「両側スライドドア」は今や日本市場のミニバンには完全定着、後席が通常のヒンジドアのミニバンでは売れないというほど不可欠な装備となっていますが、前席ドアへの採用例となると意外やそう多くありません。直近ではプジョー 1007(2004年登場)という例がありますが、約30年も前にその前席両側スライドドアへ果敢に挑戦した軽自動車がありました。それが3代目アルトに設定された、「スライドスリム」です。

 

 

スズキ アルト・スライドスリム(両側スライドドアの550cc時代)  / 出典:http://jimbutterworth.co.uk/5slidingdoors.htm

 

 

660cc軽乗用車時代を見越した意欲的装備のひとつ、スライドスリム

 

スズキ アルト・スライドスリム(両側スライドドアの550cc時代アルトワークスへのカスタム仕様)  / 出典:https://feather.wordpress.com/2016/04/30/suzuki-alto-side-slim/

 

1988年9月、スズキの軽自動車アルトは3代目にモデルチェンジされますが、この代のアルトは2つの大きな変化を乗り越えることを運命づけられていました。

1つ目は、消費税施行と同時に物品税が1989年4月に廃止されることで、初代アルトの築いた「最低限の実用性がありながら超安価な、乗用車型の軽商用車」通称ボンネットバンに税制上のメリットが少なくなり、フロンテに代わるビッグネームとして軽乗用車化。

(※そのため、最後となった7代目フロンテは、1988年10月から1989年3月までの5ヶ月間しか生産されていない。)

2つ目は、1990年1月に軽自動車規格が変更され、排気量上限が660ccに引き上げられること。

これにより軽乗用車市場が活性化していく中で、わずか1年半後に控えた660cc化へのビッグマイナーチェンジへの対応や、ライバルに対抗する魅力的なモデルの開発が行われていたのです。

3代目に設定されたアルト スライドスリムもそんな1台で、3ドア車でありながら両側スライドドアを持ち、先代の女性仕様車アルト・ジュナに設定された回転ドライバーズシートを組み合わせることで、狭い場所での乗降性をアップしていました。

とはいえ、当時はまだミニバンブームの前で乗用車へのスライドドア自体がほとんど採用例の無い時代だった為、これは思い切った挑戦でした。

スズキとしても試行錯誤中だったようで、550cc時代は両側スライドドアの3ドア車でしたが、660ccへとマイナーチェンジしたのと同時にスライドドアは運転席のみとなり、左側には5ドア車と同じ前後席ドアを設けた左右非対称の1:2ドア形式を採用。

そのため両側スライドドア車は550cc時代の短期間のみの販売で終わりましたが、スライドスリム自体もアルトが4代目へモデルチェンジする際に継承されず、1代限りの実験的モデルとなったのです。

 

狭くても乗降可能、スカートの女性でも乗降容易な回転ドライバーズシート

 

スズキ アルト・スライドスリム(回転ドライバーズシート)  / 出典:https://feather.wordpress.com/2016/04/30/suzuki-alto-side-slim/

 

アルト・スライドスリム最大の特徴はもちろん550cc時代の両側スライドドアで、狭いところでも乗降可能なほか、強風にあおられて駐車場で隣の車にドアパンチしてしまう危険が無いというメリットがありました。

さらに回転ドライバーズシートは運転席の女性がスカート姿であっても座席を横に回転させ、両足を揃えたままスマートに乗降が可能で、長いスカートの女性でもスムーズなのはもちろん、ミニスカートの女性でも下着を見られる心配はありません。

また、スカート姿だけでなく着物姿でも乗り降りがスムーズで、座面と着物やスカートがこすれて傷む心配が無いという意味でも非常に合理的。

先代に設定されたアルト・ジュナは通常のヒンジドアとの組み合わせでしたが、開けたドアを手で支えながらシートを回転させるのは体制も力の入れ加減も不安定になりやすいので、スライドドアとの相性は非常に良かったと思います。

ただし、現在のように電動スライドドアの無い時代、女性の力でスライドドアの開け閉めはその重さから非常に負担が大きく、特に坂道の途中で止めた場合には、開閉どちらかで水平時より大きな力を必要としたので、女性向け仕様としてはやや問題がありました。

 

660cc時代には運転席のみスライドドアへ

 

スズキ アルト・スライドスリム(右側のみスライドドアの660cc時代)  / 出典:http://jimbutterworth.co.uk/5slidingdoors.htm

 

そのため、660cc時代になるとスライドドアは運転席のみの装備となり、左側は通常の5ドアと同じく前後ドアが設けられました。

これはスライドスリムが設定された550cc時代のアルトIb-Sで、通常ドア車に対して両側スライドドア車の場合、同じ3ドアでも20kgの重量増、つまりドア1枚あたり10kgの車重増加が影響していたのかもしれません。

10kg増がそのままドアそのものの重さでは無いとはいえ開閉に力が必要だったことは想像できる事に加え、車重600kg前後の車での20kg増は走りや燃費にも大きな影響を与えます。

そして660cc時代に入り、片側スライドドアの左右非対称ドア仕様となったアルト・パーキーSは、左側がスライドドア1枚からヒンジドア2枚になっても、重量増は10kgに留まりました。

ただし、スライドドア設定グレードがアルト・エポに変更された1991年1月時点ではパワークロージャー機構追加のためか再び20kg増となり、1991年9月のマイナーチェンジ後は重量差が無くなっていますが、車重計測方法の条件が異なるのかもしれません。

いずれにせよ、基本的には1人で運転することが多いため、助手席はスライドドアにするより後席へのアクセス性を上げるという考え方だったと思われます。

 

主要スペックと中古車価格

 

スズキ アルト・スライドスリム(660cc時代の左側は5ドアと同じだった) / 出典:https://zh.wikipedia.org/wiki/%E9%88%B4%E6%9C%A8Alto

 

スズキ CN11S アルト スライドスリムIb-S 1989年式

全長×全幅×全高(mm):3,195×1,395×1,385

ホイールベース(mm):2,335

車両重量(kg):600

エンジン仕様・型式:F5B 水冷直列3気筒SOHC12バルブ

総排気量(cc):547cc

最高出力:40ps/7,500rpm

最大トルク:4.3kgm/6,000rpm

トランスミッション:4MT

駆動方式:FF

中古車相場:90万円

 

まとめ

 

各社横並びで似たようなモデルばかりになってきていた軽自動車の中で、何とか付加価値を追加して頭ひとつ抜け出そうという試みは、1980年代から1990年代にかけて各社盛んに行われました。

それがスポーツ性を追求したミラTR-XXやアルトワークス、スペース効率を追求したミニカトッポやアルトハッスル、ワゴンRなどを生み出していくわけです。

その中でも工夫を凝らすベクトルが面白い方向に飛んだのが、3代目アルトのスライドスリムだったわけですが、販売当時でもあまり見かけないレア車だっただけに、スズキ車でありがちなアルトワークス仕様へのカスタムやエンジンスワップも散見されました。

さらに中古車はタマ数が少ないうえにレア車としてプレミアがついたのか結構な高値となっているので、ハードルは高いと思いますが購入すればイベントなどで注目の的になるのは間違いないでしょう。

 

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