ランチア・ストラトス。軽自動車より短いホイールベースにパワフルなディーノ246用エンジンをミッドシップに搭載、ベルトーネ時代のガンディーニがデザインした代表作のひとつ…と、その特徴を挙げていくだけでスーパーカーだとハッキリとわかる一台です。ラリーマシンとして大活躍していた印象の強い同車ですが、まだまだ最前線で戦える戦闘力を持ちながら、フィアットグループの方針に振り回され引退を余儀なくされた、不遇の生涯をご紹介します。

 

ランチア・ストラトス / Photo by D – 15 photography

 

 

最強を求められて生まれ、それでは困ると退場させられた不遇のラリーマシン

 

ランチア・ストラトス  / Photo by Uberto

 

1972年、WRC(世界ラリー選手権)開催を翌年に控えたツール・ド・コルスに出場した、1台のプロトタイプラリーマシン。

曲面を多用しつつ極端に低い車高と思い切り寝かせたフロントウィンドウを持ち、まるで突き刺さる矢のように鋭いフロントマスクにはリトラクタブルライトを搭載。

それがスーパーラリーマシン、ランチア・ストラトスの実戦デビューでした。

グループ4ホモロゲーションを1974年に取得するや、10月の第4戦ラリー・サンレモで優勝したのを皮切りに4戦中3勝を上げ、そこから1976年まで3戦連続でメイクス・タイトルを獲得し、最強ラリーマシンの座を不動のものに。

そんなベルトーネ時代のアレッサンドロ・ガンディーニがデザインを手がけ、チェーザレ・フィオリオを始めとするランチアワークスが戦闘力を高めるべく知恵を絞ったこのマシンは、ベルトーネのコンセプトカー、ストラトス・ゼロ(1970年)を源流にしていました。

 

ベルトーネ ストラトス・ゼロ  / Photo by Stuart

 

その後、運動性能の高いミッドシップ・スポーツというコンセプトがラリー向きであると売り込んだベルトーネと、フィアット傘下入り後の車種整理で手駒不足に悩むランチア、そしてX1/9より高い宣伝効果を持つマシンを求めたフィアットの思惑が一致。

X1/9と並行する形で開発が進められるうちに懸案だったエンジンもフェラーリからディーノ246GT用2.4リッターV6エンジン供給の見通しがつき、急速に戦闘力の高いスーパーラリーマシン像が出来上がっていきました。

こうしてデビュー後に思惑通り活躍したストラトスですが、WRCで3年連続タイトルを獲得する頃には、「どうもウチの車がタイトルを取れないのはアンバイが悪い」というフィアット側からの販売戦略変更というアクシデントに見舞われたのです。

その時点でまだまだ高い戦闘力を誇るどころか熟成度は7割程度だったとされており、グループB体制が始まる1982年まで活躍の余地はあったものの、思わぬ形でワークス体制からの退場を迫られる事に。

しかし、その後もレースやプライベーターによるラリー参戦などで活躍し、日本でもスーパーカーブームの時期には人気モデルの1台になりました。

 

AER 2500TypeIII(ストラトスレプリカ)  / 出典:http://aercoltd.com/aerhfr2500tyep3.html

 

そして生産台数は少ないものの、その飛び抜けて美しいデザインからファンの要望に応えるように忠実に作られたレプリカが多く制作され、その1つに日本のAERというメーカーが作ったものもあります。

 

ラリーでの勝利のため割り切ったメカニズムと美しいデザインが魅力

 

ランチア・ストラトス / Photo by Bob Bob

 

ストラトスといえばその最大の魅力は何といってもデザインにあり、低く這うような、そしてそのまま突き刺さるような、いかにもガンディーニ在籍時代のベルトーネデザインと言わんばかりのエクステリア。

それでいて公称300km/hの最高速度を誇るような数々のスーパーカーと比べ、これはあくまでラリーカーなのだと言わんばかりの最低地上高の高さや、ウエストラインから下の車体底面に向かって丸く絞り込まれたボディも他には無いものでした。

後にタミヤのオフロード用RCレーサーやミニ四駆で採用されたようなデザインを、1970年代に実在したラリー車として実現していたこと自体が、大きな魅力だったのです。

 

ランチア・ストラトス  / Photo by Mark Harkin

 

それも「実際に本物のストラトスのステアリングを握る機会のある人間など、ほとんどいないだろう」という前提があってのもので、ラリーをはじめモータースポーツでの勝利のみ考えて作られたと言っても過言ではないストラトスには、実用性などほとんどありません。

ナビを載せるため2名分のスペースが確保されたほかは、エンジン後部のわずかな隙間にヘルメットを置く程度の余裕しか無く、走る以外にできることは非常に限られるのです。

しかも搭載するエンジンのベース(ストラトス用はラリー向けに低中速重視へリファイン)となったディーノ246GT同様、大抵の軽自動車よりホイールベースは短く、それでいて日本で言えば軽自動車どころか5ナンバーサイズすら大きく超えるワイドトレッド。

 

ランチア・ストラトス / Photo by nakhon100

 

そのため直進安定性はお察しの通りで、ラリーのワークスドライバーであっても「ストレートこそ冷や汗モノで、コースの全てがコーナーであればいいのに」というほどピーキーなハンドリングは、並のドライバーがそう簡単にムチを入れられるものではありませんでした。

ひとたび戦闘速度に達すれば、「アクセルを踏んでも抜いてもスピンする」とさえ言われたマシンは乗り手どころかタイヤすら選び、ストラトスのためにピレリは新型ハイパフォーマンスタイヤのP7を作ったほどです。

しかし、そうした「非日常的ジャジャ馬伝説」も、それゆえに獲得した数々の勝利の記録とともに、ストラトスの魅力を大きく高める事になりました。

 

モータースポーツにおける主な戦績

 

ランチア・ストラトス / Photo by JOHN LLOYD

 

ストラトスと言えばラリーイメージが強いものの、実際にはグループ4ラリーマシンのほか、グループ5レース仕様が投入された耐久レース、ラリークロス、シャモニー氷上レースなど華やかな場面に数多く投入されています。

メインとなるのはもちろんWRCで、1974年に3勝、1975年と1976年には4勝を上げ、3年連続メイクス・タイトルを獲得しました。

それによってランチアのイメージは大きく向上、量産車フルビアの延命という効果をもたらしますが、一方でアバルト124ラリーや131アバルトラリーで出場していた親会社フィアットにとって大きな目の上のコブともなってしまったのです。

 

ランチア・ストラトス / Photo by Tony Harrison

 

折悪しくオイルショック後の不景気にあった世の中に、大衆車のイメージアップで販売台数回復を目論んだフィアットの意向もあって「強すぎるストラトスとランチアワークス」は1976年を最後にWRCから退場させられました。

しかし、セミワークス的なプライベーター、チーム・シャルドネ(フランス)やジョリークラブ(イタリア)の手でスポット参戦を続けたストラトスは、その後も度々優勝を飾ります。

特に1979年のラリー・モンテカルロ最終日にはシャルドネのドライバー、ベルナール・ダーニッシュのストラトスが前日までのキャブレターの不調を克服して全SSでトップタイムを叩き出し大逆転優勝するなど、伝説的活躍の主役マシンにもなりました。

プロトタイプデビューの地であり1981年にWRC最後の勝利も飾ったツール・ド・コルスや、アルプスの岩肌を縫うような舗装路を駆け抜けるモンテカルロなどコーナーだらけのターマックコースは、それがたとえ積雪路面であれ、まさにストラトスが大得意とするコース。

その一方、マシンの耐久性が試されるサファリや、ぬかるんだ高速グラベルのRACラリー(現在のラリーGB)では一度も勝ったことがなく、数々の名手をもってしてもコントロールの難しいマシンだった事を、その戦績で証明していたと言えます。

 

ランチア・ストラトス(左)とデ・トマソ パンテーラ(右)のGr.4仕様車  / Photo by Ben

 

グループ5仕様によるレースもル・マン24時間耐久やタルガ・フローリオ、ツールド・フランスといったメジャーイベントから、ローカルイベントながら知名度の高いシャモニー氷上レースや、オフロードレースのヨーロッパラリークロス選手権などに出場。

グループ4ラリーマシンとは異なり、日本で言えばシルエットフォーミュラ風のエアロダイナミクスに優れたワイドトレッドボディをまとい、ラリーのイメージとはまた違う一面を見せています。

1977年にジロ・デ・イタリアに出走したレース車は同年、富士スピードウェイで開催されたレース内のスーパーカーイベントでエキシビジョン走行し、同時に展示されたグループ4ラリー仕様(および市販版ストラダーレ)ともども当時の大口スポンサーだった、アリタリア航空カラーをまとっていたことから、日本では「ストラトス=アリタリアカラー」が定番カラーとして定着したのです。

 

主要スペックと中古車相場

 

ランチア・ストラトス / Photo by Tony Harrison

 

ランチア・ストラトス ストラダーレ 1974年式

全長×全幅×全高(mm):3,710×1,750×1,114

ホイールベース(mm):2,180

車両重量(kg):980

エンジン仕様・型式:水冷V型6気筒DOHC12バルブ

総排気量(cc):2,418cc

最高出力:190ps/7,400rpm

最大トルク:23.0kgm/4,000rpm

トランスミッション:5MT

駆動方式:MR

中古車相場:不明

 

まとめ

 

ランチア・ストラトス / Photo by Eddy Clio

 

1969年にランチアがその傘下に入った親玉フィアットから、「ウチのX1/9より戦闘力があって目立つし、これをグループ4ラリーマシンとしてWRCで活躍だ!」と許可を受けてWRCに参戦。

いざ本当に活躍してみると「やっぱりウチの大衆車を売るのには131みたいな車で活躍しないと、ウチは大衆車メーカーだしね。」と言われ、ランチアのやる気がフィアットに振り回された時代の産物と言えるストラトス。

1982年からのグループB時代に入ると、「やっぱりラリーはランチアだよね」と037ラリーからお鉢が回ってくるのですが、そこまでの数年を熟成して勝ち続けるほどのポテンシャルはあったと言われています。

ただ、ラリーでストラトスの後継となったのはアバルトチューンのフィアット131アバルトラリーでしたが、「市販車然とした速いハコ」か「期待を裏切らないスーパーカーフォルム」か、皆さんはどちらを好むのでしょうか?

結論としては、「どちらのファンも喜ばせる車を作っていたフィアットグループは面白い」ということで、いいのかもしれません。

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