1973年の第1次オイルショックを発端にするインフレーションと、厳格化される排出ガス規制に苦しめられた自動車産業。1975年の東京モーターショーは『そのあり方を問い直す』という名目で休止される事態となりました。翌1976年、2年ぶりに開催された東京モーターショーは排出ガス対策をメインに展開。話題の中心はマツダ(東洋工業)が『ロータリーエンジン』をメインに10車種74タイプで昭和51年の排出ガス規制をクリアして、新型ラインナップを揃えてきたことでした。

 

マツダコスモAP / 出典:https://www.favcars.com/images-mazda-cosmo-ap-1975-80-83960-1024×768.htm

 

『コスモ』というネーミングは先代コスモスポーツから始まった‼

 

マツダコスモスポーツ/ 出典:https://www.favcars.com/mazda-cosmo-sport-1967-72-images-83950-1024×768.htm

 

マツダ(東洋工業)が『コスモ』というネーミングを最初に使ったのは、1967年6月1日に発売を開始したコスモ・スポーツが始まりでした。

国産車初のロータリーエンジン搭載モデルとして人々が注目する中、コンパクトなロータリーエンジンがより低く後方へと搭載された独自のボディデザインで脚光を浴び、前期型のL10A型は、1年間で約340台が販売されるなど想像以上の大盛況を記録。

気になるエンジントラブルなどもなく、スパークプラグのメンテナンス程度で常用できるロータリーエンジンの実用性が評価されつつありました。

そんな1968年、早くもマイナーチェンジを行なったコスモ・スポーツはキャブレターのセッティングの見直しと吸入効率の改善により、最大出力を18馬力向上させて128馬力(7000rpm)に。

最大トルクも14.2kgm(5000rpm)へと向上させた高性能ユニットを搭載して、L10B型として発売。

前期型ではオプションとなっていた5段フルシンクロトランスミッションが標準装備され、高速安定性の向上を狙ってホイールベースも150mm延長。

最高速のメーカー公表値は、200km/hを記録します。

また、後期型(L10B型)は累計販売台数を1,000台以上にのばし、ロータリーエンジン搭載モデルの定着化に貢献。

そんなコスモ スポーツは、名前の通りトヨタ2000GTや日産フェアレディZをライバルとしたスポーツカーで、オイルショック以前の燃費などあまり気にしなくても良かった華やかな時代を駆け抜けた、マツダ ロータリーエンジンの先駆者的モデルとして語り継がれています。

 

51年規制をクリアして登場したREスポーツクーペ・コスモAP

 

マツダ・コスモAP / 出典:https://www.favcars.com/images-mazda-cosmo-ap-1975-80-304439-1024×768.htm

 

『新型発売 マツダから74タイプ』

1976年初頭の雑誌広告に掲げられたキャッチフレーズの中心には、誇らしげな大きな車体に真っ赤なカラーリングの、コスモとして2代目となる『マツダ コスモAP』の画像が掲載されていました。

昭和51年の排気ガス規制に対し、レシプロエンジン車を販売するライバル会社達に比べてロータリーエンジン搭載モデルを販売するマツダ(東洋工業)が一足早く新型のラインナップを揃える事ができたのは、いったい何故だったのでしょうか?

元来、ロータリーエンジンというものは、CO(一酸化炭素)をレシプロエンジンと同等に排出、HC(炭化水素類)は2ストローク並みに多く排出する性質を持っています。

しかし、サーマル リアクターと2次エア噴射で両者を再燃焼させることで、容易に対策することができるという点から、レシプロエンジンと比べて有利な構造をしてたのです。

さらに、レシプロエンジンにとって1番厄介な問題となるNOx(窒素酸化物)は、ロータリーエンジンでは排出量が少ない為、レシプロ勢のEGRや酸化触媒コンバーター等の大げさな装備はロータリーには不要であるというメリットもありました。

しかし、1973年の第1次オイルショックをきっかけに世の中は省エネルギーが必須の時代に突入し、ロータリーエンジンはガソリンを消費しすぎるという酷評がアメリカEPAの公式テスト等の結果から現実のものとして捉えられる事になります。

そのためロータリーエンジン搭載モデルの最重要課題は、燃費の向上に取り組むことに。

そして排気ガス規制対応のシステムであるREAPS1の時代から続くマツダ(東洋工業)の排出ガス規制対策AP仕様車は、3年間でREAPS5までに達し、大幅に燃費の向上が図られたREエンジンが1975年秋にスペシャリティーカー『コスモAP』に搭載されました。

このREAPS5の対策内容を簡単に解説すると、サーマルリアクターの感度向上の為に2次エアを積極的に加熱する交換器を設けたことで空燃比をリーン側にセットすることと併せて点火進角量を多くすることが可能となり、REAPS4と比べて約20パーセントの燃費の向上を可能にしています。

こうしてマツダ(東洋工業)は、見事レシプロエンジン並に燃費を改善し、1976年1月に、自信を持って新型のラインナップを発売したのでした。

 

新時代のスペシャリティーカー・コスモAP

 

マツダコスモAPドライビングルーム / 出典:https://www.favcars.com/mazda-cosmo-ap-1975-80-photos-55723-1024×768.htm

 

サイズ感では、クラウン2600やセドリック ハードトップ等と競合する高級スペシャリティーカーとなる『コスモAP』。

コクピットのメーター周りとハンドルには贅沢にもウッドが使用されていて、どこか古典的なヨーロッパ車のイメージを演出しています。

また、柔らかなモケット張りのシートは十分なサイズが確保されている為、横方向のサポートが非常に良く、後席乗車の為にスライドしてもメモリー機能により元の位置に戻す事ができる便利さです。

そして最高級グレードのリミテッドには、パワーウィンドウやリモートコントロールミラー、電磁式トランクオープナーはもちろんのこと、AM/FMマルチラジオ・カセットステレオ+4スピーカーシステムなど当時としては最先端のシステムが装備されていました。

搭載された13B型水冷式2ロータ ロータリーエンジンは、最高出力135psで5速マニュアルミッション。

最高速度は、185km/hをマークします。

特筆すべきは、従来のサバンナ ルーチェ等と比べて格段に進歩したシャーシ性能で、ロータリーエンジンのパワーにシャーシが初めて追いついたマツダ車と言っても過言ではなほど。

さらに足回りの設計も改善されて、5リンクによる後輪車軸の位置決めの良さからトラクションが向上し、スポーツカー並のコーナリングを可能としたマツダにとって革新的なスポーツクーペとなりました。

 

マツダ・コスモAPリミテッドスペック

エンジン形式 13B水冷2ローター・ロータリーピストン
総排気量 654cc×2
燃料噴射装置 2ステージ・4バレル気化器
最高出力 135ps/6,000rpm
最大トルク 19.0kgm/4,000rpm
サスペンション形式・前 マクファーソン・ストラット
サスペンション形式・後 5リンク・コイル/トーションバー
ステアリングギアボックス ラック・ピニオン形式
ブレーキ・前 ベンチレーテッドディスク
ブレーキ・後 ディスク/バキューム・サーボ付
全長 4,545mm
全幅 1,685mm
全高 1,325mm
ホイールベース 2,510mm
車両重量 1,220kg

 

まとめ

 

マツダ・コスモAP / 出典:https://www.favcars.com/pictures-mazda-cosmo-ap-1975-80-55721-1024×768.htm

 

初代コスモ スポーツから始まったマツダのロータリーエンジンは、スムーズかつ高回転、高出力で驚くような加速性能を備えており、本格的な自動車メーカーを目指す東洋工業にとって格好の武器となりました。

そしてファミリアロータリークーペ、サバンナGT等は性能第1主義的時代の正にロータリー革命として、一躍脚光を浴びます。

しかしオイルショックで排ガス規制の火の手が上がり、自動車産業にとっての暗黒時代が到来。

そんな1976年、オールーニューデザインのスペシャリティーカーは、マツダにとって思い入れのある『コスモ』の名前でデビューしました。

燃焼効率や構造の優位性を武器に、排出ガス規制を見事クリア。

難関であった燃費の問題をも改善した東洋工業にとって、新しいスペシャリティーカーにかける思いが『コスモ』というネーミングに繋がっていたのかもしれません。

1976年に発売された雑誌に掲載されていたコスモAPの広告には、『51年規制合格、燃費改善』の文字とともに、当時の社会情勢が感じとれる『 Better & Better /社会にとってBetterへ・走ることのBetterへ』という企業思想が掲載されています。

 

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