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昔からのファンも興奮!?インタビュアーとしても活躍したF1のOBドライバーたち

現在のF1では既に当たり前となっている表彰式でのインタビュー。レースを戦い終えたばかりのドライバーが感想を語ることもあり、レース後の注目イベントとして親しまれています。実は、そのインタビュアーはF1ドライバーのOBが務めることが多く、時に普段は見られない現役ドライバーとのやり取りもこのイベントの面白味となっています。そこで今回は表彰台インタビュアーを務めたOBドライバーたちをご紹介します。

 

©Red Bull Content Pool

現在のF1ではお馴染みとなった表彰台上でのインタビュー

 

©Red Bull Content Pool

 

2012年から始まり、気付けば5年間に渡って行われている表彰台上でのインタビュー。

それ以前は表彰式が行われた後に記者会見室で行われていましたが、現在ではそのまま表彰台上で開催されることが恒例となっており、レース後の見どころの一つとして親しまれています。

観客にとっても目の前でドライバーたちの声が聞けるだけでなく、インタビュアーはF1ドライバーOBや関係者、さらには著名人が登場することもあり、しばしば登場人物に注目が集まることも少なくありません。

そこで今回はこれまでF1のインタビュアーを務めた人物の中でも印象的な5名を、ご紹介したいと思います。

 

ジャッキー・スチュワート

 

出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Jackie_Stewart_at_the_2014_WEC_Silverstone_round.jpg

 

まず最初にご紹介するのは2012年のイギリスGPで、記念すべき初めての表彰台インタビュアーを務めたジャッキー・スチュワートです。

1969年のF1デビューを果たして以来、9年間で27勝を挙げ3度の王者に輝くなど輝かしい成績を残しているF1界のレジェンドとして知られていますが、レーサーになる以前はクレー射撃で実績を残していたことでも有名です。

スコットランド出身でずば抜けた速さを誇っていたことからフライングスコットの異名を取り、デビュー2戦目にして表彰台を獲得すると、わずか8戦目で優勝を記録し大きな注目を集めました。

また、非常に高い技量を誇ったことでも知られ、1968年のドイツGPでは濃霧という難しいコンディションで後続を4分も引き離して優勝を飾ったという逸話も残されています。

1969年には初の王者に輝くと、その2年後には当時まだ新興チームであったティレルで再び王者に輝きました。

 

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%88#/media/File:Stewart_at_1970_Dutch_Grand_Prix_(2).jpg

 

すると、1972年には大英帝国勲章第四位を授かり、スコットランドだけでなく名実共にイギリスを代表するドライバーとして知られることになります。

そして、1997年には息子であるポール・スチュワートと共にチームを率いる立場となってF1に復帰を果たし、1999年にチームオーナーとしても優勝も達成。

2000年にジャガーへチームを売却するとそれ以降はF1界のご意見番として存在感を放っており、それもあってかF1表彰式での初代インタビュアーも任されることになりました。

 

ジャッキー・イクス

 

出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Jacky_Ickx_(cropped).jpg

 

次は数々の名門チームを渡り歩いた元F1ドライバーである、ジャッキー・イクスをご紹介します。

四輪で活躍する以前は二輪のレースで実績を残しており、母国ベルギーの国内チャンピオンに輝くなど若くして才能を開花させたライダーとして活躍が期待される選手でした。

しかし、18歳の時にBMW700を貸与されたことをきっかけに四輪へ転向。

1965年から2年連続でスパ1000kmを制すとケン・ティレルの目に留まり、それ以降はフォーミュラの世界に足を踏み入れることになります。

その後1967年からF2に参戦していた彼はすぐさま高い評価を集め、後にF1王者となるジャッキー・スチュワートやジム・クラーク、さらにはデニス・ハルムといった面々に引けを取らない走りを披露し、同年クーパーよりF1デビューを果たしたのです。

その後はフェラーリ、ブラバム、マクラーレンなどの名門チームを渡り歩きましたが、彼が最も王者に近づいたのは1970年のこと。

エース待遇でフェラーリに復帰したイクスはシーズン序盤に相次いでリタイアを喫し、タイトル争いは絶望的と見られていたのですが、この年圧倒的な強さを見せていたヨッヘン・リントが第10戦イタリアGPの事故で帰らぬ人となってしまいます。

中盤から徐々に復調の気配を見せていたイクスは徐々にポイントを積み重ね、リントに迫る活躍を見せたのですが最終的に5ポイント差で及ばず、ランキング2位でシーズンを終えることになりました。

その後もロータス、ウィリアムズから参戦するなど数多くの名門チームに在籍し、通算8勝と25回もの表彰台を獲得するという素晴らしい実績を残しています。

 

エディ・ジョーダン

 

出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Eddie_Jordan

 

続いては表彰台インタビュアーとして現在も活躍中の、F1のテレビ解説者も務めるエディ・ジョーダンをご紹介します。

学生時代には歯科医を目指し、銀行員として就職した経験を持つジョーダンは、元々はレースと無縁の生活を送る人物でした。

しかし、20歳を過ぎた所で彼の人生が大きく変わる出来事が訪れます。

たまたま行われていたカートレースを観て衝撃を受けた彼は、それまでのキャリアを投げ捨てるようにレースの世界へ飛び込むことになったのです。

そして、すぐにカートを購入し22歳でレースデビューすると、その翌年には母国アイルランドのカート選手権で見事優勝を果たし、以降はフォーミュラへとステップアップしていきました。

しかし、初めて参戦したフォーミュラ・フォードでは両足を骨折する大怪我を負うなど、思うようにキャリアを進められず、彼が31歳となった時、今度はチームオーナーとしてレースに関わって行くことを決意したのです。

そして、1979年に自身の名を冠するエディ・ジョーダン・レーシングを創設するとF3に参戦。

ここではジョニー・ハーバートやマーティン・ブランドルといった後にF1で活躍する選手を在籍させ、1989年にはジャン・アレジを擁しチャンピオンを獲得。

1991年からF1に参戦を果たすと参戦初年度からコンストラクターズ5位に入る活躍を見せ、様々なエンジンメーカーと手を組みチームを運営してきました。

その後も中堅チームとして活躍し、1998年にはデイモン・ヒルまた2003年にはジャンカルロ・フィジケラが優勝を飾り、多くのファンに印象深いレースを見せてきたのです。

 

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:JordanEJ12HCH.jpg

 

なかでも日本のファンの印象に残っている1戦は2002年。

ホンダエンジンを搭載した際に佐藤琢磨を起用し、鈴鹿サーキットがジョーダン・レーシングの黄色に染まりました。

そして、彼の5位入賞と共に日本から注目を集めるチームとなったのです。

しかし、2004年末で長年運営してきたチームをミッドランドへ売却。

このチームはフォースインディアと名を変え、今でもF1を戦っています。

現在は頻繁に表彰台インタビュアーを務め、彼が登場した2014年のベルギーGPでは、ルイス・ハミルトンと接触し表彰台に登ったニコ・ロズベルグに観客からブーイングが起こりました。

ここでジョーダンはインタビューの開始早々、ファンを落ち着かせると共にロズベルグの健闘を称え、インタビュアーとして冷静な対応を見せたのです。

 

マーティン・ブランドル

 

出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Martin_Brundle_2011_portrait.jpg

 

続いてはこちらも、テレビ解説者としてお馴染みであるマーティン・ブランドル。

F1デビュー以前の1983年にアイルトン・セナと激しくイギリスF3のタイトルを争いを展開。

惜しくも最終戦で逆転を許しタイトル獲得とはなりませんでしたが、その後の活躍が期待されるイギリス人ドライバーとして注目を集めました。

その翌年にはティレルへの所属が決まり、1984年ブラジルGPでデビュー。

F3で戦ったセナよりも先に5位入賞を果たすだけでなく、第8戦デトロイトGPでは11番グリッドから驚異的な追い上げを見せ、2位フィニッシュを果たすなど順風満帆な1年目を送りました。

これはチームメイトであったステファン・ベロフと共に新人として大きな注目を集めたのですが、この1戦でチームの車両違反が発覚し、なんとチームと共に成績が抹消されるという重いペナルティを課されてしまいます。

翌年もティレルから参戦し、前年の悔しさを晴らすと共に再び勢いのある走りが期待されたのですが、不祥事によってチームのイメージが悪化し資金力の低下もあって、入賞もままならない苦しい1年を送ることになりました。

その後は上位に進出するチャンスはなかなか訪れず、再び達成した初入賞はデビューから3年後、さらに表彰台はそれから5年が過ぎた1992年にようやく達成。

 

出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Benetton_B192_front-right_2010_Pavilion_Pit_Stop.jpg

 

デビュー直後の勢いを考えると、非常に困難なキャリアを強いられることになってしまいました。

しかし、F1の参戦を中断していた1990年にはル・マン24時間レースで優勝を果たすなど速さを示し、F1復帰後は毎年のように表彰台に上る活躍も。

引退後はITVや母国イギリスのテレビ局であるBBCなどでF1キャスターとしての地位を不動のものにし、現在はスカイスポーツのキャスターとして活躍。

そして、レース後の表彰台インタビュアーとして起用されることの多い人物として、ファンに親しまれています。

 

マーク・ウェバー

 

©Red Bull Content Pool

 

最後にご紹介するのは2013年までF1に参戦していたオーストラリア人ドライバー、マーク・ウェバーです。

2002年の開幕戦オーストラリアGPでデビューを飾ったウェバーは、母国GPで6位入賞で達成し一躍ヒーローとなりF1キャリアをスタートさせました。

しかし彼の速さには定評があったもののキャリア序盤はマシンに恵まれず、ジャガーやウィリアムズなどのチームを渡り歩きましたが、時折見せる驚異的な走りを結果に結びつけることが出来ずにいました。

転機となったのは2007年に古巣ジャガーが名を変えたレッドブルへの復帰を決断したことで、彼のキャリアは大きく前進することに。

2009年に競争力が増したレッドブルと共にウェバーは第9戦ドイツGPで悲願の初優勝、初ポールポジションを達成。

これはF1参戦から132戦目のことで、史上最も遅い初優勝として記録されています。

このように苦労続きだったウェバーでしたが、2010年にはタイトル争いの主役となる大活躍を見せ、フェルナンド・アロンソや成長著しいチームメイト、セバスチャン・ベッテルと激しい王座争いを展開します。

この年はシーズンを通して優勢を築いてきたウェバーでしたが、最終戦アブダビGPでベッテルに優勝を許してしまい自身が8位に終わったため、あと僅かのところで王座を逃すことに。

 

©Red Bull Content Pool

 

また、しばしばベッテルとの対立も報じられ、チーム内の関係が良くなったこともあり、チームが黄金期を築いていた2013年に突如F1からの引退を表明。

以降はポルシェへ移籍しWECに参戦すると、2年目を迎えた2015年には年間王者を獲得しました。

2016年末でレースから身を引くと、兼ねてより率直な物言いが持ち味だった彼はコメンテーターに転身。

F1の表彰台務めるなど、再び公の舞台に立っています。

近年は同郷の後輩であるダニエル・リカルドの活躍もあって表彰台上で仲の良い一面を見せるだけでなく、彼の得意パフォーマンスである”シューイ”(靴でシャンパンを飲む動作)にも付き合うなどして、ファンを楽しませています。

 

まとめ

 

表彰台でのレース後インタビューは観客からも好評を得ており、F1ではすっかりお馴染みのパフォーマンスとなりました。

それは、ここで紹介したように往年に活躍したドライバーがインタビューを担当するのが一般的となっており、昔ながらのファンも懐かしみながら楽しめる事も人気の理由だと思います。

また、現在のF1しか知らないファンにとっても彼らの活躍を知る良いきっかけであり、ドライバーたちが敬意を持ってレース後の気持ちを語るシーンは、観ているだけで心が熱くなってしまいます。

表彰台上でのレース直後のインタビューは、ドライバーが初めてファンに感想を届けるシーンであり、質問を投げかけるインタビュアーの責任は重大ですが、同じレースを戦った経験を持つからこそドライバーたちの気持ちを上手く引き出すことが出来るのかも知れません。

 

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Writer Introduction
shunsuke_kawai

モータースポーツライターをさせて頂いております、河合俊佑です。10代にF1の魅力にハマり、以後フォーミュラレースに憧れを抱く。大学時代は自身でカート活動を始め、モータースポーツの面白さを体感し、魅力を伝える事を志しています。少しでもモータースポーツを楽しく、分かりやすく伝えられるよう取組んで参ります。宜しくお願い致します。

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