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非力なマシンを過激に走らす!!伝説のイタ車チューナー アバルト烈伝

フィアットベースのチューニングカーで、数々のレースを制してきたアバルト。フェラーリやポルシェといった格上を相手に勝利を収める”ジャイアントキラー”として、フィアットオーナーの憧れの的でした。フィアット社に買収された後も、同社系列のレーシングカー開発を任され、強力なマシンたちを生み出してきました。2007年に復活し、日本国内でも知名度が上がっているアバルトをご紹介します。

出典:https://www.abarth.jp/scorpion/abarth-classiche/7080

~1970年、”ジャイアントキラー”全盛期

出典:https://www.abarth.jp/scorpion/abarth-classiche/5659

カルロ・アバルトを代表とする、イタリアのチューニングメーカー『アバルト』。

1950年以前のアバルトは、少量生産のGTカーを製作し、レースに出場することを活動のメインとしていました。

チューニング業でレース資金を稼ぐ一般的な手法で活動していたアバルトですが、1950年代初頭に資金不足に陥ります。

そこで、まとまった資金を得るためにレース活動を休止して、一般ユーザー向けのチューニングパーツの販売に乗り出しました。

そしてこの時の主力商品として売り出されたマフラー、”マルミッタ・アバルト”が大ヒット!一世を風靡することになります。

特に人気を博したのが、イタリアの国民車フィアット 500用のエキゾーストシステム。

更に、そのマフラーを始めとしたアバルトチューン満載のフィアット 500で速度記録を達成したことで、フィアット社からの信頼も獲得し、協力関係が築かれていきました。

資金を稼いだことで、レース活動を再開したアバルトは、フィアットベースのチューニングカーを数多く製作。

フェラーリやポルシェといったスポーツカーを相手に、軽量ボディとアバルトチューンのエンジンで何度も勝利を収め、次第に”ジャイアントキラー”と呼ばれるようになります。

そうして、人気と実力を両立したアバルトは、そのサソリのエンブレムと共に、自動車業界の中でも一定の地位を得ることとなったのです。

Pick-Up Car

FIAT ABARTH 1000 Berlina Corsa


出典:https://www.abarth.jp/scorpion/abarth-classiche/6836


出典:https://www.abarth.jp/scorpion/abarth-classiche/6836

フィアット 600ベースのアバルトレーシングカーの完成形。

車重583kgの軽量ボディに112馬力を発揮する1リッターのエンジンを搭載した、まさにリトルモンスターです。

大型ラジエーターを搭載するために張り出したフロントバンパーに、拡幅された前後フェンダーを備え、なにより特徴的なのが、エンジン冷却の為に水平状態で固定されたエンジンフードでした。

この実用的かつ攻撃的なスタイルは、リアエンジン車のユーザーのあこがれの的となり、真似をする人が続出したそうです。

1971~2006年、フィアット系列のレーシングカー部門へ

出典:https://www.abarth.jp/scorpion/abarth-classiche/8326

1960年代後半からフィアットは、規模の拡大を狙い、複数企業の買収を開始。

関係値の深かったアバルトもその対象となります。

そして1971年、アバルトはフィアットに買収され、フィアット系列各社のレーシングカー開発を任されることに。

フィアット124ラリーや131ラリーから始まり、同じくフィアット傘下だったランチア 037ラリーやデルタS4、グループC用のLCシリーズ、更にはアルファロメオの155DTM等、モータースポーツ史に残る名車の数々を生み出しました。

特に得意としたのが、市販車ベースのラリーカーの製作で、フィアットグループに加わる以前は市販車のチューニングカーを手掛けてきたこともあり、ベース車ありきの開発では特にその力を発揮しました。

一方で市販車の開発は、『アウトビアンキ・A112・アバルト』や『フィアット・リトモ・アバルト』等、散発的に登場するものの、数えるほどとなります。

そして1990年以降は完全にレース部門としての存在となり、市販車においてはスポーツグレードの名前に使われるのみで、関与はなくなってしまいました。

Pick-Up Car

ランチア・デルタS4


Photo by Takuya Ikeda

グループB時代に生まれたモンスターマシン、デルタS4。

今更語るまでもない、この有名な車両も実はアバルトの手によって生み出されたものです。

先代の037が2WD故に苦戦したことから、ミッドシップ4WDとスーパーチャージャー&ターボチャージャーを組み合わせた勝てるレイアウトを採用。

申し訳程度に見た目を市販デルタ風に仕立てた怪物マシンは、現在四国自動車博物館に保管され、日本国内でも見ることが可能です。

2007年、”ジャイアントキラー”アバルト復活

出典:https://www.abarth.jp/scorpion/abarth-classiche/7703

21世紀に入り、フィアットは自社の業績回復に合わせ、消滅したアバルトブランドの復活を宣言します。

まずはグランデプントアバルトをリリースし、市場の好反応を確認すると、次いで大本命であるアバルト 500が登場します。

フィアットで復活した500”チンクエチェント”のアバルト仕様、アバルト 500は世界中で大ヒット!

通常仕様以外にも、数々のコラボモデルや限定モデルが登場し、マイナーチェンジ後はアバルト 595と、かつての車名を復活させてファンを喜ばせました。

また、マツダと提携し、NDロードスターをベースに独自エンジン、独自ボディを採用したアバルト 124スパイダーをリリース。

現在のアバルトは、595と124スパイダーの2車種に絞って販売されています。

Pick-Up Car

ABARTH 500 Assetto Corse


出典:https://www.abarth.jp/scorpion/abarth-classiche/7010

アバルト500をベースとして仕立てられた、ワンメイクレース用カップカー。

室内にはロールケージが組まれ、軽量化の為、当然内装は最低限のみ。

大型のギャレット製ターボチャージャーを装着し、190馬力を絞り出すエンジンが、930㎏の軽量ボディに搭載されています。

サーキットを速く走る為だけに生み出されたような車ですが、ナンバーの取得も可能。

まさに羊の皮をかぶった狼と言えるでしょう。

まとめ

出典:https://www.abarth.jp/scorpion/abarth-classiche/7769

数々の伝説を生み出してきたアバルトの高性能の証であるサソリのエンブレムは、70年以上にわたって車好きのあこがれであり続けています。

サソリの毒にやられた車ファンは数知れず、後世に残し続けるべきメーカーと言えるでしょう。

今回取り上げた車は、アバルトの歴史の中でも、ほんの一部でしかありません。

是非、これを機にアバルトの歴史に思いを馳せてみるのはいかがでしょう?

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著者:Takuya Ikeda

週末はモータースポーツとJリーグ(ガンバ大阪)にすべての時間を費やしているヲタク。愛車の106を直しながらサーキットに通っています。 モータースポーツやイタフラ系メーカーの魅力を伝えていきます。

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