70年代に日本で社会現象を巻き起こした『スーパーカーブーム』。キングオブスーパーカー『ランボルギーニ・カウンタックLP500』や『フェラーリ 365GT4/BB』に代表される一連のスーパーカーたちと比べると一見地味な存在と思われるかもしれませんが、イタリアでは一番歴史のあるマセラティが1970年代初頭に手掛けたミッドシップスーパーカーが『ボーラ』とその弟分にあたる『メラク』でした。
CONTENTS
ミッドシップ・エンジンマウントのスーパーカー開発へ
1971年春に、マセラティ初の”ミッドシップエンジン”マシンとしてジュネーブショーで発表されたのが『ボーラ』です。
当時、フェラーリとランボルギーニが、スーパーカー世界最速を目指してしのぎを削る中で、モデナの老舗マセラティは熟成されたワインの様に性能的にはやや控えめながら、クオリティーが高く、扱いやすい柔軟性を持ったエキゾチックなクルマ造りを実践していました。
まずは、そんなボーラ開発当時の歴史的背景に触れていきましょう。
イタリア発、スーパーカーの火付け役となったのは、デザインを当時ベルトーネに在籍していた『マルチェロ・ガンディーニ』が担当し、現在ではフォーミュラカーの車体設計で名を成しているジャンパオロ・ダラーラがシャシー開発を担当した『ランボルギーニ・ミウラ』だと言われています。
美しい流線型の2シーターボディのミッドシップにV12エンジンを搭載し、最高速度は300km/h越えとアナウンスされ、当時の誰もが夢のスーパーカーが登場したと疑いませんでした。
ミウラの登場に他メーカーが追従し、スーパーカー開発に拍車が掛かるきっかけとなった1台なのです。
当時のマセラティには、『インディ』や『ギブリ』といった高級GTカーは存在していましたが、いずれもフロントエンジン搭載モデル。
フェラーリやディーノ、ランボルギーニミウラの様なエンジンを『ミッドシップマウント』したスーパーカーは存在しませんでした。
しかし1968年、マセラティにとってひとつの転機が訪れます。
北米市場を中心に、利益率の良い高級なGTカーを主な商品として経営戦略を行っていたマセラティ社ですが、経営難に陥り、フランスのシトロエン社と提携関係を締結。
シトロエンからの勅命で、時代のトレンドに合わせた『ミッドシップエンジンマウント』のスーパーカー開発をマセラティに着手することになったのでした。
シルバートップの大人な兄貴分マセラティ・ボーラ
こうして誕生したのが『ボーラ』でした。
マセラティの紋章でもあるトライデント(三叉の銛)をグリル中央にあしらったボーラのフロントノーズには、『ボーラ』に対するマセラティの思い入れを強く感じさせます。
また、マットシルバーに光るルーフからフロントピラー部分までは、スチールステンレスを採用。
ルーフ部分の軽量化を考えたこの構造は、現在のカーボンファイバー製ルーフを装着したチューニングカーと同様の考え方で、クルマのハンドリングにも影響するマシンの低重心化を狙ったものでした。
しかし、そんな思惑とは裏腹にエンジンフード部分は、リヤガラスからも見える重そうなルーフカバーで覆われていて、一見FR仕様ではないかと見間違うほどの落ち着いたスタイリングは、ボーラの特徴といえるでしょう。
デザインを担当したのはジョルジェット・ジウジアーロ氏で、ボーラの左フェンダー部分には、堂々とした彼のネームプレートが貼り付けられています。
また、性能面では鋼板溶接の強固なシャーシにサブフレームを組み合わせた車体に、前後ダブルウイッシュボーン・コイル独立懸架サスペンションという、当時の最先端方式を採用。
ブレーキには、シトロエンが特許を持つパワーブレーキ方式のものが装着され、ガーリング4ポッドキャリパーを作動させる油圧は、エンジンによって駆動される高圧ポンプにより供給さられているのが特徴です。
さらにエンジンは、マセラティ伝統の軽合金製DOHC90°V8を搭載しており、マセラティ インディより4mm短いストロークで、4719ccの排気量を造り出しています。
エンジンパワーは、310HP/6000rpm、トルク46.9kgm/4200rpmと並みいるイタリアンスーパーカーの水準からすればかなり控え目。
しかし、油圧作動のダイアフラムクラッチを経たエンジンパワーは、レーシングカー並のリンケージを持つZF社製ギアボックスから、カンパニョーロ製ホイールに巻かれたミシュランXWX(215/70VR15)により確実に路面へと伝えられていました。
シトロエン血統のスーパーカー・マセラティ・メラク
1972年のパリサロンでボーラの弟分としてベールを脱いだのが『マセラティ・メラク』です。
マセラティーファミリーとしては、最小型のいわば廉価版モデルと言われているメラクですが、実際シトロエンからの技術的支援も多く受けており、コストダウンが図られた1台なのでした。
まずは、マセラティとシトロエンの技術協力について少し触れておきましょう。
シトロエンは、マセラティ製の伝統あるV8エンジンを元に開発した、V6エンジン搭載の新型車『SM』を1970年に発表します。
高性能な新型モデル、シトロエンSMにはエンジンによって駆動される高圧ポンプが搭載されており、それで得た油圧を利用した、『DIRAVI』と呼ばれるパワーステアリングが採用されていました(現代のパワステは電動式が主流)。
シトロエンは当時、油圧制御による技術革新を積極的に行なっていたため、自社の商品と融合する形でマセラティブランドの商品にもその技術を有効活用する流れが出来てきたのです。
そんなシトロエンとマセラティの提携関係が色濃くなる中、誕生したのが『マセラティ・メラク』でした。
全長等、ボディサイズは兄貴分であるボーラと同様。
外観上の大きな違いは、エンジンの冷却対策としてガラス付きのカバー部分が省かれて、フェラーリやディーノの様にエンジンフードが露出する、ノッチバックと言われるリヤビューに変更されたことです。
エンジンは、シトロエンSM用に製作した、DOHC90°V6を3リッター化したものを搭載。
エンジン出力は、190HP/6000rpm、トルクは25.9kgmというおとなしめのものでした。
V6化によってエンジンの前後長が短くなったスペースを、リヤシートらしきものを造形するのに利用し、2+2ミッドシップ車を実現したのが弟分メラクの最大の特徴といえるでしょう。
さらに、エンジンと同様にミッションやデファレンシャルもシトロエンSM用のものが搭載されるなど、提携先であるシトロエンの技術が初期型メラクの随所に採用されています。
特筆すべきは、シトロエンの当時のお家芸ともいえるパワーセンタリングシステムによって実現するクイックなステアリングアシストまでもがSMより引き継がれていたこと。
さらには使い勝手が悪く、踏みしろがないボタン式ブレーキまでもが、SMから移植されていました。
その後、スーパーカーに搭載するにはあまりにも不評で、操作が独特すぎるブレーキシステムは、後に通常のブレーキへと改装されたというおまけ話がついています。
マセラティ・ボーラ/メラクのスペック
ランボルギーニやフェラーリといった他のスーパーカーとくらべても、エンジン性能的には控え目ながら、事実上遜色ない走りをみせるボーラ/メラク最大の武器は、ハンドリングの良さだと言われています。
なぜなら、車重の重いボーラのハンドリングは、オーバーステア寄りのニュートラルで、ブレークアウトは必ずリアタイヤから発生するというコントロール性の良さを持っていました。
V6搭載モデルの為、リア周りがボーラより軽い弟分、メラクはハンドリングの完成度が非常に高く、当時のジャーナリスト達から絶賛されています。
マセラティ・ボーラ | マセラティ・メラク | |
エンジン | V8 DOHC 4719cc | V6 DOHC 2965cc |
最高出力 | 310HP/6000rpm | 190HP/6000rpm |
最大トルク | 46.9kgm/4200rpm | 25.9kgm/4000rpm |
燃料噴射装置 | ウエーバー42DCNF×4 | ウエーバー2チョーク×3 |
変速機 | 5速・ZF社 5DS-25 | シトロエンSM用5速 |
サスペンション形式・前 | ダブルウィッシュボーン・コイル/スタビライザー | ダブルウイッシュボーン・コイル・スタビライザー |
サスペンション形式・後 | ダブルウィッシュボーン・コイル/スタビライザー | ダブルウィッシュボーン・コイル/スタビライザー |
ブレーキ | シトロエン特許パワーブレーキ/280mmディスク | シトロエンSM用ブレーキ/ディスク |
ホイールベース | 2600mm | 2600mm |
全長×全高×全長 | 4335×1768×1134mm | 4335×1770×1130mm |
車両重量 | 1400kg | 1320kg |
車両価格 | 1350万円*1976年 | 日本価格不明 |
まとめ
究極の性能を求めるカウンタック、フェラーリBBと違い、マセラティのスーパーカー、ボーラ/メラクには日常的な手荷物を置くスペースが豊富に用意されています。
また、ボーラ/メラクのノーズ部分にはトランクスペースが設けられていて、ダッシュボードやドアポケットなど、現代の高級スポーツカーに劣らない実用性を備えていました。
ちなみに、マセラティ公式ページによればトライデントマークである三叉の銛の意味は、それぞれ”エレガンス/ラグジュアリー/ハイパフォーマンス”の象徴と説明されています。
そのエンブレムが示す通り、ハイパフォーマンスだけを謳わないモデナの老舗が70年代に放ったミッドシップエンジンのスーパーカーは、半世紀近くの年月を経た現代でも、エレガンスなラグジュアリーカーとして輝き続けているのです。
Motorzではメールマガジンを配信しています。
編集部の裏話が聞けたり、最新の自動車パーツ情報が入手できるかも!?
配信を希望する方は、Motorz記事「メールマガジン「MotorzNews」はじめました。」をお読みください!