『ロータス・エラン』というクルマの名前を聞けば、2シーターのオープンカーを誰もが思い浮かべることが出来るような、一度は聞き覚えのあるクルマだと思います。今回は、初代ロータスエラン誕生の経緯を紹介しながら、「究極のスポーツカー」や、「コーリン・チャップマンが放った名車」などと言われる所以に迫ってみます。

ロータスエランS1 / 出典:https://www.favcars.com/lotus-elan-s1-type-26-1962-64-wallpapers-394911-1024×768.htm

 

バッグヤードビルダーから自動車メーカーへ

ロータスエリート / 出典:https://www.favcars.com/lotus-elite-1957-63-photos-95378.htm

現在では、自動車メーカーとして名立たる企業のひとつとして数えられる英国のロータス・カーズですが、1950年代中頃まではマークⅨ等のレーシングカーやマークⅥ等のクラブマン・レーサーを製作する、俗に言うバックヤードビルダーを営んでいました。

そんな中、「公道を走れる量産スポーツカー」というロータスにとって新しいジャンルを開拓するプロジェクトが1955年にスタートしました。

レースやサーキット走行だけを目的としない市販車を製作して販売することによって得た利益により、更なるレース活動を行うことを目論んで、新型車の開発がすすめられました。

迎えた1957年に誕生したそのマシンは、『ロータス・エリート』と名付けられ、市販モデルとして最初のスポーツカーが発表されました。

中身は鋼管で補強したガラス繊維強化プラスチック製モノコックという前衛的な車体構造が特徴で、革新的な1台ではありましたが、ボディ剛性にはまだ難があったりと、いわば発展途上のロードカーでした。

また、複雑なモノコックボディが故に、製作に時間が掛かりコストパフォーマンスに欠けるエリートは、1台あたり100ポンドの赤字を生み出す問題児となってしまい、僅か1000台足らずを世に送り出しただけでロータスはその生産を終了してしまいます。

E1と呼ばれたロータス・エリートのロードカー・プロジェクトは失敗に終わり、1950年代後半、ロータス・カーズには”利益を生み出す救世主的存在”になる、新たな市販車の誕生が急がれる状況となったのでした。

 

ターゲットは”The Flog Eyes”

オースチン ヒーレー スプライト / 出典:https://www.toyota.co.jp/Museum/collections/list/data/0039_AustinHealeySprite.html

1959年、ロータス・カーズでは、低い販売価格帯のスポーツカーを開発して販売する為の”S2(スポーツ2)”という新たなロードカー・プロジェクトが、設立者コーリン・チャップマン指揮の下スタートしました。

折しもイギリスで発表されて”The Flog Eyes”の愛称で人気を得た『オースチン・ヒーレー・スプライト』にチャップマン自身が影響を受けて、安価なスポーツカーの計画を目論見立ち上げたのでした。

ロータス・セブンの後継なのでオープンカーであること、ロータス・エリートの失敗から高い利益率をあげる自動車を開発すること、そして低い販売価格を実現することが、まずは目標となりました。

ターゲットモデルの『オースチン・ヒーレー・スプライト』は日本では”カニ目”の愛称で親しまれている名車ですが、発売当初から英国でも、僅か43psとエンジンの非力さを感じさせない軽い車体と軽快なハンドリングで人気を博していました。

そんなライバルを見据えて、チャップマンは当時のデザイナーにこう指示を出しました「大きすぎず、長すぎず、重すぎないクルマを造れ……」。

メジャーな存在のクルマを目指してM2(メジャ-2)と改名された公道を走れる量産スポーツカーのプロジェクトはこのような流れの中から、”軽快なハンドリングを持つ小型車”の完成を目指して開発が進められることになりました。

 

ロータス・エラン誕生

バックボーンフレーム構造のロータスエラン/出典:https://www.favcars.com/lotus-elan-s3-type-36-1965-68-photos-90128

1962年10月、ロータスが目指した軽快なハンドリングを持った小型スポーツカーは”エラン”と名づけられて遂に発表されました。

軟鋼板を溶接して造形されたX字型のバックボーンフレームに、ユニモールド方式のボディを組み合わせることにより生産性を向上して、エランの特徴のひとつであるオープンカー・スタイルデザインを可能にしました。

パワーユニットには、フォード116Eのエンジンブロックに自社製DOHC2バルブヘッドを組み合わせたものを使用して、コストダウンにも成功しています。

サスペンションは、フロントに本格的な上下A字アームを使用したダブル・ウィッシュボーン形式、リアはストラットを採用してスポーツカーとしてのパフォーマンスも充分に実現しました。

ロータス・カーズがレーシングカーを製作にあたり考慮してきたマシンの運動性を上げるための知識が存分に活かされて、車体はシンプルな構造で軽く、かつ剛性を保ちつつ、重量配分を中心部分に集められました。

その結果、素晴らしいハンドリングを持つ名車エランが誕生したのでした。

 

ロータスエランS1

全長:3683mm

全幅:1422mm

全高:1150mm

ホイールベース:2134mm

車両重量:639.5kg

直列4気筒DOHC 1558cc(先行量産車シャシナンバー0022までは1498ccモデル)

ボア×ストローク:82.55×72.75mm

最高出力:105hp/5500rpm

最大トルク:14.931kgm/4000rpm

キャブレター:ウェーバー製40 DCOE31キャブレター2基

サスペンション(前/後):ダブルウィッシュボーン /  リア・ストラット

 

S1からS4へエランの変貌

ロータスエランS4 / 出典:https://www.favcars.com/wallpapers-lotus-elan-s4-type-45-1966-73-90131-1024×768.htm

ロータスエランにはS1からS4という年式を跨いだいくつかのバージョンが存在していて、テールランプの形状などからも判断できますので、ここで簡単に紹介いたします。

S1:1963年から販売されたタイプ26モデル。蓋のないグローブ・ボックス、MG-ZBマグネット用の丸いテールランプが特徴。

S2:1964年10月から、1966年6月まで生産されたモデル(タイプナンバーはS1と同じ26)。

グローブ・ボックスが蓋付きのインパネ一体式となり、ヴォグゾール・ヴィクター用の楕円テールランプに変更される。

S3:1965年に、追加されたタイプナンバー36。アメリカ市場に応えるかたちでクーペモデルのボディで発売されトランクリッドのラインが変更されたのにくわえボディ補強も行われて剛性がアップしている。

S4:エラン最終シリーズ (タイプナンバーはS3と同じく36) エラン・プラス2やロータスヨーロッパで採用された大型テールランプが採用されタイヤサイズの変更に伴いフェンダーの形状が角型となった。

 

まとめ

ロータスエランS4 SPRINT / 出典:https://www.favcars.com/images-lotus-elan-sprint-fixed-head-coupe-1971-73-394405-1024×768.htm

ロータスエランの開発途上、M2プロジェクトがスタートした時点では、コーリン・チャップマンはデザイナーのロン・ヒックマン氏に対してエランはラリーやレースでの使用を考慮せずに純粋なロードカーにしたいと言っていたといわれています。

しかし、チャップマンはフロント部分を小さくすることや、車重をできるだけ軽くする要求をヒックマン氏に執拗に繰り返したそうです。

それは、その段階での、スポーツカーとしての素性の良さを見据えて、発売後にエランのオーナーがクラブマンレースに出場することをチャップマンは想像していたからです。

しかし、純粋なロードカーとしてデザインを手がけたヒックマン氏は、エランのシャーシをサーキット走行を前提にせずに完成させたそうです。

二人の思惑は少しズレていましたが、そんな中で完成したエランは、一般道では軽量な車体と足まわりが相まって、決して太くは無いタイヤでも、FRらしい僅かなテールスライドで気持ちよくコーナーリングできる名車となり、現代でも世界中にその愛好家が存在しています。

 

Motorzではメールマガジンを始めました!

編集部の裏話が聞けたり、月に一度は抽選でプレゼントがもらえるかも!?

気になった方は、Motorz記事「メールマガジン「MotorzNews」はじめました。」をお読みいただくか、以下のフォームからご登録をお願いします!