いすゞ自動車といえば、日本を代表するバス・トラックメーカーですが、以前は乗用車も製造していました。その乗用車が玄人好みといいますか、実に基本性能を磨き上げた名車揃いだったのです。今回はいすゞ自動車の歴史を振り返りながら、いすゞの名車をご紹介します。
掲載日:2019.10/14
いすゞ自動車の歴史
いすゞ自動車の創業は1916年で、現存する日本の自動車メーカーでは、最古参です。
いすゞ自動車の源流を辿れば、江戸幕末の黒船来航にまで遡り、水戸藩が江戸・石川島に造船所を設立したのが始まりでした。
その後1893年に石川島造船所株式会社となり、1916年に自動車部門を株式会社石川島自動車製造所として独立。
1932年には政府主導で、当時の国産3社(石川島、ダット、東京瓦斯電気工業)で商工省標準形式自動車を共同開発し、完成したTX型トラックを伊勢神宮を流れる五十鈴川にちなんだ「いすゞ号」と命名されました。
石川島自動車製造所は1933年にダット自動車と合併して自動車工業株式会社に、1937年に東京瓦斯電気工業が合流して東京自動車工業株式会社に、そして1941年にヂーゼル自動車工業株式会社へと変貌を遂げます。
そして1942年に日野製造所が日野重工業株式会社として独立したのち、1949年にいすゞ自動車株式会社となりました。
いすゞ自動車の名車
いすゞ自動車は第二次世界大戦後の1953年、イギリスのルーツグループと提携し、ヒルマンブランドの中型4ドアセダン「ミンクス VI」のノックダウン生産を手掛け、「いすゞ ヒルマンミンクス」として販売します。
いすゞ自動車はヒルマンミンクスの生産で乗用車製造の技術を確立し、後に多くの名車を生み出しました。
いすゞ ベレット 1600GT
1963年に発売された「いすゞ ベレット」は、1~1.5リッタークラスの中型セダンで、トヨタ コロナと日産 ブルーバードがライバルでした。
そんなベレットのイメージリーダーとして登場したのが、2ドアクーペのベレット 1600GTです。
プリンス スカイライン GTより1か月前に発売され、日本で初めて「GT」を名乗った車となりました。
いすゞ 117クーペ
いすゞのスペシャルティーカーの元祖といえば117クーペで、1968年から1981年までの13年間モデルチェンジすることなく、月販1,000台をコンスタントにキープする人気車です。
ジウジアーロの美しいボディデザインを実現するために、プロトタイプ製造を手掛けたカロッツェリア ギアから職人を招聘し、手作業で生産していたほどのこだわりぶりでした。
いすゞ ジェミニ(3代目)
2代目モデルよりいすゞの自社開発となったジェミニは、足の良いコンパクトカー。
続く3代目モデルではその「足の良さ」を引き継ごうと、開発者の名前にちなんだ「ニシボリック・サスペンション」という4WS機構を全車に標準装備。
これが3代目ジェミニの命運を分けました。
まだ4WSが知られていない時代で、多くのドライバーの酷評をかい、販売はモデルチェンジ効果がなくなると低迷。
折しもバブル破綻の影響もあり、いすゞの乗用車製造撤退の一因となりました。
いすゞ ビークロス
いすゞ自動車といえば、ビッグホーンに代表されるSUV(当時はRVと呼称)も有名で、世界初のSUVスペシャルティーカーも市販しています。
それが、いすゞ ビークロスでした。
樹脂パーツによる曲面を多用したスタイルで、当時の武骨なRVのイメージを一変させながらも、メカニズムはビッグホーンと共通で、悪路もタフに走り抜けるギャップが魅力です。
まとめ
いすゞ自動車は日本の自動車産業の黎明期から存在し、日産など他の自動車メーカーも生み出した老舗です。
現在ではグローバルで活躍していますが、海外で販売中のD-MAXは東京モーターショーでもよく見かけます。
D-MAXの日本導入で、日本に乗用車事業で再度参戦してほしいものです。
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