「トルコン」と略される事が多いトルクコンバーター。車のミッション、それもオートマ関連の話題になるとよく出てくる単語ですが、ドライバーが何らかの操作をするような装置でもないため、具体的にどんな役割を果たしているのかまでは、考えた事がない人も多いのではないでしょうか。そこで今回は、オートマチック トランスミッションの多くに採用されている陰の立て役者、「トルクコンバーター」をご紹介します。

1940年代に登場し、日本でも岡村製作所が1950年代には開発に成功したトルクコンバーター、通称「トルコン」/ 出典:https://www.okamura.co.jp/company/history/mikasa/index.html

ブレーキを離せばスルスル動くクリープ現象の正体、「トルクコンバーター」

岡村製作所の純国産トルクコンバーターを搭載した初期のオートマ車のひとつ、マツダR360クーペ / 出典:https://www2.mazda.com/ja/100th/cars/detail_002_r360.html

今では運転免許取得者の大半がAT限定であるため、考えにくい話かもしれませんが、今も昔もMT至上主義という人もいて、好き嫌いというより、AT仕様が単純にうまく運転できない事も珍しくありませんでした。

何を隠そう筆者の母親がそのクチで、父親が40年前にオートマのマークIIを買った際にうまく動かせず、オートマ嫌いとなって、結局70歳で免許を自主返納するまでずっと、MT車を乗り継いで、生活の足としてきました。

簡単に運転できる点が魅力のオートマ仕様の何がそんなに嫌なのかを聞くと、「ブレーキを離しただけで勝手に動くのが嫌だ」と答えるため、自動運転車などに乗せてみると、泡吹いて倒れかねません。

その「ブレーキを離しただけで勝手に動く」動力の正体が、トルクコンバーター、略して「トルコン」です。

昔はいろいろあったオートマ(オートマチックトランスミッション、AT)の通称として、「トルコン」は「ノンクラ(ノンクラッチ)」と並ぶ双璧だったくらい、オートマの代名詞的存在。

MT(マニュアルトランスミッション、単に「ミッション」とも言う)のようにクラッチを踏まなくてもエンストしない代わりに、停車時はPやNレンジに入れなければ、ブレーキを離すとクルマが勝手に動いてしまいます。

このブレーキを離したら動く現象を「クリープ現象」と言いますが、昔のスバルECVTのように、オートマでもCVT(無段変速機)の一部にはクリープ現象がなかったり、弱く設定されている車がありました。

その場合、スバルECVT(と、マーチなどに採用した日産版NCVT)では電磁クラッチで停車時は完全にクリープなし、ホンダの古いマルチマチックは湿式多板クラッチによる振動抑制のために、弱いクリープ現象しか起きないようになっており、いずれもトルクコンバーターは使われていません。

いわば「トルコン=クリープ現象」と言ってもいいくらいですが、最近は電動化の発展により、トルコンなしでもモーターで擬似的なクリープ現象を発生させるようになっているため、クリープ現象があってもトルコンなしという車も多く、クリープ現象を嫌がるドライバーも、あまり聞かなくなりました。

流体クラッチの一種で多くのオートマに採用される「トルクコンバーター」

岡村製作所が開発した、日本初の純国産トルクコンバーター / 出典:https://www.okamura.co.jp/company/history/mikasa/index.html

モーターで疑似クリープ現象を起こす電動車(EVやハイブリッド車)やMT車、一部を除くセミAT車を除き、ステップAT(2速以上の多段式AT)やCVTでは、今や全てが何らかの方式のトルクコンバーター「トルコン」が使われていると思って間違いありません。

トルクコンバーター自体は「流体継手(流体クラッチ)」と呼ばれる、オイルを使って動力伝達を行う機械の一種。

エンジンからの回転がトルクコンバーターへ伝わると内部で「出力軸」が回転してオイルをかき混ぜ、オイルの流れる力でもう一方の「入力軸」を回転させて、ドライブシャフトなどを通してタイヤを回す仕組みです。

MTやセミATにおける機械的なクラッチとは異なり、ガッチリ圧着されるわけではないので回転差を出しやすく、(細かい理屈は省きますが)回転差が大きいほどトルクを増幅させるため、半クラッチ状態のように車をスムーズに発進させる事ができます。

また、出力軸と入力軸で回転差がある事から、トルクコンバーター自体が変速機の一種とも言え、実際に昔トヨタが初代クラウンなどに採用した「トヨグライド」などは、急勾配を登る際などに手動で1速に入れる以外は常時2速で発進から高速巡航までこなす仕組みでした。

ただし、入出力の回転差が大きい状態だと「トルコンスリップ」と呼ばれる伝達効率と燃費の悪化、アクセル操作に対するレスポンスの鈍さが目立つようになるため、通常は2速以上の変速機を別に組み込み、発進と加速、巡航をそれぞれのギアに割り振りますが、それだけでは根本的な解決になりません。

そこで1980年代までは軽自動車なら2速AT、コンパクトカーなら3速AT、高級車でもせいぜい4速ATだったのが、次第に多段化されていき(5速ATや6速ATの登場)、変速も電子制御化され、トルクコンバーターの入出力軸の回転差をなくす方向へと進化していきます。

ステップATの多段化と全段ロックアップ化で進化するトルコン

5リッターV8エンジンと全段ロックアップ8速ATの組み合わせにより、ATでも抜群のスポーツ性能発揮が可能な事を日本市場でも証明したレクサスIS F / 出典:https://www.favcars.com/lexus-is-f-racing-car-ex20-2010-pictures-371199.htm

3速ATが登場したあたりで、3速や4速など高いギアを機械式クラッチで直結し、トルコンスリップをなくす「ロックアップ機構」が登場。

さらに効率を上げるべくオーバードライブなど他のギアでもロックアップが設定されたり、さらに多段化され、走行状況に応じて最適化されていきますが、ロックアップ領域以外でのトルコンスリップロスは無視できません。

しかし滑らかな発進や変速、クリープ現象とブレーキをうまく使った微妙な操作といったトルコンのメリットが失われたわけではないため、近年は「発進から微速時、変速時を除き、全段ロックアップ」というステップATが増えました。

そしてロックアップ(直結)状態が増える事による振動や騒音の増加はダンパーなど防振機構で抑えつつ、高いダイレクト感によるレスポンスアップや走行フィーリングの向上、トルコンスリップをほぼなくし、最適なギアへの頻繁な変速を可能にすることでの燃費向上といったメリットが増え、今やコンパクトカー以上で6速、高級車やハイパワー車では7~10速のATを可能としています。

また、初期には電磁クラッチや湿式多板クラッチを使っていたCVTもトルコン式に切り替えられ(発進時以外はトルコンスリップが必要ないため、基本は常時ロックアップ)、低速域でのギクシャク感が難点とされるDCT(デュアルクラッチ式セミAT)の中にも、ホンダの8速DCTのようにトルコンが組み合わせられたものも登場しました。

今後は全車電動化で消えゆく運命?

トルクコンバーターの代わりにクラッチとモーターを詰め込み、日産でスカイラインやフーガのハイブリッド車に搭載されるジャトコの1モーター式ハイブリッド車用トランスミッション「JR712E」 / 出典:https://www.jatco.co.jp/products/jr712e.html

現在の自動車用ミッションは、ダイレクト感と高効率を求めて一時流行したDCT、あるいはハイロー2段式で変速領域を増やすなどの工夫が施されていたCVTから、トルコンの進化で全段ロックアップを可能にしたステップATへ回帰する傾向があるものの、これから再びトルコン全盛期が始まるかといえば、そうでもなさそうです。

既にハイブリッド車ではモーターで疑似クリープ現象を行わせ、変速時にはミッションのクラッチを切ってモーターで走らせたり、動力分配器を無段変速機として用いるメカニズムになっていて、トルコンの必要性がなくなってきています。

ほぼ静止状態から最大トルクで微妙な操作が可能なモーターにトルコンは不要で、変速機を必要としないEVにおいても出番はありません。

簡便で大出力モーターを使わないマイルドハイブリッド車が残るジャンルなら、しばらくトルコンも残るとは思われますが、今後は2030年代に販売される新車の全てが電動化される時代を経て、電動化の難しい新興国向け自動車を除き、急速にトルコン搭載車は減っていきそうです。