普段はあまり注目されることのないF1のメカニック。ドライバーたちと同じく世界を転戦し、チームを支える裏方として活躍しています。ですが、労働形態や年収まではあまり知られていません。そして、そんな一流の整備士”F1メカニック”になるにはどのような方法があるのでしょうか?

©︎Tomohiro Yoshita

マシン整備のスペシャリストであるF1メカニック

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約1時間半に渡るレースの中でわずか数秒しか中継に映らないF1のメカニックは、世界でも非常に優れた技術と専門的な知識を持つマシン整備のスペシャリストとして知られています。

約20人が一挙にタイヤ、ウィングといったマシンの整備を行うピット作業は、ドライバーを送り出すシーンはレースの見どころ。

メカニックにとっては腕の見せ所で、時速100kmでピットへ滑り込んでくるマシンと作業を行うため危険にさらされることも少なくありません。

彼らの出番は1分1秒を争うもので、ミスは許されません。そして、危険と隣り合わせであるため、ヘルメットや耐火スーツを着用しているので、その真剣な表情を周りに見せる事なく作業を終えると淡々とガレージに戻っていきます。

世界でも数少ないF1マシンに触れることができる彼らは、F1に憧れを持つ人にとっては夢のような職業だと思います。

そんな彼らの収入や労働形態はどのようなものになっているのか、もう少し詳しく見てみましょう。

 

走行時間外にも仕事は多数!F1メカニックは想像以上に忙しい?

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F1チームに所属するメカニックは非常に過酷な仕事として知られており、自由な時間や家族とゆったり過ごせる時間は一般的な仕事と比べても少ないと言われいます。

1年の半分以上は見ず知らずの土地に赴き、レースに向けての準備やマシンの整備に追われ、近年はレース数の増加に伴い以前よりもさらに過酷な労働を強いられているのです。

ではレースが行われる場合の彼らのスケジュールを見てみましょう。

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火曜日〜木曜日:搬入・設営・マシンの組み立てと大忙し

メカニックの仕事はマシンが走行する前の火曜日の搬入から始まります。最初に取り掛かるのはテントやガレージの設営、さらにはマシンの組み立てなどの業務を開始します。

これらの作業はマシンが走り始める前までに終わらせる必要があるので、素早い作業が求められますが、チームスタッフの人数は限られているため少人数でこれらをやり遂げなければなりません。

準備が完了すると一息つきたいところですが、金曜日からのフリー走行が始まると彼らはさらに多忙を強いられることになるのです。

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金曜日〜土曜日:走行後は必ずマシンを解体し、徹底的に整備

数多くのパーツの評価を行うためにマシン整備に追われます。万が一マシンが破損でもしようものなら貴重なお昼休みを削って修復作業に当たり、セッション終了後にはマシンを一度解体し、翌日へ向けてのセットアップを開始します。

新たなパーツの交換作業など、マシン整備はさらに激務となりサーキットが暗くなるまで続くのです。

そして全ての作業が終わると、日曜日に向けてのピットワークの練習を何度も何度も繰り返すのです。

日曜日:レースの勝敗を左右するピット作業!その後はすぐに撤収し次のレースへ

いよいよ迎えた決勝レースでは選ばれた約20名がピット作業を行い、レースが終了するとすぐに撤収作業に取り掛かります。ここでは実は自身のチームの表彰式を見ている暇もないという過酷さなのです。

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そして、次のレースが翌週に控えている場合はすぐに次の開催地に赴き、ガレージの設営に取り掛かるのです。

これほど多くの仕事をこなしているのですが、表に出る作業は一瞬で、まさに裏方と呼ばれるような仕事ばかりのF1メカニック。

しかし、志願者は後を絶たず、世界最高峰のレースで仕事をしているという喜びを感じられる職業といえるでしょう。

 

世界中を飛び回るF1メカニックたちの収入は?

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世界最高峰のレースで激務をこなす彼らの収入は多額なのではないかと想像する方も多いかもしれませんが、実際のところはどのようになっているのでしょうか。

公式に発表しているチームはありませんが、一般のF1メカニックの年収はおおよそ600万円ほどだと言われ、チーフメカニックに昇格すると1000万円だと言われています。

先述した労働形態と照らし合わせると、安いと感じる方も多いかもしれませんね。

しかし、近年は予算を削減する方針を取っているチームも多く、スポンサーの減少や開発予算の高騰もあり人件費が上がることはないと思われます。

また、ピット作業を担当したからといって給与が増えるとは限らないようで、2011年にマクラーレンがピットクルーの再編を行った際に、新たにピット作業を担当するメカニックの給与が増えないにも関わらず多くのスタッフが志願したということがニュースになったこともありました。

これは他のチームでも当てはまる可能性が高く、チームに所属した後でも高い競争率を勝ち抜く必要があるでしょう。

2015年にはロータスが資金難に陥った際にスタッフへの給与未払いが発覚したことがありました。

それでもメカニックは最終戦まで戦い続けたことから、少なくとも彼らはお金のために働いている訳ではなく、F1で戦っているというやりがいや夢を求めて働いているのかもしれませんね。

 

F1メカニックになるには?

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さて、ここまではF1メカニックの実状をご紹介してきましたが、それを目指すためにはどうすればいいのでしょうか。

主にF1メカニックには専門的な知識と技術、さらには英語が話せる事が最低条件です。そして、基本的には即戦力で働ける人材が求められ、チーム内でのコミュニケーション能力も必要だと思います。

これまでに、明確なメカニックになる方法というのは存在しないのですが、ドライバーと同じように下位カテゴリーのF3などのメカニックを経験しステップアップしていくという人も少なくないようです。

最近ではメルセデスやホンダが大々的にメカニック募集の告知をしたこともありましたが、やはり競争率の高さから狭き門なのは間違いないでしょう。

また、チームに入ってもレースメカニックになれるとも限らず、テストのみを担当しサーキットへ同行しないというスタッフも存在します。

F1のメカニックは世界で選ばれし技術者ばかりなので、決して簡単に就ける職業ではなく、これといったルートも定まっていないため、チーム加入までの経緯もスタッフによって様々なのです。

では、現在F1のメカニックとして活躍している方は、どのような経歴を持っているのでしょうか。

 

名門チームで働く日本人メカニックの経歴とは?

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F1で働く日本人のF1メカニックである白幡勝広さんは、昨年まで在籍していたバルテリ・ボッタスのピット作業を担当するなど、名門チームであるウィリアムズで現在も活躍しています。

では、彼は一体どのようにしてF1のメカニックになったのでしょうか。

クルマが好きでものづくりが好きだったと青年時代を振り返る白幡さんは、東京工科専門学校の自動車整備科に入学しました。この当時は普通の整備士を目指していたそうです。

しかし、様々な整備を学んでいく中で、カッコいいマシンを整備したいという考えに変わりモータースポーツのメカニックへの道を希望するようになりました。

卒業後は5年間、ハセミ・モータースポーツでレースメカニックを務めた後に、母校の教員として働くこととなりました。

それ以降は将来のメカニックを育てる立場で働いていたのですが、彼が31歳となった時に自ら世界で働くメカニックになることを決意し、海外のレーシングチームへの道を模索しイギリスに渡ったのです。

この時、英語がまともに話せなかったため、彼は語学学校に通いながら8ヵ月に渡ってレーシングチームに履歴書を送り続ける日々を過ごしました。

すると、その努力の末にベルギーのF3チームで働けることが決まり、ここで2年間レースメカニックとして経験を積みます。そして、さらにその2年後にはF1界の名門であるウィリアムズでの採用を手にするのです。

加入当初はテストチームのスタッフとしてファクトリーでの業務に励みました。

その後、2008年からは遂にレースメカニックに昇格し、パストール・マルドナドやバルテリ・ボッタスの担当メカニックとして活躍してきました。

2016年にはF1史上最速となる1.92秒という信じられない速さでのタイヤ交換を披露し、彼の口癖でもある「いいネジ締めろよ!」という言葉を周りのメカニックと共に実行して見せたのです。

「若い人にはどんどん世界に羽ばたいて欲しい」と語る白幡さんは、日本に帰国した際にはトークショーにも出演しF1のメカニックとして働ける喜びを語るだけでなく、メカニックやエンジニアを志望する若者をヨーロッパのチームに紹介するといった活動も行っています。

 

まとめ

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わずか数秒間だけレースの主役になるメカニックたち。

一流の知識や技術を持っているにも関わらず、彼らの労働形態や収入は決して仕事に見合っているとは言えないかもしれません。

それでも志願者が次から次へと現れ、メカニックの誰もが楽しそうに働いている姿を見ると、F1で働くということが如何に特別なのかというのを改めて感じてしまいます。

レースに勝った時の彼らの喜ぶ様子やドライバーを見守る姿などの真剣さは、レース中継でも見ることができます。

そして、決して目立つ存在ではありませんが、ドライバーや首脳陣と一丸となって戦っている重要なポジションなのです。

どうしても、モータースポーツの場合はドライバーばかりが注目されがちですが、素晴らしい技術と知識、そして情熱を持ったメカニックがそれを支えていることだけは、決して忘れてはいけない事実なのです。