スペックは一般的。親しみやすい中性的なスタイルとまずまずな使い勝手で安価、しかしアクセルを踏むとよく回るエンジンで軽快に走るコンパクトカーとは?と聞かれれば、1990年代のベストチョイスはこの車だったかもしれません。「何でもいいから、安くて速くて楽しい車が欲しい!」と言われた時に、安心してオススメできる、それが日産 K11マーチでした。
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街にマーチがやってきて10年、新たな10年の伝説が幕を開ける
マッチ(近藤 真彦)が「街にマーチがやってきた~。」と歌い、『マッチのマーチ』と呼ばれた初代K10が登場してから10年が経過した1992年、ついに初のモデルチェンジを迎えて登場したのが2代目K11マーチです。
それ自体がリッターカーとして傑出した経済性や品質を誇ったK10では、バブル時代のパイクカー路線や、ターボとスーパーチャージャー両方を組み合わせた”ツインチャージャー”を日本で初めて採用したモデルを投入するなど、中身の濃いモデルライフを過ごしました。
それが2代目K11では一旦『2種のエンジン(1リッターと1.3リッター)と2種のボディ(3ドアと5ドア)』に集約され、多少の装備面の違いでいくつかのグレードに分かれたとはいえ、K10デビュー当時を思い出すアッサリしたラインナップとなります。
とはいえ、曲面を巧みに組み合わせたデザインは親しみやすく、それでいて四隅に置かれたタイヤと吹け上がりのいいエンジン、そして当時としては広くて乗降性も良好な合理的なパッケージングは、走りや実用性を求めるユーザーにも大いにウケました。
このように『見るだけで半分、乗ってしまえば残りの半分も満足させてしまう車』をリッターカーで実現したのは凄まじいことで、それまでの『安いけど何かはガマンしなければいけない』リッターカーを、完全に過去の車にしてしまったのです。
そして日本とヨーロッパのカー・オブ・ザ・イヤーや通産省(現在の経産省)のグッドデザイン賞などを総ナメにし、10年間のモデルライフ中は継続的に売れ続けた程の人気を博し、トヨタ スターレットとともに、モデルチェンジや後継車の登場で消えてしまうのが本当に惜しい車でした。
モデル末期にはいくつかの派生車が登場しましたが、K11そのものは衝突安全基準への対応などで若干デザインやエンジンが変わった程度で、デビュー以来のマーチのまま10年も魅力を保ち続けます。
現在の視点ではさすがに車内は広いと言えませんが、それを除けば20世紀に登場した国産コンパクトカーでベストバランスかもしれません。
何より凄まじいのは、『901運動』で素晴らしい車を多数輩出した日産が、それらの車のモデルチェンジ後まで勢いを維持する事に困難を極め、自動車メーカーとしての存亡が危うくなる中、孤軍奮闘するかのように売れ続けたことです。
特に苦しかった1990年代後半、初代キューブともども『月々の携帯電話料金で買える車』として、苦境の日産を支えていたのがK11マーチでした。
ボディサイズを考えれば不満の無い実用性に、爽快な走り
K11マーチはハイトワゴンやミニバンなど、スペース効率の高い車が全盛期の現在から見れば、特に頭上スペースに余裕があるわけではありませんが、見た目から感じるより車内での圧迫感などは無く、シートの感触も含めた乗り心地は『ちょうどいい』の一言。
劇的に良いわけではないものの『不可』というほどの欠点は無く、後席まで含めて5名フル乗車の長距離移動でも、もう乗っていられないと思うほど辛くなることは、そうそうありませんでした。
それでいて走行性能も『ちょうどいい』程度かといえばそんなことは無く、1リッター版に搭載されたDOHC4気筒16バルブエンジン”CG10DE”は、アイドリングからアクセルをやや強めに踏み込むと、意外な程にいい音を立て、軽快に吹け上がります。
それでもたかが58馬力(末期型は60馬力)と思いながらスポーツ走行してみると、まるでスポーツカーのエンジンかと思うほど高回転までスムーズに回り、面白いように加速していくのです。
もちろん車格を超えた高速ステージでGT-Rやシルビアを追いかけ回せるほどではありませんが、ツイスティなコースでどれだけ攻め込んでも破綻無く踏めるサスペンションのおかげで、ミニサーキットのようなコースではかなり楽しめるレベルでした。
1リッターのCG10DEでさえこれほど楽しいとなると、1.3リッター版などはまさに刺激的。
デビュー当時のレビュー記事でも、日産のエンジニアが「加速性能は(K10マーチの)スーパーターボにも負けません。」と断言していたのに納得です。
走り屋が集まる峠の中でもコンパクトカーや軽自動車が有利な場所では、定番チューニングマシンに混じってどノーマルのマーチが1台や2台いたものですが、これがギャラリーかと思えば大違い。
軽量なわけでも無い1リッターの5ドア車でもムチを当てれば腕に応じた走りがグリップ走行でもFドリでも可能。
それでいて中古車がタダのような値段で買えたK11マーチは、カタログスペックへのコダワリさえ無ければ非常にコストパフォーマンスの高いマシンでした。
「ちょっと親父のアシ車を借りてきた。」という免許を取り立ての若者が走り屋デビューするには、最高の車だったと思います。
ロングライフを誇ったK11マーチには、派生車も多数
10年間も売り続け、海外でも絶賛されたK11マーチには、数々の派生車や面白いグレードがありました。
以下、主だったものをご紹介します。
マーチカブリオレ(1997年):電動ソフトトップつき4シーターオープンカー。1.3リッターのみ。
・マーチジューク(1997年):赤黒ツートンカラーなど専用内外装の英国風テイスト仕様。
・マーチBOX(1999年):リアオーバーハングを延長したステーションワゴン版
・マーチコレット4WD(1999年):マーチ初の4WDで、歴代唯一のプロペラシャフトを持つ機械式4WD。1.3リッターのみ。
・マーチタンゴ(1996年):前後バンパーなどレトロ調な専用内外装のオーテックバージョン。
・マーチボレロ(1997年):同上
・マーチルンバ(1998年):同上
・マーチポルカ(2000年):同上
・無印良品 MujiCar1000(2001年):無印良品の通販WEBサイト「ムジ・ネット」1,000台限定車。
・裕隆日産汽車 行進曲(初代) :日本未発売の4ドアセダンも設定された、台湾製マーチ。
・光岡 ビュート(初代・1993年):ジャガー MkII風のカスタムカー
・トミーカイラ m13:トミタ夢工場のコンプリートカーで内外装のみならず動力系まで手の入ったカスタムカー(エアロのみ販売も)、1リッター版もあり。
ワンメイクレースからラリーなど、あらゆるステージで活躍!
先代K10でもダイハツ シャレードなどライバル車ともども各種モータースポーツで活躍しましたが、K11でもそれは変わりません。
主に国内からご紹介しましょう。
まずレース専用車(カップカー)で行われるワンメイクレース『マーチカップ』はK10時代の1984年からK11時代を通じて開催され、K12時代も2009年まで、それ以降はSCCN(ニッサン・スポーツ・カー・クラブ)が現在まで開催しています。
そして全日本ラリーでは第2部門として2輪駆動部門と4輪駆動部門に分かれた1995以降、再び統合される2005年までNRS(ニッサンラリーサービス)などがHK11(1.3リッター版)を走らせていたのが全盛期でしたが、それ以降も2011年まで参戦は続きました。
また、全日本ジムカーナでも1.3リッターのHK11で参戦する例がありましたが、2003年にナンバーつきながらかなりの改造が可能だったA車両から、改造制限が厳しいN車両中心になり、1,000cc未満のN1クラスが設定されると、早速1リッター版のマーチが参戦。
基本的には初代トヨタ ヴィッツの1リッター版(SCP10)のためのクラスでタイヤサイズも不利でしたが、それにも関わらず参戦初年度に1勝を上げるなど、2005年頃まで活躍を見せました。
唯一メジャーイベントでの実績が無いのがダートトライアルで、モデル末期を除けばFFのみだったためもあってか、全日本ダートトライアルへの参戦はありません。
また、海外でも各種モータースポーツイベントに使われましたが、その中でも国内外含めたK11マーチ最大の華と言えるのがシャモニー24時間レースなどの氷上レースで、そのためにセフィーロ用の3リッターV6エンジンを搭載したグループBさながらのミッドシップ4WDマシンが開発され、マーチのモータースポーツ史上最大級のモンスターマシンとして参戦していました。
主要スペックと中古車相場
日産 K11 マーチ i・z 1992年式
全長×全幅×全高(mm):3,695×1,585×1,425
ホイールベース(mm):2,360
車両重量(kg):750
エンジン仕様・型式:水冷直列4気筒DOHC16バルブ
総排気量(cc):997cc
最高出力:58ps/6,000rpm
最大トルク:8.1kgm/4,000rpm
トランスミッション:5MT
駆動方式:FF
中古車相場:0.1万~88.5万円(各型含む)
まとめ
K11マーチは2002年に生産終了、3代目K12へとバトンタッチしますが、大胆なデザイン変更だけでなく全幅が大幅にワイド化されたこともあり、乗り味もかなり変わりました。
それでも人気は続きましたが、小型軽量を突き詰めた感のあるK11のドライブフィーリングを懐かしむ声も少なくありません。
さすがに現在ではカブリオレやオーテックバージョンを除く中古車のタマ数は減りましたが、それでも特に初期型の1リッター5速MT版で程度良好なものがあれば、今でも楽しいだろうな、と思います。
かつて、知り合いから「何でもいいからよく走って安い車、無い?できれば軽自動車以外で一番安いの。」と言われた時、「それならまずはK11マーチだ!」と即答できた車でした。
もし今聞かれても、「程度のいいK11マーチが今でもあれば…。」と頭に浮かぶ人は、意外と多いのでは無いでしょうか?
日本車としては非常に珍しいことに、アンダーパワーなのに回せば回すほど楽しい車、K11マーチは、20年後くらいに案外『伝説のネオヒストリックカー』として、再評価されているかもしれません。
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