自動車メーカーへの転換を図ったものの、連合軍に工場を接収されて頓挫。

同社自動車部が独立して1947年に『東京電気自動車』を設立。

後に『たま電気自動車』として高速機関工業(オオタ)製のシャシーを使ったEV(電気自動車)を販売し、ガソリン不足の戦後混乱期に好評を得ます。

しかし、朝鮮戦争特需でバッテリー価格が高騰するとEV事業は成り立たなくなったため、中島飛行機系の富士精密工業と協業して内燃機関搭載車の生産・販売に転換することとなり、1951年に『たま自動車』として再出発。

翌1952年には新型車『たま』が完成し、皇太子殿下(2018年6月現在の天皇陛下)の立太子礼を記念して、ブランド名をプリンスと改名。

乗用車版プリンス・セダンは拙速ゆえの問題点はあったものの、トヨペット・クラウンより早く1500cc級本格量産乗用車を販売しました。

そして1954年には富士精密工業と合併し、社名を『富士精密工業』として更なる新型車開発に挑み、1957年に初代スカイラインが誕生。

さらに1958年の第5回全日本自動車ショウ(現在の東京モーターショー)に出展した3ナンバー豪華仕様、スカイライン1900の市販版として1959年1月に発売されたのが、初代グロリアです。

 

当時の皇太子殿下に試用していただいたエンジンを搭載!

 

初代プリンス グロリア  / 出典:https://www.favcars.com/prince-gloria-blsip-2-1961-62-pictures-208731.htm

 

初代グロリアは、開発期間を短縮するために初代スカイラインのボディが流用されており、外装ではボディサイドのストライプが途中で途切れ、メッキ枠で囲まれた枠内にPrince Gloriaと車名が入っていました。

内装もダッシュボードは共通ですがグロリアには時計とラジオが標準装備されており、座席も形状は似ていたものの、表皮が豪華になるなど全体的にスカイラインより質感や装備の充実が図られています。

その他フロント:ダブルウィッシュボーン、リア:ド・ディオンアクスルのサスペンションもスカイラインと同一。

パッと見は初期型がスカイラインと一瞬では区別がつきませんが、1962年のマイナーチェンジで丸目2灯から丸目4灯ヘッドライトとなるも、スカイラインも上級グレードのデラックス版が同様の変更を受けたので、やはり見た目は似たままでした。

もっとも特徴的だったのはそのエンジンで、新開発のGB30型1,862cc直4OHVエンジンを搭載するも、小型車(5ナンバー)枠の排気量上限が1,500cc以下だったので、1960年9月に小型車枠が2,000cc以下へ改正されるまで、グロリアは戦後初の量販3ナンバー国産車となる事に。

なお、1958年の全日本自動車ショウに展示された試作車、スカイライン1900は発売年の4月に皇太子殿下へと納入されましたが、実は殿下がこのエンジンを積むプリンス車に乗るのはこれが初めてではありません。

グロリアやスカイラインの先代に当たるプリンス・セダンも1954年6月に殿下へ納入されていたのですが、実はこの1台は後にグロリア用GB30となる試作エンジンを搭載する、『特別な1台』でした。

それにしても、皇族への納入車に5年後に発売となる試作エンジンを搭載して納入するなど、車好きで知られる殿下(現在の天皇陛下)なら喜ばれるのは確実とはいえ、何とも思い切ったことをしたものです。

それだけプリンスがエンジンや車に自信があったということかもしれませんが、その後初代グロリアで『リエージュ・ソフィア・リエージュラリー(※)』に1961年、1962年と連続参戦するも、あえなく連続リタイアで終わっています。

※ベルギーのリエージュを出発し、ブルガリアのソフィアを経て再びリエージュに戻ってくる総行程約4,500kmの過酷なラリーで、そうそう完走できるものではありません。東欧圏での事故処理が面倒なので、後にマラソン・デ・ラ・ルート84時間耐久レースへ変化しました。

 

主なスペックと中古車相場

 

初代グロリアの現存台数は極めて少なく、博物館でしか見たことが無い人も多いのでは?  / 出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%94%A3%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%AA%E3%82%A2

 

プリンス BLSIP-1 グロリア 1959年式

全長×全幅×全高(mm):4,380×1,675×1,535

ホイールベース(mm):2,535

車両重量(kg):1,360

エンジン仕様・型式:GB30 水冷直列4気筒OHV8バルブ

総排気量(cc):1,862

最高出力:59kw(80ps)/4,800rpm(※グロス値)

最大トルク:146N・m(14.9kgm)/3,200rpm(同上)

トランスミッション:4速コラムMT

駆動方式:FR

中古車相場:皆無

※グロス値:エンジン単体での計測値

 

まとめ

 

プリンス・セダン、初代スカイライン、初代グロリアと開発してきた富士精密工業ですが、1961年2月に『プリンス自動車工業』へと社名を変更。

グロリアも翌年発売の2代目以降はスカイラインと完全分離されますが、初代はボディが同じで後にスカイライン・デラックスにも同じエンジンが搭載されるようになるなど、ほぼ同型車という時期もありました。

そのため、グロリアがその個性をフルに発揮するには、1962年9月発売の2代目を待たなければいけません。

 

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Writer Introduction
兵藤 忠彦

ダイハツ党で、かつてはジムカーナドライバーとしてダイハツチャレンジカップを中心に、全日本ジムカーナにもスポット参戦で出場。 その後はサザンサーキット(宮城県柴田郡村田町)を拠点に、主にオーガナイザー(主催者)側の立場からモータースポーツに関わっていました。

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