今年も激戦が繰り広げられたスーパーGTのGT300クラス。複数のチームがタイトル獲得の可能性を残している中、最後に笑ったのは町工場からスタートし“打倒ワークス”を掲げ挑戦するプライベーターチーム「VivaC Team TSUCHIYA」だった。特に第8戦ではタイヤ交換作戦を決めて、見事な逆転優勝を勝ち取った。しかしレース前半は、次々とライバルマシンに抜かれていく映像ばかり映し出され、誰もがチャンピオン獲得は厳しいのではないか?と思っただろう。そこからなぜ這い上がってくることができたのか、その裏側に迫ってみようと思う。

Photo by Tomohiro Yoshita

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ランキングトップのまま最終戦へ

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今回は熊本地震復興支援大会として、変則的な2レース開催。前回のタイ大会で今季初優勝を飾り、ランキングトップを死守したままもてぎへやってきた。

12日の第3戦では54kgと一番重いウェイトを積みながらも7位入賞。決して良い順位とは言えなかったが、ランキング2位以下のライバルたちが揃ってノーポイントに終わり、逆にリードを広げて最終戦の朝を迎えた。

全車ノーウェイトで迎えた予選。No.25 VivaC 86MCは松井孝允がアタックを担当。さすがに1周のタイムアタックではFIA-GT3勢などが速さをみせ、6番手からチャンピオンをかけた最終戦を目指すことになった。

実は、この段階ではピットストップ時にタイヤを交換する作戦をとる予定だった。

 

グリッド上でタイヤ無交換作戦を決断、緊急で行なった措置とは?

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グリッドについてからスタートするまでの時間。チームにある情報が飛び込んできた。

その内容は、上位陣のいくつかのチームは、タイヤ無交換作戦を予定しているというものだ。

実は前日の第3戦でもGT300はタイヤ無交換の作戦をとるチームが多く、トップ3を独占したダンロップタイヤ勢はそろってタイヤ無交換。これまでどんなコンディションでもタイヤ無交換にチャレンジしてきた25号車は左側2本を交換するという変則的な作戦を選択。さらに、それらの結果を踏まえ第8戦ではタイヤ交換を前提とした作戦をかためていたのだ。

その時の状況を土屋春雄監督はこう振り返った。

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「最初はタイヤ交換をする作戦でした。ただグリッドについてから、うちの前に並んでいる数台がノーチェンジ(タイヤ無交換)でいくという情報が入ったので、急きょノーチェンジでいくことに、グリッドで(作戦を)変えました。そのままでスタートしてタイヤ交換したら、うちにチャンピオンの芽がないので、最終的にグリッドで3人で相談して決めました」

とは言っても、レギュレーションでは予選で使用したタイヤを決勝でも使用しなければいけないため、タイヤを交換することは不可能。タイヤに負荷をかけないようなセッティングに変更する時間もない。

限られた状況下で、とった行動は“タイヤの内圧調整”だった。これについてドライバーであり、エンジニアでもある土屋武士は、こう説明してくれた。

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「昨日(第3戦)と同じタイヤを選んでいて、昨日は全然ダメだったんですけど、今日は勝負をかけて内圧を今まで経験したことがないところまで思いっきり下げて臨みました。最初の10周は内圧がこなくて苦しかったですが、それも(タイヤ)無交換するため。昨日の状況ではできなかったですから。やったことがなかったですけど、もてぎはタイヤに対しての負荷が低いので、うちが今まで使ってきたものであれば、これくらいいけるんじゃないかという判断でした。一発のタイム的には遅くなるんですけど、保ちとして良くなるんで、やったことなかったんですけど、やってみました(笑)」

「あとスタートで順位を下げたのは、直後の位置どりが悪かったことです。もてぎでよくあることなんですけど、1コーナーで失敗すると2コーナーから5コーナーまで全部抜かれてしまうんです。でも、そういうポジショニングになってしまったので、落ち着いて処理しました」

内圧を想定よりも下げることで、特に序盤のペースは悪くなるが、長く保ってくれるようになる。しかし、前日までのデータでは当初交換する予定だったタイヤを最後まで保たせるためには、これしか方法がない状況だった。

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第1スティントを担当した土屋武士は、スタート直後から数台のマシンに抜かれ、それ以上に序盤はペースが上がらず苦戦。いくらタイヤ無交換をやるとはいっても、想像以上のペースの落ち具合だったが、それは急きょの対応をした結果のことだったのだ。

苦しい状況下でも、土屋武士は我慢して走り抜き、クラス16周目でピットイン。松井に交替する。当然タイヤ交換をしないため、作業時間を大幅に短縮。それまでクラス10番手を走行していたが、前半で2番手を走っていたNo.65LEON CVSTOS AMG-GTを逆転。一気に上位に顔を出すことに成功した。

もし、そのまま10番手付近でレースを続けていれば、トップを走行していたNo.31TOYOTA PRIUS apr GT(嵯峨宏紀/中山雄一)に優勝されれば逆転でチャンピオンを決められてしまう状況だった。

その流れを一瞬にして変えたピットストップだった。

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レースを終えた土屋武士は「昨年の暮れからヨコハマタイヤのエンジニアと一緒に考えて、チャンピオンをとるためにはこういうレース展開をしなきゃいけないって言って、それを狙って作ったタイヤなので、これがあったからこそのチャンピオンです」と、共に頑張ってくれたヨコハマタイヤへの感謝の気持ちを語っていた。

ストレートスピードでは絶対にFIA-GT3勢に劣る中、今年は勝つために何度も挑戦してきたタイヤ無交換作戦。奇しくも、それがチャンピオン決定戦の舞台で存分に活かされることになった。

 

25号車の新エース松井孝允が魅せた、勝利への…チャンピオンへの執念

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見事な戦略で前半の遅れを帳消しにする勢いを見せた25号車だったが、予想どおりいくつかのチームはタイヤ無交換作戦を敢行。その中の1台がポールポジションスタートの31号車だった。

全車がピットに入った時点で31号車がトップを快走しているものの、25号車は2番手でもチャンピオンを獲得できる。逆に無理して順位を落とすわけにもいかない状況だったが、無理をしていない状態でも松井のペースは非常によく、31号車のプリウスに接近。34周目のV字コーナーでインに飛び込み、そのままパス。一発で決めて見せた。

その後、着実にリードを広げていったが、31号車攻略時にタイヤを使いすぎてしまったのか、最後は背後に迫られるシーンも。しかし、そこは勝利への執念でマシンをコンロトールしていき、今季2度目のトップチェッカー。ノーウェイトのガチンコ勝負ではFIA-GT3勢が強いのではないかと思われた最終戦を、86MCが制覇。まさに王者に相応しい結果とともに、初のチャンピオンを獲得した。

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「ピットアウトして、自分の順位が分かった時には、その順位でチャンピオンがとれるというのは分かったんですけど、(31号車を)目の前に追いついていけたので、やっぱり勝ってチャンピオンというのはありました。そこで単純にタイヤを使ってしまって後半ちょっと追いつかれたんですけど、その中で抜いてこれたというのは、チャンピオンよりも今回勝ちたいという気持ちがあったし、負けたくないという気持ちで最後は走っていました」

昨年もそうだが、今年に入ってから彼の成長ぶりも去ることながら、チームの中でエースのような役割を担うことが多くなった。後半戦はほとんど松井がQ2を担当。実際に第4戦SUGOでは土屋武士も驚くような驚速タイムでポールポジションを獲得してみせた。

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これについて土屋武士は「1戦ごとの成長もすごかったけど、昨日(第3戦)から今日(第8戦)の成長もありました。同じシチュエーションで抜かれなかったですからね。見るからに速くなりました。この成長は僕の想像以上で、圧倒的に速さで言えば突き抜けたので、これは自信を持って上(GT500)にお勧めできます」

「ただもっと強くなって行った方が良い。個人的には上に行ったら、レギュラー全員やっつけるくらいの状況にして行かないと、スカラシップのシステムとか色々あるので、そんなの関係ないくらいの強くなって行って欲しいなと思います」

実は第4戦SUGOでも、速さは十分GT500に通用するレベルにきた。あとはメンタル面という話をしていたが、その時から比べても確実に力強い走りを見せているのは、外にいる我々からも一目瞭然。まさに25号車のエースと言っても過言ではない堂々とした走りだった。

今後どこまで成長していくのか、非常に楽しみなところだ。

 

まとめ

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チャンピオン記者会見の時で土屋武士は「(チャンピオンを獲得できた)要因は2つ。一つは孝允の成長、もう一つはタイヤでした」と振り返っていたが、昨年から今年にかけて、チームオーナーであり、エンジニアでもある土屋武士が、この瞬間のために準備してきたもの。それが最終戦という超重要な舞台で見事に機能したのだ。

しかし、それだけではない。

何より欠かせなかったのは、何と言ってもオーナーであり、エンジニアであり、ドライバーだった土屋武士の存在。彼のこのチームに対する思いは、また別の機会で紹介したいと思う。

 

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