前からステーションワゴンのホンダ オルティアが走ってきたと思ったら4ドアセダン。すれ違いざまに振り返ると、ドマーニやいすゞの5代目ジェミニではなく、2代目シビックフェリオに似ているような?いえいえ、それはプリモ店やクリオ店のように小型4ドアセダンを持たないホンダベルノ店向けに登場した、「インテグラSJ」です。
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SJはShort Juniorではなく「セダン・ジョイフルの略です!
その昔、トヨタに限らずほとんどの国産車メーカーが複数の販売チャネル(系列)を持ち、チャネルごとに想定するユーザーを振り分け、あちらは高級こちらはスポーツ、そちらは大衆向けや若者向けと、雰囲気の異なる車を販売していた時代がありました。
それは、高級車の商談が進む隣で作業服姿の社長がトラックやバンの商談をしていたり、子連れの若いファミリーが楽しそうにしているとショールームの雰囲気に統一感がないなどの理由でしたが、今や「ホンダカーズ」に販売店のブランドを一本化したホンダも、例外ではありません。
1980年代から2000年代半ばにかけて、レジェンドなど高級モデル中心の「クリオ店」、シビックを中心にした若い大衆向け「プリモ店」、プレリュードやインテグラ、S2000などスポーティ路線の「ベルノ店」に分けられていました。
しかし、1990年代に入るとRVブームなのに売る車がない、バブルが崩壊すると高級車やスポーツカーでは販売台数を稼げないといった問題が生じます。
特にコンチェルトやドマーニのようなシビックセダン(シビックフェリオ)の高級バージョンを販売していたクリオ店とは違い、スポーティさと対極の穏やかな小型セダンを持たないベルノ店では深刻な問題で、1986年に廃止したバラード(ワンダーシビックセダンの姉妹車)以来となる、小型ファミリーカーが求めらたのです。
とはいえ、バブル崩壊後の不況真っ只中なため、いち販売系列のために新型車を起こすわけもなく、ドマーニのように内外装に大きな変化をつけるコストもかけられません。
そこで、長期販売していたシビックシャトル/シビックプロ後継で、RVブームに対応したシビックベースのステーションワゴン、「オルティア」のフロント部を2代目(通算6代目)シビックフェリオへ移植し、テールランプにクリアレンズを採用するなどの小変更でデザインを整えた「インテグラSJ」を開発。1996年3月に発売しました。
インテグラの名を与えつつ、コンセプトはあくまで「端正なセダンの上質なきもちよさ」とし、性能や快適性、感性において同クラスセダンよりひとクラス上を狙ったとしており、SJは「セダン・ジョイフル」の略とされていました。
ただし、当時の自動車雑誌などでは扱いが小さかった事もあり、説明不足は否めず、筆者など若気の至りで、「Short Junior」の略かと思っていたほどです。
ラインナップは全て1.5リッターのD15B搭載車で、非VTECのSOHCハイパー16バルブへ5MTか4ATを組み合わせたベーシックバン「EXi」と、4ATではなく当時最新のCVT「ホンダマルチマチック」を組み合わせた「LXi」、最上級グレードは高出力と省燃費を両立したSOHC3ステージVTECに5速MTかCVTの「VXi」でした。
3ステージVTEC版のD15Bなどは最高出力130馬力なため、SOHCとはいえひと昔前のDOHC16バルブスポーツエンジン「ZC」と同等の出力でしたが、既にシビックには170馬力のDOHC VTEC「B16A」が搭載されており、ドマーニのように1.6リッターの「D16A」が積まれる事はなく、インテグラの4ドアハードトップ(DB8など)と被らないようにしていたようです。
日本市場では地味な存在ながら、タイではいすゞ バーテックスとしてソコソコの人気
いかに情報化社会以前の車とはいえ、見る人が見れば「ドマーニほどの違いもない、DOHC VTECも積まず、オルティアの顔をしただけのシビックフェリオ」なのは一目瞭然で、単にベルノ店で販売ランナップの隙間を埋めるだけの車、というのは明らかでした。
しかも、インテグラ一族を名乗る割にはスポーティでもなく、折しも「インテグラタイプR」の登場で、タイプR以外のインテグラに格落ち感が出て存在感も薄くなっていた頃だった事、さらにはCMでもインテグラCMの終盤に「インテグラSJ登場」とチョイ役扱いだったため、1万台も売れていません。
しかし、独自開発の乗用車から撤退していたいすゞへは、ドマーニを「ジェミニ」としてOEM供給していた日本市場とは異なり、タイ市場ではインテグラSJを「バーテックス」という名でOEM供給。
シビッククラスのセダンでも庶民向けとしては販売価格が高く、高級車扱いだった新興国ではバーテックス程度の性能や車格でも十分通用し、日本のような「インテグラでもシビックでもドマーニでもない、知名度が低い車」扱いも関係なかったため、インドネシアなどの周辺国も含め、いすゞ最後の乗用車としてソコソコの販売台数を記録したそうです。
おかげで海外の自動車マニアからも、「もし将来いすゞが乗用車市場へ復帰するとすれば、バーテックスのようにバッジエンジニアリング(OEM)から再開する事になるだろう」と言われています。
主要スペックと中古車価格
ホンダ EK3 インテグラSJ VXi 1996年式
全長×全幅×全高(mm):4,450×1,695×1,390
ホイールベース(mm):2,620
車重(kg):1,070
エンジン:D15B 水冷直列4気筒SOHC 3ステージVTEC16バルブ
排気量:1,493cc
最高出力:96kw(130ps)/7,000rpm
最大トルク:139N・m(14.2kgm)/5,300rpm
10・15モード燃費:17.2km/L
乗車定員:5人
駆動方式:FF
ミッション:CVT(ホンダマルチマチック)
サスペンション形式:(F・R)ダブルウィッシュボーン(中古車相場とタマ数)
※2021年3月現在
流通皆無
それでも当時のベルノ店には貴重な1台だったインテグラSJ
発売当時から「どのへんがインテグラなのか」、「オルティアセダン?」と言われ、今となっては中古車市場にも全く流通していないため、すっかり忘れ去られた車、若い人なら存在した事自体を知らない車となったインテグラSJ。
しかし、景気が悪いどころか最悪な時代の多チャネル販売体制では、「1台でも売れる車が増えると少しは嬉しい」わけで、たとえ販売台数は少なくとも、ベーシックグレードならインテグラ4ドアハードトップより安く、少し小型で扱いやすいインテグラSJは、「バラードの再来」として、ありがたい存在だったに違いありません。
インテグラを名乗らず3代目バラードとして販売していれば、という気がしないでもありませんが、バラード自体がクリオ店のドマーニやコンチェルトより知名度の低い車だった事を考えると、インテグラのネームバリューを活かした方が正解だったのでしょう。
その後のベルノ店はロゴやフィット、フィットアリアなど「売りやすい小型車」を他の2系列ともども併売した期間を経て、2006年に現在の「ホンダカーズ店」へ統一されますが、インテグラSJはそれまでのつなぎ役として一定の役割を果たし、2000年9月に生産を終了。ひっそりと消えていきました。