1980年代後半から1990年代にかけて、4WS(4輪操舵)が流行った時期がありました。それはフロントタイヤだけでなくリヤタイヤの向きも変えることで高速安定性や低速時のより小さい旋回半径を実現するメカニズムでしたが、現在では高級車やスーパーカー、特殊な車以外、積極的に採用されていません。それにはもちろん理由があるのですが、それまでの過程で「そんな車にまで4WSが必要なのか?」という車種にも採用例がありました。それが軽自動車唯一の4WS車、ダイハツL220S ミラTR4 / TR-XXアヴァンツァート4WSです。

掲載日:2018/11/10

ダイハツL220S ミラTR-XXアヴァンツァート4WS  / ©ダイハツ

 

 

「ミラ」シリーズで付加価値を高めたいダイハツの果敢なる挑戦

 

ダイハツL220S ミラTR-4 EFI  /  ©ダイハツ

 

1990年1月からの規格改正でエンジンの排気量が550ccから660ccへと拡大、最高出力と最大トルクが向上したことで、より高速化、大重量化へ対応できるようになり、特にベーシックなNA(自然吸気)エンジンでそれが可能になったメリットは大きなものがありました。

その中で、軽自動車メーカー各社はそれぞれ付加価値を高めるべく試行錯誤して多様なモデルを販売していきます。

その中にはスズキ ワゴンRやダイハツ ムーヴのように、現在の軽自動車の主流であるトールワゴンタイプ初期のヒット作もありましたが、まだまだ車種が少ない時代だったので、ベーシックモデルたる軽セダン(乗用ハッチバック車)の派生型も数多く生まれました。

当時の軽自動車No.2メーカーであり、No.1のスズキを追撃していたダイハツも派生モデルの開発には熱心で、550cc時代からミラ・ウォークスルーバンやハイゼット・デッキバン、ハイゼット・ジャンボなどを既に送り出しています。

660cc時代に入ってからもリーザスパイダーなどで価値観の多様化に意欲的で、ベーシックモデルのL200系ミラ(3代目)でも競技用モデルのミラX4-R、高級モデルのミラ・グランなどをリリース。

しかし、その中でも特異だったのがミラTR-4で、1987年デビューの3代目ホンダ プレリュードに採用されて以降、各メーカーで採用車種を増やしていた4WS(4輪操舵)を採用していました。

各社ともミドルクラス以上のスポーティなモデルへの採用が多い中、軽自動車に採用したのは後にも先にもこのL200系ミラだけです。

 

最終的にミラシリーズ最高額のレア車へ

 

ダイハツL220S ミラTR-XXアヴァンツァート4WS / ©ダイハツ

 

1990年3月にL200系ミラがデビューした際に設定されたミラTR-4 EFIは、TR-XXと同じ3気筒SOHC12バルブターボエンジンを搭載したスポーティグレードで、後にNA版の「TR-4」が1990年11月~1991年8月の短期間のみ設定されていました。

いずれも「L220S型」という、基本型式が3桁なら真ん中の数字は2WDなら「0 / 5 / 7」、4WDなら「1 / 6 / 8」いずれかであるダイハツ車において、型式真ん中の数字「2」はかなり珍しいもの。

後年ハイゼットカーゴ(2007年以降の10代目)でS320型が登場するまでは、欠番に近い番号だったのです。

1991年9月にミラのホットモデル、「TR-XX」シリーズが「TR-XXアヴァンツァート」シリーズへと改称されたのを機に、NA版を廃止してターボのみTR-4 EFIからTR-XXアヴァンツァート4WSと改称し、1994年8月のモデルチェンジまで存続。

ただしTR-4時代もTR-XXシリーズの1台とされており、カタログはベーシックモデルではなくTR-XXシリーズの方に掲載されていました。

TR-XX(TR-XXアヴァンツァート)とTR-4(TR-XXアヴァンツァート4WS)の価格差は以下の通りです(いずれも5速MTで比較)。

【1990年1月】

TR-XX EFIリミテッド:103万3,000円

TR-4 EFI:94万4,000円

【1992年8月】

TR-XXアヴァンツァートR:119万8,000円

TR-XXアヴァンツァート4WS:125万円

初期のTR-4はTR-XX専用装備の装着が少なく、それはTR-XXアヴァンツァート4WSに改称されてからもASB(後輪のみABSのアンチスピンブレーキ)やビスカスLSDは無かったものの、パワーステアリングなどを追加してミラシリーズの乗用モデルでは最高価になりました。

そのためかTR-4は街でもソコソコ見かけたものの、TR-XXアヴァンツァート4WSはあまり見かけず、いわゆるレアグレードの中でも”超レア”に属するかもしれません。

 

元から小回りが利くミラの旋回半径を最小化&高速安定性を向上!

 

ダイハツL220S ミラTR-XXアヴァンツァート4WS / ©ダイハツ

 

TR-4シリーズ / TR-XXアヴァンツァート4WSのメカニズムは「カム舵角応動型4WS」、つまりフロントステアリングの切れ角に応じて、ギアやシャフトでフロントから繋がれたリアの操舵機構が機械的に作動する機械式4WSです。

一見、4WDの前後駆動伝達を行うプロペラシャフトに見えるものの、それにしてはずいぶん細いのが操舵伝達シャフトで、この存在ゆえに4WDとの並立は難しく、4WDS(4輪駆動&4輪操舵)の多くは後輪の操舵が機械的に独立した電気制御式4WSとは異なります。

物理的制約はもちろんコスト面の問題もあったのか、機械式を採用したTR-4シリーズ / TR-XXアヴァンツァート4WSでは、大角度で操舵を行わない高速走行域では前後タイヤが同じ方向に向く「同位相制御」で、リアタイヤの操舵開始を若干遅らせることで挙動の違和感を低減。

そして車庫入れなど低速域では前後タイヤが逆方向に向く「逆位相制御」で、フロントのみ操舵するモデルの最小半径が4.4~4.5mのところ、4mと極小化に成功しています。

それでは、途中で次第にステアリングの切れ角を増していく急カーブではどう動くのかといえば、初期は同位相制御、切れ角を増すとすみやかに逆位相制御に移ってアンダーステアを解消するオンザレール感覚のコーナリングが可能という仕組み。

ただし、スポーツ走行にせよ車庫入れにせよ、フロントのみの操舵に慣れたドライバーにとって4WSはどうしても違和感のあるものだったようです。

スポーツ走行ではそれほど問題にならなかったというより、ASBやLSDの欠如でTR-XXアヴァンツァートRほどの走行性能を発揮するには至らず、サーキット走行会やジムカーナではそもそも販売台数が少なかったのか、見かけること自体が希でした。

低速の車庫入れでは便利そうにも見えますが、普通のミラのつもりでハンドルを切ると意図した以上に小回りが効いてしまうため、納車前の保管場所に駐車する段階での接触事故もかなり多かったという逸話が伝わっています。

 

ミラTR-4シリーズ / TR-XXアヴァンツァート4WS 代表的なスペックと中古車相場

 

ダイハツL220S ミラTR-4 EFI  / ©ダイハツ

 

ダイハツ L220S ミラTR-4 EFI 1990年式

全長×全幅×全高(mm):3,295×1,395×1,410

ホイールベース(mm):2,280

車両重量(kg):660

エンジン仕様・型式:EF-JL 水冷直列3気筒SOHC12バルブ ICターボチャージャー

総排気量(cc):659cc

最高出力:64ps/7,500rpm

最大トルク:9.4kgm/4,000rpm

トランスミッション:5MT

駆動方式:FF

操舵方式:4WS

最小回転半径:4.0m

中古車相場:-(流通ほぼ皆無)

 

まとめ

 

軽自動車の付加価値増大のため試行錯誤された産物、唯一の軽4WS車ダイハツL220S ミラTR-4シリーズ / TR-XXアヴァンツァート4WS。

高速安定性や極力違和感無く操作できるようにという配慮され、狭い場所での転回能力といった点で優れてはいたものの、やはり操作にはフロントのみ操舵と比べればある種の慣れが必要でした。

ドライバー自身はともかく、普段乗らない人にハンドルを任せて大丈夫かといえば若干不安があったのも確かで、何より元から最小回転半径の小さい軽自動車だったので、4WSが必要な場面がどれほどあるかという疑問も出てきます。

しかし、例えば極端に道が細くてカーブのR(半径)も小さい山奥の寒村などでは、ショートホイールベースの軽トラ並みの小回りが可能な数少ない軽乗用車として重宝される姿も見られました。

そうした非常にニッチな場面以外での必要性が薄い割に高価で整備に手間がかかることもあり、結局このL200系ミラ1代きりで消えてしまいましたが、現存して問題無く動作すれば、「こういう車があるとありがたい」と思う人は案外多いのかもしれません。

現役当時からレア車で中古車の流通台数も非常に少ないので、今でもお持ちの方は試行錯誤時代のダイハツが遺した機械遺産だと思って、大事に乗って頂きたいと思います。

 

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