特殊なセンチュリーを除くトヨタのフラッグシップサルーン『クラウン』は、現在の15代目S220系までに2度の大きな試練を経ています。最初の試練は4代目S60/70系でしたが、かえって今見れば斬新であり『クジラクラウン』の愛称で親しまれていることを考えれば、2回目の試練の方がより深刻だったかもしれません。9代目S140系はマイナーチェンジでその姿を大きく変えねばならなかったほど『試練のクラウン』であったと同時に、『トヨタの本気』を見せつけた、最高のリカバリー成功例でもあります。
『伝統の継承と新世代への飛躍』をコンセプトとした9代目S140系クラウン
1991年10月に発売された9代目S140系クラウンは、セルシオ(現在のレクサスLS)の登場でフラッグシップの座を譲るとともに、クラウン自体のモデルチェンジはハードトップのみで、セダン / ワゴン / バンは先代をマイナーチェンジして継続生産。
その代わり、セルシオとクラウンの間に立ち、セルシオが本来のレクサス車となった暁には最高級車となることが約束された『クラウンマジェスタ』、そして4ドアセダン版スープラというべきスポーツセダン『アリスト』の初代モデルがそれぞれ登場しました。
従って、先代で設定されていたクラウン最高級グレードの4リッターV8エンジン搭載モデルは廃止され、同じく先代のスポーツグレード『アスリート』は『ロイヤルツーリング』と名を変え、クラウンマジェスタやアリストとの差別化が図られたのです。
さらに大きな違いとして、いち早くモノコック構造を採用した派生車やセルシオと異なって、3代目以来のペリメーター式フレームを継続。
10代目からいよいよモノコック化されるクラウンとしては、この9代目が『第2.5世代』的なモデルで、コンセプトの『伝統の継承と新世代への飛躍』のうち、伝統はペリメーター式フレームやロイヤルサルーン中心のラインアップで守った部分。
そして新世代に飛躍していたのは、いよいよ全車3ナンバー専用ボディと4輪独立懸架を備え、先代のような下位グレードのナローボディやリジッドサスは消えて、エンジンもガソリン車は新型の2JZ-GE(3リッター) / 1JZ-GE(2.5リッター)に変わった部分で表現されました。
ここまではまさに伝統堅持と新技術投入による『旧世代から新世代の中間的モデル』として正当な進化の途中、と言えたのです。
飛躍のつもりが『勇み足』、急げ!クラウン史上最大のリカバリー劇
ただ、モデルチェンジ当初の9代目前期型クラウンには、それらの進化を吹き飛ばすほど強烈なインパクトを持つ『飛躍』があり、それが当時流行していた曲線の多用でした。
当時、自動車のデザインはとにかく曲線を取り入れるのが大流行で、『フライングブリック』時代のボルボのように頑固なメーカーでも無い限り、どのメーカーでも大なり小なり『どこまで丸っこいデザインにできるか』を競っているような雰囲気すらあったほど。
そして時はバブル末期からバブル崩壊期に差し掛かった頃で、バブル時代に贅沢な開発費をかけられた車が、大きく丸くなって続々登場していきます。
とはいえ、柔らかい印象を与える曲面的なデザインはどんな車でも似合ったわけではなく、9代目クラウンもデビュー直後から『威厳に欠ける』という指摘を受けていたのです。
その極めつけが9代目クラウンの3ヶ月後にデビューした10代目コロナ(T190系)で、リアバンパー下部に下げられたナンバープレート、リアフェンダーまで回り込み全幅に渡るリアガーニッシュ、余裕あるトランクスペースで丸く膨れたトランクリッドなど、全てが9代目クラウンにどことなくどころでは無いレベルで似ていました。
とはいえ、コロナがクラウンに似てくる分には大衆車からプレミアムサルーンへの格上げとも受け取れますが、先に「威厳が今ひとつ。」と評価を受けていたクラウンにとっては、『まるでコロナ』だったのです。
しかも悪いことに、最大のライバル日産セドリック / グロリアは丸目4灯ヘッドライトの迫力マスクにシーマ譲りの3リッターDOHCターボエンジンを搭載し、ビジュアルも走りもガンガン攻める『グランツーリスモ』シリーズで押しを効かせてきた頃でした。
『大きなコロナ』で対抗するのはチワワでシェパードに戦いを挑むようなものでしたが、そこはさすがトヨタ、マズイと思った瞬間に9代目クラウンを『本来のクラウン』に戻すべく大手術の敢行を決めたようです。
モデルチェンジからわずか1年10ヶ月という素早さでビッグマイナーチェンジを行い、フロントこそグリルを軽快な横縞から厚みある格子状としてバンパーの形状を変更する程度でしたが、リアは大胆に手を加えます。
ナンバープレートをリアバンパーから上に移植し、リアバンパー形状変更とともにリアガーニッシュを思い切って両断。
見た目も、左右に分かれたテールランプユニットの左右の端は柔らかく下がっていくのではなく、シャープに突き上げました。
要するに先代までの威厳ある姿に戻す試みを施し、コロナに似てしまったリアの『整形手術』は徹底。
リアボディの側面までを含めて丸っきり作り変えるレベルで、Cピラーにも王冠(クラウン)のエンブレムを復活させたのです。
そして、「どうだ!今度こそ、これがクラウンだ!」と言わんばかりの気迫に、セドリック / グロリアに流れかけた保守層ユーザーも戻ってきたため、どうにか後期型では面目を保つことができました。
巷ではこの9代目クラウンを、前期型の評価をもって『失敗作』と論じる向きもありますが、むしろ『トヨタが本気でリカバリーしたらどうなるか』をライバルに知らしめ、クラウンはやはり国産サルーンの王者であることを再認識させた重要なモデルです。
主なスペックと中古車相場
トヨタ JZS145 クラウン ロイヤルサルーンG エレクトロマルチビジョン装着車 1991年式
全長×全幅×全高(mm):4,800×1,750×1,415
ホイールベース(mm):2,730
車両重量(kg):1,700
エンジン仕様・型式:2JZ-GE 水冷直列6気筒DOHC24バルブ
総排気量(cc):2,997
最高出力:169kw(230ps)/6,000rpm
最大トルク:284N・m(29.0kgm)/4,800rpm
トランスミッション:4AT
駆動方式:FR
中古車相場:18万~67.6万円(8代目が継続生産されていたセダンやワゴン等は含めず)
まとめ
トヨタが9代目クラウン前期でどれだけ顔を青ざめさせたかは、後期型でのリカバリー、ちょっとした外装パーツの単純なポン付けでは済まない大規模な整形手術を見ればわかります。
同時に、底力を発揮したトヨタの本気がいかほどのものかもよくわかったクラウンでもありましたが、その後の9代目前期型はどうなったのでしょうか?
歴代クラウンの中でも9代目前期は中古車市場であまり見かけなくなりましたが、スクラップになったことを意味しません。
ロシアなど日本製中古車が人気の土地に輸出されて元気に走る姿が確認されており、ボンネットを黒くしてスポーツセダン風にしていると、ちょっとシャレた軽快なスポーツセダン風に見えてくるから不思議です。
考えてみると、「クラウンはこうでなきゃ!」という保守派のいない土地ならば、9代目前期クラウンはコロナよりはるかにクオリティも性能も高く、それでいて若々しく軽やかな名車になれるのかもしれません。
9代目クラウンから約20年後、日本でも若草色やピンク色のクラウンが走るようになりますが、もしそれを9代目クラウン当時のデザイナーに教えたら、どんな顔をしたでしょうか。気になるところです。
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