「毀誉褒貶」(きよほうへん)。褒めたりけなしたりと評価が激しく揺れ動く様を表す言葉ですが、シトロエン BXほどこれが当てはまる車は無いかもしれません。最高のデザイン、最高のシートに、好みは少々分かれますが、文句の付け所の無い洗練された内装。みなさんは、どう評価しましたか?WRCグループBカーまで作られ、名車と迷車の狭間で指針が振り切れる、評価の難しい車です。

 

 

 

BX誕生前夜、PSAの誕生

 

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97PSA

 

2CVやDSなど個性的、かつ歴史的名車を生み出してきたフランスの自動車メーカー、シトロエン。

1976年には積年のライバルであるプジョーと合併、PSA(プジョーシトロエン)として再出発しています。

そして、両社は共通のプラットフォームを使い、それぞれのブランドの個性を活かした車を作ってきました。

そのPSA初期の作品がシトロエン BX(ベイクス)で、プジョー 405と共通のプラットフォームを使った、日本でいうトヨタ コロナ / カリーナ(今で言うプレミオ / アリオン)クラスのミドルクラス大衆車でした。

とはいえ、当時はまだ互いにPSAとして心情的にまで一体化していたわけではなく、たとえばシトロエンの技術者やディーラーはそれまでの技術的蓄積や支持をしてくれたユーザーのことを考えれば、安易に「プジョー405のシトロエン版」に納得することはできません。

それはプジョー側にとっても同様だったようで、とりあえずBXと405に関してはプラットフォームや基本構造を共通化しつつ、それ以外の部分は「それぞれの個性を活かして」作ることになりました。

 

シトロエン屈指のヒット作、ミドルクラス大衆車BX(ベイクス)

 

Photo by Spanish Coches

 

こうして1982年にパリサロンで発表されたシトロエン BXは、実質的にプジョー 405とはほとんど別の車になりました。

共通点はプラットフォームのほか、フロントがストラット、リアがトレーリングアームというサスペンション形式くらいで、大きさも405の方が一回り大きく3ナンバーサイズな事に対し、BXは全幅1,680mmで5ナンバーサイズに収められています。

ボディ形式も4ドアセダンとブレーク(ステーションワゴン)の2種類だった405に対し、BXは5ドアハッチバックとブレーク。

デザインも405がピニンファリーナなのに対し、BXはベルトーネ時代のマルチェロ・ガンディーニです。

これだけでもPSAとして統合した意味が無いほど別車となっていますが、「5ナンバーサイズでカクカクしているけども、そこに野暮ったさは無いオシャレなヨーロピアンハッチバック」として、シトロエンとしては2CV以来の大ヒット作となりました。

当初は西武自動車販売が、1989年以降は発足したばかりで取り扱い車種が少なかったユーノス店(マツダのヨーロピアンデザイン担当ディーラー)でも販売されて人気となり、現在に至るまで日本最多輸入台数を誇るシトロエン車となっています。

 

 

 

最高の評価を得たデザインとシート

 

Photo by Spanish Coches

 

この成功の大きな要因は2つあります。

まず1つ目は、ガンディーニにデザインされたペキペキと角ばったシルエットでした。

まだ車のデザインとして「抑揚のあるグラマラスな曲線」などがウケる前の時代だったので、角ばりつつもその面の角度が絶妙かどうかが大事なところで、その意味でBXは最高だったと言えるのです。

ヘッドライトや各ウィンドウも含め、絶妙な角度の組み合わせで見る者を魅了させたと言えば、国産車ならSVXになる前のスバル アルシオーネが代表的です。

ただし、カタログスペック上のCd値(空気抵抗)を下げるために、やたらと細い純正タイヤを履くなど、どこか痩せた印象で最低地上高も高く、少なくともノーマルを停車させた状態では今ひとつ一般受けしなかったアルシオーネに対し、BXは停車した姿も美しいものでした。

さらにその評価を高めたのはシートで、適度な柔らかさで包み込むような、それでいて体が変に沈んでしまうようなことも無く、誰もがBXのシートには口を揃えて、惜しみない賛辞を贈る程。

シートデザインは変に装飾も無く簡素でしたが、だからこそ余計に座り心地の秀逸さが際立ちました。

BXの説明をこれだけで終わらせれば、何と素晴らしい車なのだろう!と中古車を探し始める人もいるのではないでしょうか。

 

最大の特徴「ハイドロニューマチックサスペンション」

 

Photo by RL GNZLZ

 

さて、ここからが本題です。

PSAとなったシトロエンの技術者とディーラーがどうしても譲れなかった一線は、ここまで述べたようなポイントではなく別なところにありました。

それが窒素ガスとオイルを密封した油気圧制御「ハイドロニューマチックサスペンション」。

一般的には略して「ハイドロサス」と呼ばれたりするものです。

1955年にデビューしたシトロエン DSで初めて本格的に採用されて以降、シトロエンを代表するシステムであり、近年でもC5にオプションで発展型が採用されていましたが、今後は新規にハイドロの開発や新規車種への搭載は行わないようです。

このハイドロの詳細な説明は省きますが、簡単に言えばエンジンで動かすポンプにより高圧となったオイルの油圧でサスペンションなどをアクティブ(能動的に)作動させるもの。

時代によって異なりますが、BXではサスペンションのほか、ブレーキやパワステにもハイドロが使用されていました。

ハイドロを使ったサスペンション、ハイドロサスは停車してエンジンを止めれば油圧がかからないので車高が下がっていますが、始動すればググっと車高を上げるのが特徴です。

荷物や人を積んだりカーブの横Gに応じて油圧を変化させ、車体を水平に保つセルフレベリング機構を持ち、バネは同じく密封された窒素ガスによる空気バネでした。

この乗り心地は固めのサスを好むかどうかで評価が分かれますが、少なくともコーナリング時にも車体を水平に保つ独特のフィーリングに驚きを感じる事は共通していました。

 

整備点検の難しさから評価が暗転

 

Photo by Tony Harrison

 

しかし、このハイドロがBX最大の弱点でした。

ハイドロそのものが問題というより、一般的な乗用車で同様のシステムを装備した例などシトロエン以外では皆無で、シトロエン車の経験が豊富な整備士で無ければ、正確な整備を期待できなかったのです。

そして大ヒット車になったことが、この問題にさらなる拍車をかけてしまいます。

整備不良でハイドロサスに故障をきたしたBXが、オイル漏れで次々に走行不能に陥るトラブルが続出したのです。

それでもハイドロサスを理解した整備士の手で、普通に日常的な点検を受けていればさほど故障するはずも無いのですが、日本では難しい話でした。

また、ほかにも電装系やエンジンルームのベルト類などが日本の気候に合わず経年劣化が早いという問題もあり、十分な整備を受けないまま販売された中古車が、またそこでトラブルを起こし…の悪循環で、BXは悪評ばかり定着していったのです。

ただし、繰り返しますがこれはシトロエン BXそのものの問題というよりも、「日本で乗るには手がかかる車が、大ヒットによってメンテナンスフリーな人々にまで売れてしまった」事が最大の原因で、BXそのものが悪い車だったというわけではありません。

実際、現在でもBXに乗っている人は、日常的な整備点検をキチンと受けられる環境にあるはずです。

 

BXのグループBラリーマシンBX4TC、WRCに出撃!

 

Photo by Klaus Nahr

 

後の日本での評価はともかく、大ヒット作となったBXはWRCにも出場することとなり、当時流行の4WDグループBラリーマシンが製作されました。

その名も「シトロエン BX4TC」。

元来が1.4~1.9リッター直4エンジン横置きのFF(フロントエンジン前輪駆動)車だったBXに大きく手を加え、380馬力の2.1リッター直4SOHCターボエンジンをフロントに縦置きした4WD車で、4WDシステムは手動切り替え式のパートタイム式でした。

また、巨大な樹脂製ブリスターフェンダーを備え、全幅は1,680mmから1,890mmへと大迫力のワイドボディとなり、サスペンションは4輪ダブルウィッシュボーンに変更されますが、ハイドロサスはそのまま使われています。

ミッドシップ4WDターボのプジョー205T16や、スーパーチャージャーまで追加したランチア デルタS4など、450~600馬力クラスを誇るライバルのグループBマシンに対して少々不利な車両での出場に思えますが、ともかく1986年のWRCに出場したのでした。

 

3試合0勝1敗2リタイア、最後は市販車も回収されスクラップ

 

Photo by daveoflogic

 

しかし、2台が出場した開幕戦モンテカルロでは両方リタイヤ、第2戦スウェディッシュでは1台が完走し6位入賞したものの、どうにもパワーや信頼性が欠けていたようでした。

そして、少し間を挟んで3台体制で挑んだ第6戦もSS1で2台、SS2で1台と3台ともリタイヤし、これを最後にグループB廃止を待たずシトロエンはWRCから撤退したのです。

また、散々な成績は販売台数にも及び、グループB規定で定められた200台の生産台数を満たすことなく生産を終了したとも言われており、市販車にまでトラブルが多発したので「公道を走るのすら危険」としたシトロエンによって回収されてしまいました。

それでも熱心なマニアによってスクラップを免れたBX4TCはわずかな数が残っており、日本にも存在します。

かつてはシトロエンの日本語ホームページにも、「シトロエンレーシングの歴史」としてBX4TCが少しだけ紹介されていましたが、現在はBX4TC以前のグループBラリーカー、ヴィザ・ミルピストまで網羅した名車一覧にも掲載されていません。

 

シトロエン BXの代表的なスペック

 

Photo by Tony Harrison

 

シトロエン BX 16V 1991年式

全長×全幅×全高(mm):4,235×1,690×1,365

ホイールベース(mm):2,655

車両重量(kg):1,110

エンジン仕様・型式:直列4気筒DOHC16バルブ

総排気量(cc):1,904cc

最高出力:145ps/6,400rpm

最大トルク:17.3kgm/5,000rpm

トランスミッション:5MT

駆動方式:FF

中古車相場:59万~89万円

 

まとめ

 

シトロエン BXは「素晴らしい乗り心地と平凡な動力性能、最悪の信頼性」という、何とも評価しにくい車ですが、これはスタイルが理由で大ヒットとなった輸入大衆車には珍しい話ではありません。

「売れたからこその悲劇」はBMC時代の旧ミニでも起きたことで、高性能車や高級車であればともかく、大衆車はそのメーカー独特、あるいは古いメカニズムを理解し整備できる環境が無いまま購入してしまう人が多いのです。

自分が車に詳しく無ければ、せめて適切なアドバイスをしてくれる人、あるいはショップや整備工場との付き合いが無い限り、ファッション感覚だけで車を選ぶべきでは無い。

シトロエン BXはその教訓を日本のユーザーに伝えた1台だったと言えます。

 

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