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F1新時代を制し続けるルイス・ハミルトン!栄光から苦悩まで、そのキャリアを一挙に振り返る!

F1が新時代を迎えた2014年以降、圧倒的な強さを見せるルイス・ハミルトン。わずか10歳でロン・デニスに才能を見出され、後にF1デビューに結びつけます。2年目には当時の史上最年少王座に輝いたのですが、しかし2度目の王座は予想より困難なものになり、一時は苦悩の日々を過ごしてきました。その転機はメルセデスへの移籍。強力なマシンを手にすると、近年は手の付けられない強さを誇るハミルトンの栄光と苦悩を振り返ろうと思います。

©Pirelli

ルイス・ハミルトン:プロフィール

出典:http://www.dnaindia.com

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名前:ルイス・ハミルトン(Lewis Hamilton)

生年月日:1985年1月7日

出身地:イギリス

カーナンバー:44

初の黒人F1ドライバーとして脚光を浴びたハミルトンはデビューから非凡な才能を発揮してきました。

これまで10年間の現役にて唯一となる、F1参戦以来全てのシーズンで優勝を記録しており、これは常に第一線で活躍してきた実績も残しています。

昨年には幼いころより憧れてきたアイルトン・セナに並ぶ3度目のドライバーズタイトルを獲得。

それは天才と称されるハミルトンでさえ、数多くの困難を乗り越えた末に勝ち取った結果だったのです。

 

わずか10歳で才能を認めさせたハミルトン

出典:http://www.irishmirror.ie/

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21世紀を代表するF1ドライバーであるハミルトンは、カート時代から才能を発揮しF1まで駆け上がってきました。

8歳でカートを始め父と二人三脚でレースキャリアを歩み始めると、その2年後に早くも国内でチャンピオンに輝きます。

そしてその年のオートスポーツアワード授賞式に参加した際に、マクラーレンの監督を務めるロン・デニスと運命の出会いを果たし、わずか10歳の少年はF1チームの監督に「あなたのマシンに乗ってワールドチャンピオンになりたい」と豪語するのです。

出典:http://www.lewishamilton.com/

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するとロン・デニスは「じゃあトロフィーをたくさん持っておいでね」と答えると、ハミルトンはその言葉通りカートで勝利を重ね、3年後には13歳にしてマクラーレンの支援を受けることが決まります。

2000年にはそのマクラーレンとメルセデスが支援するカートチームMBM.comから参戦。

そこではニコ・ロズベルグと同じチームとなり、二人はいつかF1でチームメイトになろうと約束を交わしたという逸話も残っています。

順風満帆なステップアップを続けるハミルトンは2004年からF3に参戦し、その翌年には20戦15勝という圧勝でチャンピオンを獲得。

2006年にはARTからGP2に参戦し見事王者に輝くと、ついにF1への切符を手にするのでした。

 

鮮烈なデビューを飾ったマクラーレン時代

出典:https://en.wikipedia.org/

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マクラーレンの秘蔵っ子として2007年からF1に参戦すると、そのルーキーイヤーは衝撃的でした。

当時2年連続で王者に君臨していたフェルナンド・アロンソのチームメイトに抜擢され、そのサポートが大きな役割と予想されました。

ですがこの新人は王者と互角の戦いを披露。

デビュー戦でいきなりの3位表彰台を獲得すると、それ以降9戦連続で表彰台に上り続ける驚異的な安定感を見せます。

さらには第6戦カナダGPで初のポールポジションを達成すると、決勝でも見事な走りで初優勝。

わずか3ヵ月でスーパースターの仲間入りを果たしたのです。

出典:https://commons.wikimedia.org

参戦7戦目のカナダGPで初ポールから優勝という快挙(出典:https://commons.wikimedia.org)

このような秘蔵っ子の活躍にチームからの期待も膨らみ、なかでもチーム代表であるロン・デニスはF1初のルーキーチャンピオンに向け、ハミルトンへの肩入れに強い姿勢を見せます。

しかし、それと同時にチーム内ではアロンソとの確執も取りざたされ、それまで好調を維持していたチームは次第に険悪なムードが漂うように。

タイトル争いで圧倒的優位に立っていたハミルトンですが、王者獲得への重圧からかシーズン終盤にはミスやトラブルに見舞われ、いつしかリードは僅かなものになってしまいます。

出典:http://www.zimbio.com/

2007年中国GPではタイトル争いを左右する判断ミスを犯す(出典:http://www.zimbio.com/)

そして最終戦までもつれ込んだタイトル争いはアロンソ、フェラーリのキミ・ライコネンとの三者で争うことに。

ルーキーチャンピオンの期待を背負い最終戦に臨みますが、ハミルトンはスタートで順位を落とすとマシントラブルで最後尾まで後退を強いられるという悪夢の展開。

トラブルが修復されると快挙に向け最後尾から怒涛の追い上げを見せますが最終的に7位に終わり、このレースで優勝を飾ったライコネンにわずか1ポイント差で逆転王座を許してしまいました。

参戦初年度でF1王者には届きませんでしたが、ハミルトンがF1界に与えた衝撃は大きく、将来のF1を担うドライバーと目されるよこととなったのです。

出典:http://theirearth.com/

ルーキーイヤーで完全にチーム信頼を勝ち取り、2年目からはエースの役割を担う(出典:http://theirearth.com/)

2年目のシーズンを迎えるハミルトンはアロンソの離脱もあり、マクラーレンのエースとして再び王者を目指します。

この年は開幕戦で優勝を飾り良いスタートを切りますが、それ以降は前年に比べ安定感を欠き、思うように選手権をリード出来ませんでした。

接触の原因になった攻撃的な走りはポイントの取りこぼしを招き、時に危険だと批判を浴びることも少なくなかったのです。

それでも速さを武器に伝統のモナコGPを初制覇すると、母国イギリスGPでも優勝を飾る活躍もあり、王者が狙える位置を維持します。

シーズン終盤の第17戦中国GPで優勝を飾り、ランキング2位につけるフェリペ・マッサに7ポイント差を付け最終戦を迎えます。

ハミルトンは優位な立場を築いており、5位以内入れば無条件でチャンピオンを獲得出来ましたが、残り2周というところで6位に転落。さらにはマッサが首位を走っていたため一転して逆転を許す恰好に。

昨年の悪夢が頭をよぎりますがハミルトンは雨が強まったことも味方につけ、ドライタイヤでペースを落としたティモ・グロックを最終ラップの最終コーナーで抜き去り5位でフィニッシュ。

出典:http://www.mclaren.com/

出典:http://www.mclaren.com/

昨年あと一歩で逃した念願のF1王者は当時の史上最年少記録となる快挙。

それと同時にカート時代に交わしたロン・デニスとの約束を遂に果たすこととなりました。

 

 

鮮烈なF1デビューを飾ったハミルトン。

しかし、ネームバリューとは裏腹に、完全勝利が遠のきます。

苦悩の日々から、王者に返り咲くまでのストーリーは、次のページで。

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Writer Introduction
shunsuke_kawai

モータースポーツライターをさせて頂いております、河合俊佑です。10代にF1の魅力にハマり、以後フォーミュラレースに憧れを抱く。大学時代は自身でカート活動を始め、モータースポーツの面白さを体感し、魅力を伝える事を志しています。少しでもモータースポーツを楽しく、分かりやすく伝えられるよう取組んで参ります。宜しくお願い致します。

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