7月28~31日に鈴鹿サーキットで開催された“コカ・コーラ ゼロ”鈴鹿8時間耐久ロードレース第39回大会。昨年に続き、#21YAMAHA FACTORY RACING TEAMが優勝。2位の#87 TeamGREENに2分以上の大差をつけ3位以下を周回遅れにしてしまうという独走劇をみせた。序盤にライバルの脱落もあり、今年は「敵なし」という印象が強かったが、彼らは2連覇を確実なものとするために“目に見えない最大のライバル”と向き合ってレースをしていた。そのライバルとは、昨年優勝を果たした自チームだったのだ。

 

Photo by Tomohiro Yoshita

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19年ぶりの8耐制覇の後に行われた「反省会」

Photo by Tomohiro Yoshita

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ちょうど1年前、2015年の鈴鹿8耐で全日本王者の中須賀克行、現役MotoGPライダーのポル・エスパルガロ、ブラッドリー・スミスを擁しファクトリー体制で参戦。

ヤマハが創立60周年の記念すべき年で鈴鹿8耐を制するべく、考えられる最強の布陣を用意した。

その結果、予選ではエスパルガロがトップ10トライアルで2分6秒000を記録しポールポジション。決勝でも他を圧倒する速さをみせ19年ぶりの優勝をもたらした。

レース後は歓喜に沸いていたが、翌日からヤマハ陣営は2016年大会に向けて動き出していた。すぐに社内で反省会を行い、150項目にも及ぶ反省点、課題点を抽出。

これらを全て克服し、さらに良かった部分はさらに伸ばす方向で、早い段階から翌年に向けての準備を進めた。

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150もの改善点について、ヤマハ技術本部MS開発部の辻部長は「運営面なども部分も150項目のなかに含まれているので、技術面での反省点は、約半分くらいでした。

これらの課題に対して1年間かけて改善をしてきました」と、直前に都内で行われたプレスカンファレンスの場で明かした。

鈴鹿8耐の優勝は素晴らしいことだが、時が過ぎれば、それは過去のもの。今年も勝つために自分たち弱点にしっかりと向き合い、昨年も十分すぎるほど強かったが、その「21番YZF-R1」に打ち勝つための2016年マシン作りに取り組んできたという。

では、その改善された点はなんだったのか?もちろん、ヤマハ側が具体的な例をほとんど明かしてくれなかったが、レースウィークを通して「明らかな改善」が感じられた。

ノーミス、ノーアクシデントを確実に実行する

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最近の鈴鹿8耐は、レベルがものすごく上がっており「8時間のスプリントレース」と表現されるほどのものとなっている。そうなってくると、些細なミスが大きな差となって現れ、最終的に結果をも左右してしまうほど大きな要因となる。

その中で昨年のヤマハファクトリーは、完璧だったかと言うと、そうではなかった。

金曜日の予選ではエスパルガロがヘアピン手前で転倒。幸い怪我はなかったがバイクが大きく破損してしまった。

日曜日の決勝でも、序盤からリードを広げていたが、エスパルガロが黄旗区間で追い越しを行ってしまい、30秒のストップ&ペナルティを受けることに。

最終的にトータルで約1分30秒近くタイムロスすることになってしまい、終盤の3時間でそれを挽回しなければいけなくなったのだ。

今年は、3人のライダーをはじめ、メカニック全員も含めた「チームワーク」を昨年以上に重視した。

レース前から各ライダーのコメントを聞いていても、チームのために自分が何をしなければいけないのか?ということを特に意識していた様子。

「自分が」というよりも「チームメイトを思いやる」雰囲気が、プレスカンファレンスの段階から伝わってきていた。

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その結果、金曜の公式予選でローズがコンディションの影響もあり転倒を喫したが、それ以外は全くと言っていいほどノーミス。決勝でもペナルティも転倒も、なんのハプニングもなかった。

3人とも無理やり攻める走りはせず、一貫して2分9~10秒台のペースを維持。

特にエスパルガロの走りは昨年と随分違うなという印象が持てた。

それだけ1周の速さではなく「安定感」が、これだけの独走につながったのだろう。

 

誰もが驚いた燃費の大幅改善

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今年の連覇に向けて、もう一つ課題として挙げていたのが「燃費」だ。

辻部長は「昨年、レース前は我々も目標値に達しておらず、正直燃費に関しては不安でした。しかし3人のライダーが本当い頑張ってくれたことと、セーフティカー導入が味方してくれました」とのこと。

実際に振り返ってみると、第1スティントで中須賀が28周も走破し、当初の関係者を驚かせた。

その後も他チームとほぼ変わらないスティント数で周回を重ねていたが、これができたのには計6回も入ったセーフティカー(SC)のおかげでもあったのだ。

SC中はペースが制限されるため、燃費をある程度セーブすることが可能。

さらにブラッドリー・スミスは少しでも空気抵抗を減らすライディングフォームを維持し、少ないパワーで周回できるよう工夫していた。

それが、最終的に他チームとほぼ変わらないくらいのピット回数で8時間を走りきることができたのだ。

そのため、SCが入っていなかったら?ということを想定すると、1スティント約28周で回ってきていたライバルに対し、ヤマハファクトリーは、およそ24~25周程度と明らかに少なかった計算になる。

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これを陣営は1年間かけて徹底改良してきたのだ。

辻部長は「ロス馬力というフリクションを低減することを念頭にエンジンを開発、出力性能と燃費を両立してきました。また制御面も改良し、緻密な燃料コントロールに加え、車体の燃料タンクも24リットルぴったり入れられるようにするかという細かなところまで改善しました。結果的に昨年に対して約10%の燃費低減ができたと思います」と語った。

その結果は、レース前半から明らかになる。

最初のスティントは中須賀の頑張りでライバルより1周多い27周を走破。

その後も、27~28周のスティントを維持。

これは2位のTeamGREEN、3位のヨシムラ・スズキとほぼ変わらない周回数で、ライバルと同じくらいの燃費なのに、着実にリードを広げていくだけの速さを発揮していたのだ。

結果的にはライバルを圧倒したのだが、実際には「昨年の自分たちを超えること」を一番の目標にして8時間走り続けていたのだ。

 

2年間で築かれたMotoGPライダーとの“強い絆”

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とにかく完璧としか言いようがなかった今年のヤマハファクトリーの勝利。その裏では、2年間、勝利に貢献してきたポル・エスパルガロとの強い絆が快進撃の原動力になっていたのかもしれない。

今年もMotoGPと兼務で鈴鹿にやってきたが、実はすでに今季限りでヤマハを離脱することが発表されている。つまりヤマハでエスパルガロが鈴鹿8耐を走るのは、今年が最後なのだ。

プレスカンファレンスでは「僕にとっては、今年ヤマハと一緒に鈴鹿8耐を走る最後のチャンス。優勝することが最大の恩返しになると思うから、是非ともそれを成し遂げたい」と語ってくれた。

昨年は予選で転倒しバイクも大きく破損。決勝でも痛恨のペナルティを受けてしまうなど、ポールポジション獲得に貢献したものの、正直足を引っ張ってしまっていたことは否めない内容だった。

だからこそ、今年はチームのために自分ができる最大限のことをしようと心に決め参戦。結果的にノーミスで決勝の担当スティントを終え、最後ピットに戻ってくるときはファンに向かって手を振るほどの余裕をみせた。

ヤマハを離れる来年以降、彼にとって鈴鹿8耐に出るチャンスは現状を考えると難しくなる。これまでお世話になったヤマハのためにも、そして自分自身が惚れ込んだ鈴鹿8耐を確実に勝つためにも、安定しながらも心がこもったライディングをみせてくれた。

そして、エスパルガロとの最後の8耐を勝ちたかったのは、ヤマハも同じだった。

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表彰式、記者会見が終わりピットに戻ってきた3人のライダー。チームでの記念撮影が終わると、辻部長がエスパルガロを前に呼び出し、「今年はうちでの最後の8耐だから…」と、鈴鹿8耐仕様のYZF-R1のアッパーカウルをプレゼントとして差し出した。

「最後だから、勝たせてやりたい」という思いを持って、チームも今年のレースに臨んでいたのだろう。

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まさかのサプライズに、エスパルガロも涙をみせ、感謝の挨拶。その後はチームスタッフ全員のサインを記念にもらっていたのも、印象的だった。

MotoGPを含めると、わずか3年間の付き合いだったが、そこで築かれてきた強い絆が、今年の快進撃につながる一つの原動力となっていたのだ。

まとめ

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今年のヤマハ・ファクトリーは王者ではありながら「最速の挑戦者たれ」というスローガンを掲げ、レースに参戦してきた。

我々はディフェンディングチャンピオンではなく、挑戦者。昨年の自分たちをライバルとして見立て、それを超える。

その思いで鈴鹿にやってきたことが、木曜から日曜まで大きな失敗を犯すことなく乗り切ることができた要因だったのかもしれない。

勝つために必要な基礎をしっかり固め、その結果をしっかり出してきたヤマハ。これから先、彼らの鈴鹿8耐黄金時代の到来も…あり得るのかもしれない。