強豪外国勢VS日本の精鋭たち

©︎富士スピードウェイ

中でも優勝候補は、後にキャリアをF1へと進めた2人のドライバーでした。

チームは別々でしたが、それぞれ7.0L シボレーのV8エンジンを搭載するモンスターマシン「マクラーレンM6B」での参戦だったのです。

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まず、「シェルビー」から出場する伊達男ピーター・レヴソンは、この翌年にスティーブ・マックイーンとともにセブリング12時間レースにエントリーするなど華々しい話題が尽きない人物でした。

1969年当時は売り出し中でしたが、その後1971年にCan-Amチャンピオンを獲得した他、F1でもシーズン5位というリザルトを残しています。

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そしてこちらは、”ミスター・ナイス”の異名をとるマーク・ダナヒューのマシンです。

おっとりした外見にも関わらずフォーミュラ、スポーツカー、ストックカーなど、どれに乗せても速いという天才肌で、彼もまた、後にF1で活躍する事になります。

そんなマーク・ダナヒューは、70年代以降のCan-Am、そしてCARTで栄華を極める「ペンスキー」からの出場でしたが、当時はまだ新興コンストラクターに過ぎませんでした。

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対するトヨタはワークス体制で、5台ものマシンを一挙に投入します!

細谷四方洋、鮒子田寛、川合稔、福沢幸雄、大坪義男という精鋭5名がステアリングを握り、3.0L V8エンジンを搭載する「トヨタ・7」でモンスター達に勝負を挑みます。

写真はギリシャ人とのハーフでパリ育ち、ファッションモデルを務めるほどのイケメンというスーパーハイスペックな福沢がドライブしたマシンです。

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日本グランプリでトヨタ・日産と「TNT対決」を繰り広げたタキ・レーシングも、長谷見昌弘を擁して出場していました。マシンは「ローラT70 MKⅢ」で、予選順位は10位とまずまずの結果でした。

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そして、「大京スペシャル」というエントリーネームのこのマシン。予選終了後に急きょ高橋国光のドライブで出場が決定した…という、今では考えられないドタバタ劇が話題を呼んだ1台です。

ちなみに決勝は当然最後尾スタートながら、1ラップで8台をごぼう抜き!しかし2周目に冷却系トラブルが発生し、早々と戦線離脱してしまいました。

 

決勝は外国勢がトップ独占!上位陣の脱落でトヨタが4位に滑り込む

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英雄スターリング・モスのドライブするペースカーの先導のもと、隊列を整える各車。

ところでこの画像、何かとてつもない違和感を覚えませんか?実はこのレース、今ではあり得ない4.3kmショートコースの左回り・・・つまり”逆走コース”が使用されたのです。

当時の最終コーナー(左回りの1コーナー)は現在とは違う超高速コーナーで、30度バンクほどスピードが乗らないとはいえ、ラインが掴みづらく難しいコーナーでした。

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スタート直後に一挙に飛び出したのは、ポールポジションのダナヒューでした。予選でのラップタイムはトヨタより10秒も上回っており、地響きのようなエンジン音と共に恐ろしい速さを見せました。

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上位はマクラーレンとローラの独壇場劇・・・トヨタはしぶとく走り続けるしかありませんでした。

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ヘアピンから100Rへ向かう各車!まさに現在では違和感いっぱいの逆走です。

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こんなところにも後の伝説的ドライバーがいました。手前を走る赤いマシン、4度のインディー500優勝・CARTでも3回王座に輝く若き日のアル・アンサーが操るローラT160です。

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その後ダナヒューは終盤までレヴソンとの一騎打ちが続いた後、67周目に燃料が引火し炎上というトラブルに見舞われてしまいます。

幸い彼自身は無事でしたが、ゴール間際であえなくリタイヤを喫してしまいました。

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一方のレヴソンは快調に飛ばし、2位に4ラップもの大差を付けて堂々の優勝!マクラーレンの速さをまじまじと見せつけました。

本場Can-Am勢の600馬力に対し330馬力ほどのマシンで挑んだトヨタ勢は、ガマンの走りで福沢が4位を獲得します。

タキ・レーシングの長谷見は、トラブルで11位完走という結果に終わりました。

結局レブソンをはじめS・ポージー、J・ボニエと表彰台は外国人が独占する結果となったのです。

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大地に轟く大音量で駆け抜けたビッグパワーマシン達は、日本のレース界にとてつもないインパクトを与えました。

3月12日、開業50周年記念イベント「富士ワンダーランドフェス」開催!

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日本初のF1レース開催をはじめ、様々なレースの舞台となった富士スピードウェイで記念イベント「富士ワンダーランドフェス」が開催されます。

この当時走っていたマシンも登場予定。さらにグループCかーやGC、ツーリングカーなども集まる、大注目のイベントとなります。

入場は無料。

滅多に見られない往年の名車たちが集うイベント、目が離せません!

富士スピードウェイ50周年記念イベント『FUJI WONDERLAND FES!』公式ページ

 

まとめ

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初開催を実現した日本Can-Amは、日本人にとっては、ただただ、外国勢の強さを見せつけられた一戦でした。

しかしこの敗北が、トヨタにCan-Amで通用するモンスターマシン開発を決意。そして翌1969年、トヨタは2度目の日本Can-Amでリベンジマッチに挑むのです。

この続きは、次回の記事でご紹介します。

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