2014年から新たに導入されたパワーユニットに内蔵されるERS(エネルギー回生システム)は、現在のF1を制するために各チームが熱心に開発に取り組む装置として知られています。しかし、このERSとは一体どのような機能を持ち、私たちの生活にどのような影響を与えるのでしょうか?そして、このERSを巡って巻き起こる議論とは?今回はその機能や歴史についてご紹介したいと思います。

 

©Pirelli

2014年のレギュレーション改定で登場したERS

 

©Pirelli

 

今季、F1は大きなマシンレギュレーションの改定から3年目のシーズンを迎えています。

近年は毎年のようにマシンに関するレギュレーションが変更されてきましたが、2014年以降はさらなる進化を目指し、燃料をより効率良く使えるかという事がマシン開発の重点に置かれることになりました。

かつてF1は、燃料やタイヤを沢山使ってでも速く走れればいいという考え方が一般的でしたが、それ以降は1レースで使用できる燃料が100kg(現在は105kg)に制限されることになりました。

さらにはターボの復活や1.6L V6へエンジンの小型化が図られ、新時代の到来を予感させるパワーユニットの導入が決定。

このパワーユニットとはICE(エンジン)、ターボチャージャー、ERS(エネルギー回生システム)、バッテリーから成り立っており、これまでのエンジンに取って代わり、パワーを発生させる心臓部分として導入されました。

この中でもERSは開発の余地が大きいとされており、このデバイスの性能差がマシンの速さに大きく影響することから、ERSを制する者がF1を制すると言っても過言ではない程、勢力図に大きな影響をもたらしているのです。

 

そもそもERSって何?

 

©︎Mercedes AMG

 

そもそもERSとは一体どのようなものなのでしょうか。

ERSとはEnergy Recovery Systemの略で、これを日本語に直訳するとエネルギー回生システムという事になります。

その名の通りERSは発生した熱や運動エネルギーを回収。

これを電気エネルギーに変換し、マシンの動力として再利用するための装置です。

そのエネルギーを回生するために搭載されているのがMGU-H(熱エネルギー回生システム)とMGU-K(運動エネルギー回生システム)で、これら2つを合わせた物をERSと呼びます。

MGU-Hはエンジンから排出される排気の熱を、MGU-Kはブレーキで発生した運動エネルギーをそれぞれ電気エネルギーに変換し、今度はそれを出力として利用しています。

つまり、ERSがあることによってこれまでは捨てられていたエネルギーを再利用でき、小型化されたエンジンと組み合わせることによって、より少ない燃料で高出力かつ長い距離を走行することが出来るようになりました。

それではもう少しこれらの役割について詳しく見ていきましょう。

 

MGU-H(熱エネルギー回生システム)

 

 

MGU-Hは(Motor Generator Unit-Heat)の略で、エンジンから排出される熱エネルギーを変換する事が主な役割です。

しかし、それだけでなくマシン加速時にはターボエンジンで発生する症状である、ターボラグを防ぐという役割も持っています。

ターボラグとはターボエンジン搭載車に起こる特有の症状で、減速から加速に移る際に排気の量が増加し、本来の性能を発揮することが出来なくなってしまうのです。

そこで、MGU-Hがコンプレッサーを回転させることによって、タービンに排気が到達するまでの間でもターボラグを防ぐという役目を果たしています。

共にERSを構成するMGU-Kの最大出力が120kwに制限される中、こちらのMGU-Hの最大出力は制限されていないため、この装置の改良が出力を上げるために重要だと言われています。

また、このMGU-Hで余ったエネルギーは、MGU-Kに上乗せさせて放出することも出来るので、無駄なく加速時のパワーアップを図ることが出来るのです。

 

MGU-K(運動エネルギー回生システム)

 

 

MGU-Kは(Motor Generator Unit-Kinetic)の略で、ブレーキで発生した運動エネルギーを回生する装置です。

ブレーキング時に発生した運動エネルギーを電気エネルギーに変換し、それをバッテリーに蓄える事が主な役割となっています。

そして、そのバッテリーに蓄えられたエネルギーを加速時に放出することにより、エンジンの出力を向上させるだけでなく、燃費の改善を促しているのです。

この仕組みは既にハイブリッドの市販車にも取り入れられており、高度な技術が取り入れられている近年のF1の中では、私たちに最も身近な技術と言えるでしょう。

ちなみにこのMGU-Kの前身は2009年からF1に導入されたKERS(運動エネルギー回生システム)であり、これはF1に初めて搭載されたエネルギー回生システムでした。

KERSとして搭載されている際にも、ブレーキで発生した運動エネルギーを回生するという点で大きな違いはありませんが、当時は放出量が1周当たり400KJだったものが、現在では4MJと10倍もの出力を発揮でき、その性能差は歴然。

以前は、ドライバーがステアリングに付いていたボタンを押すとパワーが放出されるという仕組みになっていましたが、現在はドライバーの任意では無く、プログラミングによって放出量などが設定されています。

 

燃料効率で素晴らしい進化を見せているパワーユニット

 

 

では、このERSを搭載するパワーユニットが導入されてから、F1マシンはどれほど燃料を効率良く使えるようになったのでしょうか。

パワーユニットが導入される前の2013年の時点で、F1のエンジンは燃料が持つエネルギーの29%をエネルギーに変換していたと言われています。

これは、燃料が持つエネルギーの約7割が無駄なエネルギーとして捨てられていたという事になるのです。

しかし、パワーユニット導入以降はこの熱効率は大幅に向上し、導入初年度の時点で既に40%まで向上するという大幅な進化を見せました。

これは熱効率に優れるプリウスにも匹敵する数値であり、さらに導入初年度は開発が凍結されていましたが、2015年以降はメーカー間での開発競争が徐々に解禁され、その性能はさらに進化する事が予想されています。

ちなみにパワーユニットが導入されて以降、圧倒的な強さを見せているメルセデスのパワーユニットは、熱効率が約47%まで向上したと報じられています。

 

F1マシンの熱効率は電気自動車を超えている!?

 

©︎FIA Formula E

 

このように環境保全に対し大幅な進化を見せているF1マシンですが、すでにエネルギー効率という観点において電気自動車を上回っていると言われています。

電気自動車は燃料を使用せずに走行できるため、燃料を使用するF1マシンの方が環境に優しいという事は変だと思われる方もいるかもしれません。

では、これは一体どういう事なのでしょうか。

電気自動車は燃料を使用しないので、走行する際には必ず電気が必要となります。

その電気を作るために石油や石炭で電気を作り出す火力発電の場合の熱効率はおよそ33%と言われており、先述したF1マシンの熱効率を下回ることになるのです。

これは発電の方法によって異なりますが、未だ多くの国が火力発電に頼っていることもあり、こうしたF1の技術開発によって現状では必ずしも電気に頼ることがベストではないという事が証明されています。

これは解決策にはならずとも燃料を使わないことが良策という考え方に一石を投じ、残り少ないと見られている資源を有効に使うための新たな方法を生み出したと言えるでしょう。

現在、世界的に如何に燃料を使わずに、電気や水素などの違った資源をエネルギー源に置き換えるという考え方が広まっていますが、現在のF1マシンでは、燃料を使っても尚、効率良く資源を使う技術を確立して見せたのです。

 

F1の方向性を示唆するERSという存在

 

©Mercedes AMG

 

このように環境保護や自動車の未来において、ERSを含むパワーユニットが大きな進化を見せていますが、実はこの動きに誰もが賛成している訳ではありませんでした。

この新たな試みによってF1は環境保護という観点において大きく前進したことは言うまでもありませんが、レースの興行面では成功ばかりでは無かったのです。

パワーユニットの登場によってF1から迫力のあるエンジンサウンドが失われ、導入当初にはドライバーが燃費に苦しむあまり全力で走ることが出来ず、レース本来の形が失われてしまったという意見も少なくありません。

すでにパワーユニット導入から4年目のシーズンを迎えていますが、こうした議論はファンや関係者の間でも未だに続いており、時には元の自然吸気エンジンに戻すべきではないかという厳しい声がある事も事実です。

しかし、2015年に再びF1参戦を果たしたホンダは、F1が新たな技術開発を行う方針に賛同した末の復帰だったので、ERSの導入には新たなF1チームを参入させる役割を果たすという期待も込められています。

また、この4年間で大幅な進化を見せたF1マシンは、常にこのERSを中心に回ってきたという見方も出来ると思います。

ERSの開発を続け環境保護の流れに沿うのか、はたまた昔ながらのレースの魅力を取り戻すためにこれを撤廃するのかという決断は、今後のF1そのものの方向性をにとって、重要な選択となっているのです。

 

まとめ

 

導入以来素晴らしい進化を見せているERSですが、その存在を巡ってこれまで多くの議論が巻き起こってきました。

現在のF1は環境保護とレースのエンターテイメント性のはざまで揺れていますが、今後の行方についてはドライバーや関係者の間でも未だ意見が分かれています。

ERSが導入された2014年と現在を比較すると、耐久性や性能面で大幅な進歩を見せており、開発にあたるエンジニアたちの技術力を改めて証明する形となりました。

まだこのERSの存在は世間に広く浸透しているとは言えませんが、この技術開発の意義がさらに社会に浸透することによって、ERSの存在価値はさらに高まっていくのかもしれません。

 

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