オートマチックトランスミッション(AT)限定の免許が登場したのは、1991年のことでした。その誕生から2019年現在では28年が経過し、マニュアル(MT)車の数は減り続けています。欧州ではMT車が今も主流であるのに対し、国内ではなぜ絶滅に瀕するまでになってしまったのでしょうか。それには「渋滞」という日本特有の現象が、深く関わっていたのです。
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日本と欧州の車事情
日本ではAT免許取得者が増えていて、AT車も多く売れています。
しかし欧州では今もMT車が主流であり、その数は全体の8割から9割を占めるなど圧倒的な存在感を誇っています。
この差は一体どこから来るのでしょうか。
日本と欧州の車に対する考え方
その理由の一つには、日本と欧州の車に対する考え方の違いがあります。
日本人の大多数にとって車は移動手段であると同時に、「快適に過ごせる空間」であるという認識があります。
この認識が、シフトレバーや左足でのクラッチ操作が必要なMTよりも、機械が自動で変速してくれてアクセルとブレーキを踏むだけで済むATが国内で広がった一因です。
一方、欧州の人々にとって車はあくまで「移動手段」であり、日本やアメリカのように無駄に豪華な設備やシステムが搭載されているものよりも、走るために必要な装置がついていればよいという考えがあります。
また頻繁に車を買い換える日本やアメリカと違って、欧州の国々では一台の愛車に長く乗り続ける傾向があり、日本よりも古い車に優しいのです。
また機械に安全を任せるよりも、自らの手で車を操作したいという文化が根づいているという意見もあります。
日本と欧州では渋滞の頻度が違う
次に、日本では慢性的に渋滞が発生するという問題があります。
高度成長期に自動車が爆発的に増加したのに対し、道路整備は進まず、現在も朝夕のラッシュ時には何十km、帰省や行楽シーズンには何百kmも渋滞します。
特に首都高は慢性的な渋滞に見舞われており、「低速道路」と揶揄されるほど。
おかげで車が長蛇の列を作る光景が、国内ではよく見られるようになりました。
そのため、徐行運転で1速を多用してシフトチェンジの楽しみもない状況では、MTに乗るメリットがあまりないと感じる人が居ても、不思議ではありません。
一方、欧州では渋滞が日本ほど頻繁に起こらず、MT車の利点を実感しやすい環境にあります。
平均的な走行距離も日本と比べて圧倒的に長く、高速道路でも最高速度の制限がなかったり、速度の上限が高かったりするので、ATよりも燃費のよいMT車のほうが選ばれる傾向にあるのです。
AT車全盛の時代に、あえてMTを選ぶメリット
日本では、DCTというツインクラッチやCVTの進歩によって「ATは遅い」と言われた時代はもう過去となりつつあります。
しかし、MT車にはいくつもの利点があるのです。
ここからはMT車に乗るメリットについて見ていくことにしましょう。
経済的なメリットがある
かつては新車価格だとMTよりもATのほうが高く売られていましたが、現在は両者の価格はほぼ同じです。
しかしトヨタ86やBRZなどのスポーツモデルでは、MTのほうが安く手に入る傾向にあり、中古車市場ではATよりもMT車のほうが高く売られている場合があります。
また中古車業界では車を最終的に海外への輸出業者へと転売し、売られた車は外国の市場での取引の対象になります。
日本車の海外における需要は非常に高く、欧州や発展途上国などでは、走行距離30万km超えの車が普通に走っていて、それらの国々ではATよりもMT車のほうが重宝されるところも。
そのため手放す時のことを考えても、MT車のほうが経済的なメリットになりやすいのです。
車を操作している感覚が強い
MTはシフトレバーや左足でのクラッチ操作が必要な反面、ドライバーの腕の良し悪しが車へダイレクトに反映されます。
そのため、運転が上手くなりたい人にとっては、腕の上達ぶりが車の挙動で判断できるという面白みがあり、シフトチェンジをする楽しみも味わえるのです。
また渋滞中は煩わしく思う反面、シフトダウン時の「ブリッピング」という回転合わせ、シフト操作時のショックを和らげるヒール&トゥ、ダブルクラッチなどの高等テクニックも、MT車ならでは!
またMT車だとドライバー自身の裁量でギアを入れられるので、欧州の例を見ても分かる通り、燃費がよくなるというメリットもあるのです。
耐久性の高さ
普段はあまり考える必要のないことですが、スポーツ走行時の耐久性はMT車のほうが高い傾向にあり、サーキットを連続周回するような場面では、MTのほうが適しています。
なぜならAT車では油温の上昇によってセーブモードに入ってしまい、周回不可能になることがありますが、MTだと何の問題も起こらないからです。
また普通に乗る時でもDCTに突然トラブルが起こる車種もあるので、ATは耐久性に少々不安が残ります。
しかしMTは、トランスミッションそのものが壊れることは、滅多にありません。
MT車の場合は踏み間違い事故が起こりにくい
2019年現在、高齢ドライバーによるアクセルとブレーキの踏み間違い事故が多発しており、これを防ぐために政府や自治体は免許の自主返納を促しています。
しかし免許を返納すると、思うように移動ができなくなる地域もあるので、これだけで問題が解決するとは言い難い状況です。
2004年に鳥取環境大学で行われた研究では、正面衝突を除く4種類の交通事故でMT車の事故率はATの約2分の1だという結果が出ており、別の運転に手間が掛かる分、注意力が散漫になりにくいという指摘もあります。
またMT車では、一時停止時に左足でクラッチを踏んでおり、仮に右足でアクセルペダルを踏んでもエンジンをふかすだけに留まります。
さらに、クラッチ操作を間違えれば途端にエンストしてしまうので、ATよりも踏み間違いによる事故が起こりにくいといえるでしょう。
まとめ
現在、国内で販売されている日本車の中で、MT車の比率は2017年度時点でわずか2.6%。
マツダはMT車にこだわりを持っており、FF用のMTも「AKYACTIV-MT」として新しく作り直したほか、NDロードスターには極限まで軽量化したマニュアルを新開発するなど、非常に力を入れています。
しかし先述の通り、日本車におけるMTの比率はとても低く、これからも少なくなっていくと予想されています。
一方の欧州ではこれが逆転しており、英国では新車販売の84%がMT車でドイツだと83%、フランスやイタリアなどでは9割以上に及ぶという状態です。
自動運転が開発されている日本では、今後さらにMT車の数は減り、ごく一部の層だけがMTを駆使して運転を楽しむだけとなるでしょう。
いつかまた、MTに陽の目が当たる日が来ると良いですね。
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