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約13年ものロングセラーなホンダ軽乗用車復活第1弾!初期の丸目がキュートで復刻希望した初代トゥデイ

発売以来、毎月のように軽自動車の月販台数トップに君臨するN-BOXに代表されるホンダの軽乗用車ですが、1974年10月から1985年9月までの約8年間、シビックなど社運を賭けた登録車の生産へ注力するために、軽乗用車から撤退していた時期がありました。そこから復帰第1弾として登場したのが初代トゥデイで、ユニークなデザインとポップなカラーバリエーションがウケ、新規格へ移行するまでの約13年間も販売されたロングセラーモデルとなりました。

初代前期 トゥデイ G / 出典:https://www.favcars.com/honda-today-g-ja1-1985-88-photos-253230.htm

「ホンダの軽を愛する社員」による闇プロジェクトで生まれた、初代トゥデイ

初代前期 トゥデイ M / 出典:https://www.honda.co.jp/news/1985/4850910t.html

1960年代のN360で軽乗用車へ参入するや、ホンダらしいパワフルさでヒットを飛ばし、第1次軽自動車パワーウォーズの火付け役となったホンダの軽乗用車でしたが、初の本格的実用小型乗用車だったホンダ1300の大不振で、自動車メーカーとして存続の危機に瀕します。

ただし、起死回生のために新たに開発した初代「シビック」は、当時のもっとも厳しい排ガス規制であるアメリカのマスキー法もCVCCエンジンでクリアのメドを立てるなど、将来有望な新型車であり、事実、発売とともにヒット作となりました。

そこで当時のホンダは「軽トラのTN以外は生産ラインをシビックへ集中し、軽乗用車から撤退する。」という思い切った決断に出て、事実上の「シビック屋」に徹して成功。アコードなど、続く小型車も成功させて、見事に屋台骨を立て直してみせたのです。

その後、「小型車の販売にも自信がついたし、ここらで軽乗用車も再開しようか」という話になったわけではなく、実は1974年9月に最後の軽乗用車「ライフ」の生産を終了して以降も、「また軽乗用車を作りたいな。」と考える社員が非公式に(つまり勝手に)プロジェクトを立ち上げたのが、初代トゥデイの始まりでした。

初代前期 トゥデイ ポシェット / 出典:https://www.honda.co.jp/news/1987/4870220.html

社内で預かり知らぬ非公式の闇プロジェクトだったため、余計な人手は割けなかったのか、入社したばかりの新人に教育目的でデザインスケッチを書かせてモックアップを作成。

設計部署や工場にも根回しを済ませてから、当時の社長に「こういうの作りましたがどうですか?」とプレゼンし、OKが出たというから、何ともおおらかな時代です。

ともあれ正式なプロジェクトとして動き出した新型軽乗用車は、当初薄めの異型ヘッドライト(後期型トゥデイとも少し違う)を使うつもりでモックアップを作ったものの、どうもコストが高く、交換する時にユーザーも困るだろうというわけで、安い丸形ヘッドライトを使うためにボンネットやバンパーまで変更し、独特の可愛らしいフロントマスクが生まれました。

さらに「ホンダの軽なんだからスポーティにしたい」とこだわったのが、大きく倒されたフロントガラスで、当時の新人デザイナーが言うには「当時最新のフェラーリ308GTBと同じくらい」とのことで、完全にデザイン優先です。

しかもボンネットはフロントガラスから一直線になっていて前に行くほど低く、しかもホンダ得意のMM思想(マン・マキシマム/メカ・ミニマム)を元に作っていたためエンジンルームは最小限。限られた予算で作るために、アクティ用の水冷直列2気筒EHエンジンを水平に近い角度まで傾けて搭載したのも、丸っきりデザインを優先してのことです。

ルーフも前席頭上を頂点にテールへ向かって少し下がり、そもそも全高も低(初代ライフの1,340mmに対し初代トゥデイ前期で1,315mm)かったため、スポーティではあるものの狭い車になりそうなものですが、エンジンルームを極限まで最小化してタイヤも四隅へ追いやり、前後スペースを広く取るなどの工夫で、結果的には広々とした車になりました。

わずか31馬力の軽トラ用エンジンとはいえ、ロングホイールベースで高速安定性は高く、スポーティなデザインでも意外に広くて快適な初代トゥデイは1985年9月に発売。当時は初代スズキ アルトで始まったボンネットバンブームのなか、軽乗用車復帰とはいえ当然商用登録です。

N360やライフ、Zといった名車を生んだホンダの軽乗用車復帰は、待ち望んでいたユーザーから歓迎され、ユニークなデザインを活かしたポップなパステルカラーも設定した女性向けグレード「ポシェット」も好調で、初代トゥデイはまずまずのスタートを切りました。

3気筒化、660cc化、そして2代目の不振により約13年ものロングセラーへ

初代トゥデイ後期  / 出典:https://www.honda.co.jp/news/1988/4880208.html

1988年のマイナーチェンジでは、開発時に見送られていた待望の直列3気筒SOHC12バルブエンジン「E05A」が、PGM-FI(電子制御燃料噴射)仕様も含め搭載され、乗用登録グレードも登場。

フロントマスクも異型ヘッドランプの採用で精悍になり、当時のシビックやシティの軽自動車版といえるスポーツ路線へと移行します。

初代トゥデイ後期型に搭載された直列3気筒エンジンE05A(PGM-Fi仕様) / 出典:https://www.favcars.com/photos-honda-today-ja2-1988-93-257486.htm

そして商用登録のトップグレード「Ri-Z」は44馬力、乗用登録の「XTi」は42馬力と、他社の初期ターボエンジン並の出力を発揮。

1990年3月に規格改正で660cc化(E07Aエンジン)されると、PGM-Fi仕様の最高出力は52馬力に高められ、自然吸気エンジンながら軽快に吹け上がるなかなかのホットモデルとなりました。

初代トゥデイは2代目登場後も、商用登録のボンネットバン仕様「トゥデイハミング」が継続販売された / 出典:https://www.favcars.com/honda-today-humming-x-jw3-1994-96-photos-254854.htm

1993年1月には2代目が登場したものの、乗用登録専用モデルだったため、初代トゥデイはボンネットバン仕様「トゥデイPRO」のみのラインナップになりましたが、ここで2代目が「ハッチバックではなく独立トランク式」としたのが全く受け入れられないという大誤算が発生します。

そこで初代をボンネットバン(商用登録)のまま、乗用モデル並の快適装備を整えた「トゥデイハミング」を1994年9月に発売。

結局はそれが「安くてカッコよくて使い勝手も良くて」と再ヒットし、1998年10月に軽自動車が新規格(現行)へと切り替わる直前まで、約13年もの長きに渡って販売されるロングセラーモデルとなりました。

主要スペックと中古車価格

初代初期型JA1トゥデイ G / 出典:https://www.favcars.com/honda-today-g-ja1-1985-88-pictures-253231.htm

ホンダ JW1 トゥデイ G 1985年式
全長×全幅×全高(mm):3,195×1,395×1,315
ホイールベース(mm):2,330
車重(kg):550
エンジン:EH 水冷直列2気筒OHC4バルブ
排気量:545cc
最高出力:23kw(31ps)/5,500rpm(※グロス値)
最大トルク:43N・m(4.4kgm)/4,000rpm(※同上)
燃費:-
乗車定員:2(2)人(※商用登録のボンネットバン)
駆動方式:FF
ミッション:4MT
サスペンション形式:(F)ストラット・(R)3リンクビーム車軸式

(中古車相場とタマ数)
※2021年3月現在
20万~79万円・18台

丸目の前期型は今でも再販してほしいレベルのインパクト

初代トゥデイ / Photo by TuRbO_J

後継車の大不振で思わぬロングセラーとなった初代トゥデイですが、約13年の販売期間のうち、10年以上が後期のスポーティな角型ヘッドランプ仕様で、インパクト抜群だった丸目の前期は2年4ヶ月ほどしか販売されなかったことが、少し惜しまれます。

あの日本車離れしたルックスは短期間販売のレア車扱いに止めておくには惜しいので、「N」シリーズの次のステップか、コンパクトカーでも超小型モビリティでも構わないので、初代前期型トゥデイのデザインの復刻版が出れば、今でも十分に個性的で、またウケるかもしれません。

N360モチーフはN-ONEで、ライフステップバンをモチーフとしたのは2代目N-WGNで、ビートがモチーフなのはS660で実現しているため、次は丸目トゥデイをモチーフで…など、いかがでしょうか?

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著者:兵藤 忠彦

ダイハツ党で、かつてはジムカーナドライバーとしてダイハツチャレンジカップを中心に、全日本ジムカーナにもスポット参戦で出場。 その後はサザンサーキット(宮城県柴田郡村田町)を拠点に、主にオーガナイザー(主催者)側の立場からモータースポーツに関わっていました。

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