現在販売されているコンパクトカーや軽乗用車は、ほとんどがFF車(と、FFベースの4WD車)ですが、その元祖と言えるのが、初代VWゴルフやホンダ初代シビック、ライフなど、初期のエンジン横置型きFF車です。そして背が高く、キャビンも広い現在の車の原型といえば、トールボーイコンパクトである初代ホンダ シティ。ターボのジャジャ馬ホットハッチや、一時期流行ったコンパクトカブリオレも、国産車では初代シティが最初でした。

初代ホンダ シティ/出典:https://www.honda.co.jp/50years-history/challenge/1981city/index.html

平均27歳の若者達が作った開発コードSA-7「シティ」

コンセプト段階の開発コードSA-7(後の初代「シティ」)のプレゼンテーションカタログ/出典:https://www.honda.co.jp/50years-history/challenge/1981city/page04.html

後に、コンパクトカーに革命を起こす1台となるホンダ車。その開発がスタートしたのは1978年4月で、日本では高度経済成長期の終結やオイルショックによる不況に陥っている頃でした。

国産車は、長らく苦しめられた厳しい排ガス規制や省エネ化にようやく解決の目処が立ち、世界一の自動車生産国へ成長したとはいえ、日本国内の自動車需要が停滞していてパッとせず、新時代へ向けた画期的な車で大衆の目をひきつける必要性に迫られます。

そんなわけで、バブル時代黄金期に比べて地味な印象があるとはいえ、1970年代末から1980年代はじめに登場した国産車には、現在の車にまで影響を与える画期的な車が数多く登場しました。

ホンダでも「80年代の省資源車の決定版」というテーマで平均年齢27歳の若いチームが開発コード「SA-7」に取り組みましたが、若者の感性で若者が求める車を創造したため、それまでの常識から考えるとかなり突拍子もない車ができあがります。

もちろん、「若者」の感性が「大人」の信じてきた価値観と真っ向からぶつかるのは、いつの時代でもよくある話で、大胆なコンセプトや開発姿勢を壊してしまわないよう、慎重な配慮の元で、SA-7は次第に形を整えていったのです。

「シティはニュースにあふれてる」革命的トールボーイ誕生

初代ホンダ シティE/出典:https://www.favcars.com/images-honda-city-e-1981-86-30570.htm

1981年11月、開発コード「SA-7」から「シティ」へと名を変えた新型車の発表会が、新宿のスーパーシティで行われました。

当時の河島社長以下、居並ぶ役員はスーツではなくジャケットというラフなスタイルで、レーザービームなどを多用したショー的なステージ、セメント袋のような袋に入ったカタログと、発表会自体が型破り!

公開された「シティ」も、当時主流になり始めていた滑らかなフラッシュサーフェスボディこそ取り入れられたものの、可愛い丸目ヘッドライトに当時としてはノッポなトールボーイスタイルで、スピード感やカッコ良さ、ステイタスシンボルといった、従来の自動車に求められていた感覚は微塵もありません。

しかし、低くなければ空気抵抗が大きいと思われていた高い車高は、Cd値(抗力係数)0.40と当時としては優秀な値で、しかも国産車初のゼロリフト(走行中の揚力ゼロ)を達成。グリップ力に無駄がなく、路面に吸い付くような走りを実現していました。

もちろん全高が高ければ室内高も高く、着座位置を上げてシートバックを起こしてもヘッドスペースに余裕があるため、後のトールワゴンでは当たり前となる「視界が広い見下ろし運転感覚」をいちはやく実現。

さらに「シティは、ポケッテリア」とカタログに書かれていたように、あちらこちらにポケットなどの小物の収納場所だらけで、ダッシュボード上にはエアコンでジュースを冷やしておける「クールポケット」すら設置。広くて快適になった車内をフルに活かし、使い勝手の想像力を広げる工夫に満ち溢れています。

エンジンはホンダお得意の低公害型CVCCを改良した、ショートボア・ロングストローク・高圧縮比の「COMBAX」1.2リッター高効率エンジンで、実用域でキビキビ走る高出力と低燃費(Eタイプで10モード燃費19km/L)を達成するなど、まさに「よく走る快適な居住空間」でした。

当時の同クラスライバル車が、FFなりスペース効率の高いハッチバックなりと、各メーカーごとに新時代へ向けた趣向を凝らす中で、シティはまさに「これからの車はこうなる」というお手本のようであり、そして実際、その通リになっていったのです。

発売された初代シティに対し、「こんな背の高い実用車はカッコ悪い」という意見は皆無ではなかったものの、それより何より旧時代の殻を破る新世代の車として話題となり、後述する矢継ぎ早のモデル追加もあって、キャッチコピーの通り「シティはニュースにあふれている」状態になっていきます。

ムカデダンスで「ホンダ・ホンダ・ホンダ」

当時日本で無名だったマッドネスを起用したCMもまた画期的だった/出典:https://youtu.be/TLnsuBylffc

初代シティのCMもまた後々まで語り草となる型破りなもので、当初はニューヨークで集めたミュージシャンによる、シティのバンドを作ろうという話もありましたが、当時の日本では無名だったロックバンド、「マッドネス」が踊りも含めて面白いと聞くや、これぞシティに最適と起用を決めます。

もちろんそれは当時の若者の感性に訴えるためでしたが、その企画を出されてGOサインを出す上層部は若者でもなんでもないわけで、あまりの奇抜さに「なんだこりゃ!」と怒り出す人まで出る始末でした。

しかしそこは若者パワーが勝り、嫌がる役員を最後は背後から抱え、無理やりデモを見せるという強硬策にまで出た結果、根負けした役員会からもついに許可が出ます。

こうして生まれたのが、マッドネスによる独特のムカデダンスと「ホンダ・ホンダ・ホンダ、シティ!シティ!」というCMソングで、ムカデダンスは発売当時に小学1年生だった筆者も、友達とホンダホンダと言いながらマネしたもので、シティがどんな車かよく知らなくとも、とにかく面白くてインパクトは最高でした。

しかし、役員に土下座するなど低姿勢ではなく、嫌がるのを無理やり見せて「年寄りがダメと言っても、これで今の若者の2、3割の共感が得られれば、この車の目標は達成です!」とグイグイ押していく情熱もさることながら、それで怒ってクビや閑職に飛ばさない当時のホンダも大したものです。

初代シティと言えば!世界初の4輪・2輪同時開発で生まれた「モトコンポ」

画期的な車載バイク「モトコンポ」/ Photo by Miles Goodhew

そして初代シティと言えば語らないわけにいかないのが、世界初!4輪・2輪同時開発でシティとともに生まれた車載バイク(トランクバイク)、「モトコンポ」の存在です。

バイクや自転車を積むトランポに使える車は今ならいくらでもありますが、「面白い車を作ったんで、それに積める面白いバイクも一緒に作りました!さあどうぞ存分に遊び倒してください!」という車なぞ、少なくとも国産では初代シティくらいではないでしょうか?

実際にはイメージと異なり、街往くシティがみんなモトコンポを積み、目的地に着いたら下ろして走り回るなんて光景は全く見かけず、筆者が免許を取る年齢の頃にはすっかりレア車で縁がなかったものの、スポーツランドSUGOにレースを見に行った際に、ARTAチームがオートバックスカラーに塗ったモトコンポを数台持ち込むなど、パドックで愛用されていたのが印象的でした。

“ジャジャ馬”と、”転倒続出ブルドッグレース”伝説を作った2種のシティターボ

1982年9月に発売されたシティターボ /出典:https://www.honda.co.jp/news/1982/4820920.html

背が高いのに軽快な革命的トールボーイ、初代「シティ」には、標準グレード「E」、上級グレード「R」、Rのハイルーフ版として後から追加された「Rマンハッタンルーフ」など、いくつかの乗用モデル「シティ」と2シーターの「T」、5シーターの「F」が設定された商用モデル「シティPRO」がラインナップされました。

さらに2種類のホットモデルが追加されましたが、何しろ現在の軽自動車よりちょっと幅広い程度で600kg台の軽量ボディに、現在の高効率目的のダウンサイジングターボではなく、明確にホットモデル狙いの高出力ターボを搭載。

それも初期のドカンとトルクの立ち上がるどっかんターボを搭載したFF車だったため、多少の補強や強化で大人しくなるわけもありません。

1982年9月に1番手として登場した「シティターボ」はターボチャージャーとPGM-Fi(電子制御燃料噴射)化により、ブースト0.75kでグロス100馬力を発揮しますが、まだ低扁平スポーツタイヤなどない時代だったため、思いっきり頑張って165/70HR12の「高性能タイヤ」と言われても、ちょっと覚悟が必要な気がします。

ターボ化のために装着されたパワーバルジと、フロントにマイナスリフトすらもたらすフロントスカートつき専用バンパー、専用サスペンションにフロントのベンチレーテッドディスクブレーキがあるとはいえ、当時のリリース資料を見ても「ボディ剛性のアップ」などは書かれていませんでした。

シティターボ・主要スペックと中古車価格

ホンダ AA シティ ターボ 1982年式
全長×全幅×全高(mm):3,380×1,570×1,460
ホイールベース(mm):2,220
車重(kg):690
エンジン:ER 水冷直列4気筒SOHC12バルブ ターボ
排気量:1,231cc
最高出力:74kw(100ps)/5,500rpm(※グロス値)
最大トルク:147N・m(15.0kgm)/3,000rpm(※同上)
10モード燃費:18.6km/L
乗車定員:5人
駆動方式:FF
ミッション:5MT
サスペンション形式:(F・R)ストラット

 

(中古車相場とタマ数)
※2021年2月現在
168万円・1台

1983年10月に発売されたシティターボII、通称”ブルドッグ”/ 出典:https://www.honda.co.jp/news/1983/4831026.html

1983年10月に、ただでさえオーバースペック気味な「ハイパーターボ」(ホンダはシティターボ用のターボエンジンをそう名付けた)に、インタークーラーを装着し、最大ブースト0.85k(当時世界最高)によりグロス110馬力へアップ!

しかも4,000回転以下からの巡航時にスロットルを全開にすると、10秒間のみブースト圧を10%も上げる「スクランブルブースト」で加速レスポンスを良くした事にしていますが、要するにノンビリ走っているところからちょっと頑張った追い越し加速をかけると、途端に猛烈なブースト圧で暴力的加速を味合わされます。

インタークーラーのため拡大、ボンネットと一体化したパワーバルジや、標準ボディより55mm拡幅されtワイドフェンダー、大型エアロバンパーは迫力満点なものの、それでも全幅1,625mmなので、5ナンバー枠にはだいぶ余裕があり、185/60R13の(当時としては)低扁平タイヤを履いたとて、それで大丈夫なのか少し不安なレベルです。

実際、迫力満点ボディから「ブルドック」とアダ名のついたターボIIでも、ボディ剛性アップについてはあまり手が入っていなかったのか、夜の峠道などで全開走行をすると、ボディの歪みでルームランプがパカパカ点滅するとも言われました。

派手なカラーリングと派手な転倒が華だったブルドッグレース/出典:https://youtu.be/X-jFzm9lF2M

しかし圧巻だったのは、そんな「ブルドック」に、さらにワイドボディキットを組んでチューンが施されたマシンで戦うワンメイクレースで、一見するとチョロQのように可愛いマシンによるのどかなレースに見えました。

しかしスタートするや、速いわ暴れるわ転倒するわ、横倒しや裏返しのまま滑走するわで、かなり大荒れとなり、当時のレースアナウンスを聞いていると「レース界の新日本プロレス」とまで言われており、伝説的レースとして今もなお語り草です。

シティターボII・主要スペックと中古車価格

ホンダ AA シティ ターボII 1983年式
全長×全幅×全高(mm):3,420×1,625×1,470
ホイールベース(mm):2,220
車重(kg):735
エンジン:ER 水冷直列4気筒SOHC12バルブ ICターボ
排気量:1,231cc
最高出力:82kw(110ps)/5,500rpm(※グロス値)
最大トルク:160N・m(16.3kgm)/3,000rpm(※同上)
10モード燃費:17.6km/L
乗車定員:5人
駆動方式:FF
ミッション:5MT
サスペンション形式:(F・R)ストラット

(中古車相場とタマ数)
※2021年2月現在
176万~238万円・2台

当時の流行に沿ってカブリオレも登場

当時国産唯一のオープンカー、シティカブリオレは1984年7月に発売/ 出典:https://www.honda.co.jp/news/1984/4840704.html

最後の派生モデルは1984年7月に登場したカブリオレで、その後マツダのファミリア、スズキのカルタスなどで少し流行った、コンパクトカーベースで作ったオープンカーのはしりです。

開発にあたってはイタリアのピニンファリーナから技術協力を受けた結果、ターボII同様のワイドフェンダーに固定式ロールバーでガッチリと転倒防止策が施されていましたが、それより、専用色を含む12色のボディカラーが用意され、当時としてはカラフルなシティカブリオレが注目の的でした。

カブリオレ・主要スペックと中古車価格

ホンダ FA シティ カブリオレ 1984年式
全長×全幅×全高(mm):3,420×1,625×1,470
ホイールベース(mm):2,220
車重(kg):800
エンジン:ER 水冷直列4気筒SOHC12バルブ
排気量:1,231cc
最高出力:50kw(67ps)/5,500rpm(※グロス値)
最大トルク:98N・m(10.0kgm)/3,500rpm(※同上)
10モード燃費:16.4km/L
乗車定員:4人
駆動方式:FF
ミッション:5MT
サスペンション形式:(F・R)ストラット

(中古車相場とタマ数)
※2021年2月現在
69.8万~218万円・11台

初代シティ 主要スペックと中古車価格

当時としては低燃費と実用出力を両立したCOMBEXエンジン/出典:https://www.en.japanclassic.ru/booklets/55-honda-city-1982-aa.html

ホンダ AA シティ R 1981年式
全長×全幅×全高(mm):3,380×1,570×1,470
ホイールベース(mm):2,220
車重(kg):665
エンジン:ER 水冷直列4気筒SOHC12バルブ
排気量:1,231cc
最高出力:45kw(61ps)/5,500rpm(※グロス値)
最大トルク:98N・m(10.0kgm)/3,500rpm(※同上)
10モード燃費:18.0km/L
乗車定員:5人
駆動方式:FF
ミッション:5MT
サスペンション形式:(F・R)ストラット

 

(中古車相場とタマ数)
※2021年2月現在
ターボ/ターボII/カブリオレ以外:89.8万円・1台

先駆者としては1代限りだった初代シティ、今でもウケるかも?

Photo by Riley

日本のみならず海外でも高い評価を受けた初代シティは、その後の自動車へ大きな影響を与えたものの、あまりにも登場する時代が早すぎたという事なのか、コンセプトをそのまま受け継いだ車というのは、そう多くありませんでした。

何しろ2代目シティでは、初代と真逆のロールーフ・クラウチングスタイルで、当時のシビックやトゥデイなどと統一感を出し、2代目の後継ロゴでは部分的に見るべき部分はあったものの、目を見張るような提案ができた車ではありません。

むしろそのコンセプトはちょっと遅れた1990年代半ば以降から、ホンダより先にライバル各社から隔世遺伝的に再現されており、3ドアしかないという一点を除けば初代シティの先進性を際立てています。

いわば各社アレコレと模索した上で、「結局これが良かったらしい」と、初代シティのスタイルへ各社なりの解釈と技術を加えつつ回帰していったと考えるべきでしょう。

そろそろ日本車も歴史に深みが出てきたことでセルフリメイクの成功例もあり、今のホンダがいずれ初代シティのリメイクなどを開発し、それもEVでもちろん電動版モトコンポを積んで発売したら、面白いかもしれません。

 

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