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モータースポーツを語る上で、今や「空力」というものは最も重要なファクター(要素)のひとつです。空気はかつて、スピードを阻害する抵抗でしかなく、いかにそれを減らすかが重要と考えられていました。しかし、その空気を“味方につける”ひとつの発明が、歴史を大きく変えてしまうことになるのです。今回から始まるモータースポーツと空力の物語。まずは初めて「クルマに羽根をつけた男」ジム・ホールのお話から進めて行きましょう。

出典:http://www.ultimatecarpage.com/
天才富豪ジム・ホールとシャパラル・カーズ
テキサスの石油王、工学部出身のエリート、そして一流のレーサーでもあるジムは、才能と環境に恵まれながらたいへんな努力家であり、独自にゼネラルモーターズとパートナーシップを築いた上に優秀な技術者を揃え、シャパラル・カーズを設立。
GMとの関係を武器に、オートマチックミッションなどの実験的なテクノロジーをレースカーに搭載、いわばGMの裏ワークスのような存在として米国内のレースを席巻していきました。

シャパラル初のレーシングカー・2A。出典:https://misfitsarchitecture.com/
工学部出身であるジムは、普通のエンジニアでは持っていないであろう航空力学についても造詣が深い人物でした。
そこで、飛行機を浮き上がらせるほどの力を持つ空気の力を、レーシングカーを速く走らせる為に活かせないか?というアイディアに辿り着くのです。
”ウイング”は何で力を生むの?
さてここで、飛行機が飛ぶ原理…についてザックリと触れておきましょう。

絵:Shinnosuke Miyano
翼の断面は上がなだらかな山形、下が平らな形をしています。
止まっている状態では、大気圧は常に均等にかかるので、もちろん何も起きません。
しかし、これが前進すると様子が変わってきます。
正面からやってきた空気は、通りにくいこんもりとした山に当たることで、流速が上がるのです。
これによって、翼の上面の方が下面より気圧が低くなります。

絵:Shinnosuke Miyano
そして速度が上がるほど、この圧力差は増えていきます。
やがて翼は圧力が低い方に引っ張られ、逆に言うと高い下側から押され、「上向きの力」が生まれるのです。
更にこの羽に角度をつけることで、気圧差が大きくなり、より大きな力で上に翼を押し上げようとします。
これはお風呂の中で水平チョップをすると、角度によって手のひらがグイッと上に向いたり、下がったりするイメージです。
水も空気もざっくりとした区切りでは「流体」なので、基本的な性質は同じなんですね。
羽の生えた”怪鳥”出現
ジムは、この翼を逆さまにつければ、クルマをしっかり地面に押さえつけ、タイヤのグリップを最大限に出来るのでは?と考えました。
彼はニューマシンシャパラル2Eに、飛行機の翼をそっくり裏返した板を高々とかかげた、「リアウイング」を装着。
そしてこれが期待以上の効果を発揮したのです。
ウイングの発生する下向きの力「ダウンフォース」は、スピードが増すほどリアタイアを地面に押し付けることでトラクションを最大限にし、特に高速コーナーでは今までとは段違いのグリップを稼ぐことに成功していました。

出典:http://www.ultimatecarpage.com/
この2Eのウイングは異様に高々と掲げられていますが、これはボディ表面で生じる渦や乱流の影響を受けず、効率よく前方からやってくる空気の流れをウイングに当てる為でした。
このウイングは翌年にはライバルのマクラーレンも真似してCan-Amシリーズは「巨大な羽の怪鳥祭り」となりますが、その波は数年後にはF1グランプリにまで届き、こうして今日に至るレーシングカーにはウイングをつけるのが常識…という世界がやってきたわけです。
今のGTウィングからは考えられないようなリアウィングの出現。
そして始まる空力の進化。次のページでは、”掃除機”の仕組みを逆手に取ったレーシングカーが登場します。