国産車では新規採用車種が発表されなくなったため、あまり話題を聞かなくなり、極端なケースでは「壊れやすいから採用されなくなった」とまで言われる事さえあるDCT(デュアルクラッチ・トランスミッション)ですが、日本とアメリカ以外のメーカーでは、まだまだ多くの車種で採用されています。今回は、そんなDCTを紹介します。

6速DCT「GR6」を採用する日産R35GT-R /  出典:http://history.nissan.co.jp/GT-R/R35/1607/exterior_interior.html

変速が素早く高効率パワーユニットやスポーツユニットとの相性がいいDCT

市販車への採用はVWなどより遅かったものの、早くからレーシングカーなどで実績を積んできたポルシェは、「PDK」と呼ばれるDCTを採用 / Photo by www.twin-loc.fr

現在でもヨーロッパ製の車で数多く採用されており、国産車でも一時期は採用車種が増えそうな傾向もあったDCT(デュアルクラッチ・トランスミッション)。

その名の通り2つのクラッチを持つトランスミッション(変速機)で、簡単に言えば奇数段(1,3、5、7速など)と偶数段(2、4、6、8速など)のいずれかのギアに、クラッチを接続して走行し、クラッチをつないでいないギアはあらかじめ変速しておき、変速時には元のギアを接続解除。次のギアの接続をほぼ同時に行う事で、素早く変速可能なメカニズムです。

実際の走行でイメージすると、1速ギアに入れた奇数段にクラッチを接続し、発進&クラッチを接続していない偶数段は2速へ→加速後、奇数段のクラッチ解除と偶数弾段のクラッチ接続で2速→さらに加速後、偶数段のクラッチ解除と3速へ変速した奇数段クラッチを接続という流れとなります。

そのため、通常のMT(マニュアルトランスミッション、手動変速機)や、MTを自動化したシングルクラッチ式のAMT(オートMT、スズキのAGSなど)なら、「クラッチ解除、変速、クラッチ接続」と3ステップが必要なところを、「クラッチ解除、変速しておいた別のクラッチ接続」と2ステップで済むので、素早く変速することが可能な上にトルコン式ATよりダイレクト感があるとされている機構です。

しかも両方のクラッチを半クラ領域として「接続解除&接続」を同時に行い、エンジンから何も伝達されていない時間をなくす事も可能で、コンピューターの制御次第で効率重視にもスポーツ性重視にもできるので、小排気量のダウンサイジングターボを使った大衆車から、フェラーリなど高性能なスーパーカーまで、現在もさまざまな車に使われている技術でもあります。

DCTをあまり採用してこなかった日本メーカー

日産R35GT-R用のGR6型デュアルクラッチトランスミッション / 出典:http://history.nissan.co.jp/GT-R/R35/1607/performance.html

一時は「夢のミッション」のような扱いで脚光を浴びたDCTですが、日本の自動車メーカーが作る車では、あまり採用例がありません。

具体的な日本国内で販売された乗用車では、以下くらいです。

・日産 R35GT-R(「GR6」6速DCTのみ)
・三菱 ランサーエボリューションX(5速MTのほか、「ツインクラッチSST」6速DCT)
・三菱 ギャランフォルティスラリーアート(「ツインクラッチSST」6速DCTのみ)
・ホンダ 3代目フィットハイブリッド(「i-DCD」ハイブリッドシステム7速DCT)
・ホンダ 2代目フリードハイブリッド(同上)
・ホンダ シャトルハイブリッド(同上)
・ホンダ グレイスハイブリッド(同上)
・ホンダ 初代ヴェゼルハイブリッド(同上)
・ホンダ ジェイドハイブリッド(同上)
・ホンダ 5代目レジェンド(「SH-AWD」ハイブリッドシステム7速DCT)
・ホンダ 2代目NSX(「SH-AWD」ハイブリッドシステム9速DCT)

三菱は、両車種の廃止とともにに消滅。ホンダもフィットとヴェゼルはモデルチェンジで新たな3モードハイブリッドシステム「e:HEV(旧i-MMD)」へと切り替わり、グレイスとジェイドはモデル自体が廃止されたので、今やR35GT-Rやシャトル、フリードやレジェンド、NSXの5車種しかなくなりました。

他にホンダはアメリカ製セダン「アキュラILX」などでトルコンつき8速DCTを採用していますが国内には導入しておらず、日本では6速MTを採用したN-ONEとシビックタイプR、シビックセダンを除けば、新型車はCVTかe:HEVが採用され、i-DCD搭載車は廃止まではモデルチェンジでe:HEV化されているため、SH-AWD車にしか残らないのは確実です。

日産もZ35と言われるフェアレディZの次期モデルでは6速MTと9速ATになると言われており、R35GT-Rも2022年頃にファイナルモデルを発売して終了。

後継モデルの具体像もまだ見えてこないため、国産車ではホンダの一部高級モデルにしかDCTが残らない時代は、目前に迫っています。

DCT採用車が極端に少なく、さらに減り続ける日本メーカーの「なぜ?」

6速DCT「ツインクラッチSST」搭載車も設定された、三菱ランサーエボリューションX / 出典:https://www.mitsubishi-motors.com/jp/company/history/car/

その間にも日本市場へはDCTを採用した輸入車がスーパーカーメーカーから小型大衆車まで、多数販売されてきましたが、国産車ではもともとDCTの採用例が少ないうえに、さらに減り続けている理由は、いったいどこにあるのでしょうか。

まず日本におけるセミATの歴史ですが、日本では1950年代末から吸気管負圧を利用した真空式の「サキソマット」、あるいは電磁クラッチ式に置き換えたオートクラッチ式の2ペダルMT車は古くから存在し、いすゞNAV-5のようにクラッチを含むMT操作を電子制御アクチュエータ化したシングルクラッチ式のセミATも1980年代には登場しています。

しかし、1991年にAT限定免許が創設されるまでは、いくらイージードライブでも免許そのものはMTで取得せねばならず、セミATなら高額で、ATなら燃費が悪いというデメリットから、主役になりきれなかった時代が続きます。

その後、AT限定免許が登場したことで、「多少難があっても運転しやすい方が楽だし、事故も減る」と増えたのは、一番楽なAT車でした。

その流れを受け、トヨタ MR-SやレクサスLFAなどのシングルクラッチ式AMTが登場し、GT-RやランエボXでAT並のイージードライブとMT並のダイレクト感を両立したデュアルクラッチのDCTは、AT限定免許ユーザーにも喜ばれます。

しかし小排気量車では、トルコンによるスムーズな発進と常時駆動伝達が行われることで、エンジンとの統合制御効率が高いCVT(無段変速機)が速度域が低く渋滞の多い日本の道路事情にマッチしたことに加え、回生ブレーキなため、常時駆動伝達と路面からのフィードバックがあった方が都合のよいハイブリッド車が急増。

大排気量車では、多段化により無段変速機ほどではないにせよ、統合制御で最適なギアを選びやすく、全段ロックアップで効率化やレスポンスの問題も改善。もちろんトルコンによるスムーズな発進も魅力な6速以上のステップATが普及した事で、よほどダイレクト感とイージードライブを両立しなければいけない理由でもない限り、DCTは必要とされませんでした。

弱点を克服すべく果敢に挑戦したホンダのハイブリッドシステムだったが…

ホンダSPORT HYBRID i-DCD用のモーター内蔵7速DC / 出典:https://www.honda.co.jp/tech/auto/powertrains/idcd.html

そこで、「低速域でギクシャクするのが問題なら、その領域はモーターを使うハイブリッドにすればよかろう」と考えたのがホンダで、VWなど安価な大衆車向けの乾式単板デュアルクラッチの特許を持っていて、採用例も多かったドイツのシェフラーと、1モーター内蔵式7速DCT「SPORT HYBRID i-DCD」を共同開発。

これは、1モーター式ながら、発進から低速時はモーター、加速時はモーター+エンジン、巡航時はエンジン単体または+モーター改正、減速時はモーター回生とクラッチ接続の切り替えで多様な走行モードを実現し、スムーズな発進と7速DCTによる低燃費高効率やスポーティドライブを両立した先進的なメカニズムです。

しかし、シェフラーの乾式単板クラッチ式DCTは高温多湿地帯では、耐久性の面であまり高い評価は受けておらず、制御プログラムや冷却などによほど気を使わないとトラブルが出やすい機構だったため、ホンダでは3代目フィットで3度にわたる立て続けのリコールで国交省から叱責を受けるなど、初期の熟成不足が目立ちました。

後に改善されたモデルでは、ユーザーによっては「変速レスポンスが以前より遅い気がする」というレビューが散見されるなど、かなり安全マージンを取ったと思われます。

それでもホンダはi-DCDへ早々に見切りをつけたようで、3代目フィット系や1代限りのジェイドで全てを終わらせ、現在はミッションを使わない新世代ハイブリッドシステム、e:HEV(旧「i-MMD」)への更新を順次進めていきました。

そしてSH-4WDも、5代目レジェンド(7速DCT)と2代目NSX(9速DCT)へは採用されたものの、最新の2代目アキュラRLXでは10速ATを使ったSH-AWDへ更新されており、ホンダ自身、既にDCTへは見切りをつけているのかもしれません。

「2040年に自動車用エンジンそのものを全廃し、全てBEV(バッテリー式電気自動車)かFCEV(燃料電池式電気自動車)にする」と表明しているだけに、残り20年足らずで販売する内燃機関搭載車は、既存のATとCVT、それでも足りないなら外部からの購入で間に合わせるようです。

VWの7速DSG車も日本でリコール、電動化もあって大衆車向けDCTは縮小傾向

VWの7速DSG「DQ200」 / 出典:https://www.volkswagenag.com/en/news/stories/2019/01/dsg-from-volkswagen–the-triumph-of-the-automatic.html

日本で数多くのDCT車を販売するVWでも(VWでの名称は「DSG」)、高性能車を除く比較的安価なモデルへ搭載された乾式単板クラッチ式の7速DSGにおいては、「重要部品の耐久性不足により走行不能のおそれ」として、2019年8月にリコールを届け出。

さらに2020年4月には対象車両を拡大しており、ホンダともども「日本で売れている大衆車向けDCT」への信頼に大きな影響を与えました。

それ以前からVWのDSG車、それもボルグワーナーが特許を持っている湿式多板デュアルクラッチではなく、シェフラーの小型軽量安価な乾式単板デュアルクラッチを採用した7速DSGは、信頼性について疑問が持たれており、新車保証期間内なら問題のある部品は交換されるため大事に至らなかったものの、逆に言えばそれだけ早く問題が起きていたのでは?とも思わせます。

筆者の親族も7速DSGのザ・ビートルを所有しており、同乗した時にはその滑らかさとレスポンスの良さ、シフトインジケーターを見ていないと変速がわからないほどのスムーズさに感嘆しており、トラブルさえなければ非常に優れたメカニズムと実感していますが、個体差や使用環境の差によっては、同じ感想を抱けなかったユーザーがそれなりにいたようです。

そして何より、WEB上では10年以上前からVW車のDSGに対して信頼性に関する疑問を検証する意見が多く出回っており、2019年以降のリコール(それも2008年4月28日から2016年3月14日までの間に輸入された車というから、かなり長期にわたる)は、「ようやく」という印象を持った人も多かった事でしょう。

最近デビューした車種に搭載される乾式単板クラッチ式DCTは信頼性が上がっている事を願いますが、どのみち電動化が進めば大衆車から真っ先にEV化され、DCTは、より高出力に対応可能な湿式多板クラッチ式を搭載した高級高性能モデルが、最後に残ると思われます。

今も採用車種は多いものの、今後は特殊なスーパーカーなどへ限られる傾向

最新のゴルフVIIIディーゼルモデル、ゴルフGTD。ヨーロッパで内燃機関の時代が終わる頃、DCTもまた表舞台からほとんど姿を消すに違いない / 出典:https://www.volkswagenag.com/en/news/stories/2020/03/volkswagen-presents-new-products-online.html

既に日本の自動車メーカーからは見限られたように思えるDCTですが、海外ではヨーロッパを中心に変速用アクチュエーターを油圧から電動に切り替えるなど、機械的負担の低減や効率化。

メカニズムの小型軽量や低価格化を目的に改良が加えられつつ、純ガソリン車を中心に、まだまだ現役のメカニズムで、日本でも輸入車ではポピュラーなメカとして使われ続けるでしょう。

しかし軽自動車からリッターカークラスではCVT、コンパクトカーから中型車では6~8速AT、大型車では8~10速ATの採用が多く、特に全段ロックアップ機構の発展と多段化で、効率性もレスポンスもDCTに負けないレベルで発展したステップATによって、高度なスポーツ性まで要求されない車種がDCTを採用しない例は増えています。

また、電動化時代に入ると、特にモーターのみで走る車では変速機自体が不要であり、これまでDCTを積極採用してきたヨーロッパが、2015年に起きたVWの「ディーゼルゲート」(検査不正)以降、急激な電動化推進へ鞍替えしてきた事を考えると、今後はDCTどころか、多段式または無段変速機を採用する車の新車販売自体が、年を追うごとに減っていく事でしょう。

初期にレーシングカーやスポーツカーで使用されたものはともかく、急速普及した時代のDCTは「何とか排ガス規制を逃れた上で、日本が先行するハイブリッド車に内燃機関のドライブフィールで対抗するための方便」だったため、今後の方向性として電動化へ突撃するなら、もはや一部のマニアックなスポーツカー以外では不要な技術となりました。

全てのDCTが壊れやすいとまでは一概に言えず、世界的に見れば採用車種もまださほど減ってはいませんが、もはや増えもしないのは確実と言えるでしょう。