大きなリアハッチと後席を倒した際の広大なラゲッジルームで、小さいながらも優れたスペース効率で高い実用性を誇るハッチバック車。その小型軽量ボディにハイパワーエンジンを搭載して高い動力性能を得た「ホットハッチ」は、ターボエンジンの登場により安価なボーイズレーサーとして人気を呼びました。その元祖的存在、ホンダ シティターボ / ターボII「ブルドック」をご紹介します。
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常識を打ち破ったトールボーイコンパクトの元祖、ホンダ 初代シティ
現在でこそ、軽自動車やコンパクトカーでは当たり前の全高を引き上げて高さ方向にスペースの余裕を求めた「トールボーイスタイル」。
その元祖となったのが、1981年に登場したホンダのコンパクトカー、初代シティでした。
その全高1,470mm(標準モデル・標準ルーフ車)は、今や全高1,500mm程度では「背が低い」と言われてしまうコンパクトカー以下のクラスでは、むしろおとなしいもの。
しかし、当時はリッターカーのダイハツ 初代シャレード(全高1,360mm)や軽自動車のスズキ 初代アルト(同1,335mm)など、2017年現在のコンパクトカー基準では考えられない低さだったので、初代シティは「思い切って背を高くした革命的な車」でした。
その背の高さから懸念された空気抵抗は、ボディ全体の空気の流れをスムーズにする思い切った「フラッシュサーフェス化」で低減し、むしろ高速域で浮き上がらない「ゼロリフト」(揚力係数ゼロ)をアピールした面でも画期的だったのです。
とはいえ、全体的には寸詰まりでコロンとしたオモチャの車のようなビジュアルで、丸いヘッドライトによるかわいいフロントフェイスも相まって、当時からあった「スポーツのホンダ」というイメージからの縁遠さに困惑するユーザーも多々。
しかし、それに対して「それではホンダらしさを見せようじゃないか!」とばかりに追加されたホットモデルが、シティターボ(1982年9月)と、通称「ブルドック」と呼ばれたシティターボII(1983年10月)だったのです。
ターボ新時代、多くのホットハッチの元祖となったシティターボ
初代シティにターボ車が追加されるにあたり、ホンダの打ち出したコンセプトは明確でした。
“なかなか手を出しづらい存在としてのターボではなく、誰もが簡単に手に入れられ、気軽に乗りこなせるものでありたい”
“スペースに余裕のある大排気量のクルマよりも、シティのように、機構最小・機能最大をねらった小排気量のクルマに搭載したい”
“そのときターボは、見かけのファッションから新しいステータスへと、さらに感性にひびく生活の道具へと、より素晴らしい発展を遂げるであろう”
シティターボが登場した1982年9月は、まだ軽自動車にはターボ車が無く、コンパクトカーでも三菱 初代ミラージュに1.4リッターターボ車が追加されたばかり(1982年2月)という時期でした。
その後、ダイハツ 2代目シャレードに1リッターターボが追加されたのは1983年9月のことだったので、それまでの1年間は、シティの1.2リッターが普通車としては最小のターボエンジン(※)でした。
(※軽自動車用としては1983年3月、三菱 4代目ミニカへのターボ車追加が初登場)
こうした中、「使い勝手が良く実用性の高いコンパクトカーにターボエンジンを搭載し、十分すぎるほどの動力性能を与えて安価にホットハッチ化する」というコンセプトで登場したシティターボは、その後登場するホットハッチターボ車の元祖と言えるのです。
クラス最強の「ハイパーターボ」!
初代シティが搭載したERエンジンは「COMBAX」(COMPACT BLAZING-COMBUSTION AXIOM:高密度速炎燃焼原理)と呼ばれた、ホンダ独自の低公害エンジン「CVCC」の発展型でした。
当時としては高い10.0という高圧縮比とロングストローク化で、低回転大トルクの実用性に優れたエンジンで小型軽量ボディを軽快に走らせていましたが、ターボ化にあたっては低圧縮比化(7.5)と各部の強化に尽力。
その上でレスポンスに優れた小型タービンを搭載してブーストは当時最高レベルの0.75k、燃料供給方式もキャブレターからホンダ初のPGM-FI(電子制御燃料噴射)が採用され、燃費とパワーを両立しています。
その為、クラス最強というホンダのアピールは誇張では無く、三菱 初代ミラージュ用の1,400ccターボエンジンがグロス105馬力だったのに対し、初代シティのERターボは同100馬力に達しました。
グロス100馬力はネット80~85馬力に相当するので、たとえば現在の代表的な国産1.2リッター過給エンジン、日産HR12DDR(ネット98馬力)に比べればそう大したものには感じません。
しかし、車重わずか690kgと現在のスズキ アルトワークスと同程度(670kg)ではるかにハイパワーなので、遅いわけも無く、むしろ当時としては過剰なほどの軽量ハイパワー車だったのです。
このホンダ初のターボエンジンは「ハイパーターボ」と名付けられ、後のレジェンド用「ウイングターボ」ともども、1990年代までのホンダ車では特別なエンジンとなりました。
スクランブルブーストでジャジャ馬化!「ブルドック」と呼ばれたターボII
シティターボで既にホットハッチとして十分なパワーを手に入れていた初代シティですが、1983年10月にはさらに過激となった通称「ブルドッグ」と呼ばれたターボIIが登場します。
外観上は前後フェンダーにブリスターフェンダーが追加され、全幅55mmもワイド化(※)。
それに合わせた大型バンパーや、従来のターボより大型化されたボンネットのパワーバルジにより、それまでのファンシーな雰囲気から一変したのです。
(※フロントは30mm、リアは20mmワイドトレッド化。ホンダプレスインフォメーション「CITY TURBO II 1983.10 超ワイドトレッド化」より )
ERターボエンジンも圧縮比をやや高め(7.6)、ブーストアップ(0.85k)、インタークーラー追加で110馬力へ強化。
エンジン回転数が4,000回転以下(※)の巡航時にアクセル全開にすれば、10秒間のみブースト圧が10%アップする「スクランブルブースト」も装備され、巡行から即座に戦闘状態へ移行できる「闘犬」へと変貌しています。
(※ホンダプレスインフォメーション「CITY TURBO II 1983.10 エレクトロニック コントロール ターボシステム」より)
「実物大チョロQ」のようなかわいらしい通常モデルとのギャップはすさまじく、いかにワイドトレッド化したとはいえ既に従来のターボでも十分だったパワーを持て余し、そのジャジャ馬っぷりは相当なものでした。
なお、ターボIIのワイドボディは、その後追加(1984年7月4日)されたカブリオレにも流用されています。
とにかく荒れに荒れまくった”鈴鹿の新日本プロレス”!伝説の「シティブルドックレース」
シティターボ / ターボIIは、メジャーなレースや競技会での活躍こそ見られなかったものの、ターボIIによるワンメイクレース「シティブルドックレース」のエンターテイメント性は抜群でした。
1984年3月に鈴鹿サーキットで開催された全日本F2選手権(現在のスーパーフォーミュラ)の前座レースとして始まったこのレースは、シティターボまたはターボIIをベースに、ムーンクラフトがデザインした無限製の超ワイドボディキットを装着したN2車両で開催。
ターボチャージャー本体こそ純正同様なものの、専用ウエストゲートなど変更されブースト圧は1.63kにアップ。
エンジンも専用チューンが施され、最高出力は138馬力以上に達しました。
そしてジャジャ馬ぶりには一層の拍車がかかり、規則でタイヤが最大幅 250mm / 最大直径 520mm、ホイールは13インチ9Jまで認められたため、フロントに当時のF3用タイヤを履くなど極端なセッティングも相まり、ワイドトレッド化されたとはいえ転倒続出。
それも通常の「転倒」というイメージから想像されるものとは異なり、時にはコントロールを失ったマシンがコース外まで強風にあおられたように滑走、連鎖するようにに巻き込まれるマシンが続出など「大荒れどころか滅茶苦茶で、”鈴鹿の新日本プロレス”とまで揶揄される」という有様でした。
しかし、見ている方としてはその方がはるかに面白かったのもまた事実で、わずか2シーズンしか行われなかったにも関わらず長く語り継がれる「伝説のレース」と化しています。
ホンダ 初代シティ ターボ / ターボIIのスペックと中古車相場
【ホンダ AA シティ TURBO(ノーマルルーフ) 1982年式】
全長×全幅×全高(mm):3,380×1,570×1,460
ホイールベース(mm):2,220
車両重量(kg):690
エンジン仕様・型式:ER 水冷直列4気筒SOHC12バルブCVCC ターボ
総排気量(cc):1,231cc
最高出力:100ps/5,500rpm(グロス値)
最大トルク:15.0kgm/3,000rpm(同上)
トランスミッション:5MT
駆動方式:FF
中古車相場:78~79万円
【ホンダ AA シティ TURBOII (ノーマルルーフ) 1983年式】
全長×全幅×全高(mm):3,420×1,625×1,470
ホイールベース(mm):2,220
車両重量(kg):735
エンジン仕様・型式:ER 水冷直列4気筒SOHC12バルブCVCC ICターボ
総排気量(cc):1,231cc
最高出力:110ps/5,500rpm(グロス値)
最大トルク:16.3kgm/3,000rpm(同上)
トランスミッション:5MT
駆動方式:FF
中古車相場:ほぼ流通皆無
まとめ
ターボ / ターボIIのみならず車載バイク「モトコンポ」やカラーバリエーション豊富なカブリオレ、後のトールワゴンの元祖とも言える「マンハッタンルーフ」の設定など、その販売期間を通じて話題を振りまき続けたホンダ 初代シティ。
何か追加設定されるたび「またシティがやってくれた!」と喝采を浴びるほど、ホンダとしては最高の広告塔でしたが、惜しまれつつ1986年に生産終了し、2代目に移行しました。
しかしその2代目へのモデルチェンジで、ホンダは世の人々を驚かせるサプライズを敢行したのです。
2代目シティは4隅にタイヤを配置して可能な限りのロングホイールベース化を図り、ギリギリまでロールーフ化した「クラウチングフォルム」によるロー&ワイドスタイルで、ターボが無くとも軽快な走りに。
確かに走りの良さはコンパクトカーらしからぬ天下一品ぶりでしたが、ホンダはあれほとなりましたど話題沸騰させた初代シティを、2代目で「自ら全否定」してみせたのです。
その2代目シティが後によく回るPGM-FIエンジンを搭載し、大排気量ハイパワーマシンすら追い回す下剋上マシンとなるのは、また別の話となりますが、ホンダ シティは2代にわたり、「本当にお騒がせ」な車でした(3代目以降は国外専用車名)。
初代シティは現在でも中古車市場で人気が高い1台ですが、中でも「ブルドック」ターボIIは名車として長く愛されています。
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