ポルシェ911と言えば、今でもRR(リアエンジン・リアドライブ)レイアウトを貫く孤高のスポーツカーとして、クルマ好きでなくとも知っている人が多い、非常にネームバリューの高い車です。しかし最新の992型でも「形は確かに911で、それ以外に見えない」ものの、日本の5ナンバーサイズよりはるかに小さかった初代901型と比べれば「肥大化」とすら言われるほど大きくなりました。その理由は、一体なぜなのでしょうか?

ポルシェ356(奥)、初代901型ポルシェ911タルガ(右)、8代目992型ポルシェ911タルガ4S ヘリテージデザインエディション(左) / 出典:https://www.porsche.com/china/en/accessoriesandservice/exclusive-manufaktur/uniqueness/heritage-design/targa-edition/

ポルシェ911今昔、昔の911は日本の5ナンバーにピッタリ収まるコンパクトスポーツ

初代901型ポルシェ911ST2.5 / 出典:https://www.porsche.com/japan/jp/aboutporsche/christophorusmagazine/archive/383/articleoverview/article05/

昔は「ジッポーとポルシェは最後の砦」などと言われ、空冷フラット6エンジンの重厚なサウンドを響かせる硬派なスポーツカーという印象だったポルシェ911ですが、特に初代から3代目964型までは実車を見るとアレレと思うほど小さく、それでいてズッシリ重たい塊感を感じさせる車でした。

それもそのはずで、1963年に発表された初代901型のスペックを確認すると、全長4,163mm、全幅1,610mm、全高1,320mmと、日本の5ナンバー小型車枠(全長4,700mm、全幅1,700mm、全高2,000mm以内)に収まるどころか、当時のトヨタ クラウンや日産 セドリックなどの5ナンバーフルサイズ車に比べても、ずいぶん小さかったのです。

ただし初期の901型は操縦安定性に問題を抱えており、改善の一貫としてホイールベースを延長。

さらにアメリカの安全基準に合わせ、ビッグバンパーや5マイルバンパーと呼ばれた大型バンパーに変更されるなど、1973年型のカレラRSR2.7では全長4,291mm、全幅1,652mmと少々大きくなっています。

そして2代目930型のターボでは、強大なパワー/トルクに対応する太いタイヤが採用されたため、フェンダーを拡幅。

全幅1,775mmに達したとはいえ、基本的には901型同様のコンパクトなボディで、3代目964型に至っては、若干のダウンサイジングすら敢行されたほどでした。

もっとも、同時期のヨーロピアンスポーツカー、たとえばジャガーEタイプやアストンマーティンDB5も今の5ナンバーサイズに収まる大きさだったため、911だけが特別小さかったわけではありません。

「911を継続せよ!」転機となった2代目930型

2代目930型ポルシェ911ターボ3.0 / 出典:https://www.porsche.com/japan/jp/aboutporsche/christophorusmagazine/archive/367/articleoverview/article07/

当時としては常識的なサイズながら、現在からすればかなりコンパクトなボディだったポルシェ911ですが、前作356から踏襲されたリアに空冷水平対向エンジンを搭載し、RR(リアエンジン・リアドライブ)レイアウトというパッケージに、ポルシェ自身満足していたわけではありません。

6気筒エンジンの搭載と大型化で、コストが高額になったことで、356の完全な後継とは言えず、4気筒バージョンの912や、より小型軽量安価なミッドシップ2シーターの914を必要としただけでなく、901型の初期には操縦安定性に不安を抱えてホイールベースを延長するなど、当時としても「マニアックな車」でした。

何より2+2レイアウトはともかく、ラゲッジスペースが不足しており、実用面から考えれば、914の後継である924や、大型ラグジュアリーGTの928と同じく、テールゲートを持つFRハッチバッククーペの方が好ましいと考えられたのです。

そこで2代目930型の後継にはFRハッチバッククーペで928と924の中間サイズの944をあて、ポルシェ911は2代限りで廃止される事も検討されました。

しかし、実際には356以来のユーザー層から猛反発を受け、944など実用性も高いFRスポーツと並行した、RRレイアウトのリアルスポーツGT路線で911も継続する事を決定。

「基本レイアウトも形も911そのもの」ながら、コイルスプリングの採用など、新時代の要素が取り入れられ、ほぼ新設計となった3代目964が登場します。

さらには、グループBマシンである956の技術を使った4WDモデルやAT車も登場するなど、広いユーザー層へアピールする技術も投入されました。

そうこうしているうちに924が消え、944が消え、最後の空冷エンジン911となる4代目993型の時代には928も968も消えて、FRスポーツのポルシェは消滅。

新たにミッドシップのエントリーモデル、ボクスターやケイマンが登場したものの、2+2シーターのポルシェスポーツクーペは、結局911がその全てを担う事となったのです。

仮に2代目930型で911が終わり、944へ全てが託されていた場合、当然ながらその後の911大型化はなく、それどころか自動車メーカーとしてのポルシェも存続していなかったかもしれません。

ユーザーの体格向上と近代化、水冷化で大型化が進んだ新世代の911

水冷化と大型化を一挙に推し進めた5代目996型ポルシェ911 / 出典:https://www.porsche.com/japan/jp/accessoriesandservice/classic/models/996/

こうしてエントリーモデルのボクスター(と、後にケイマン)を除き、ポルシェの高性能スポーツとラグジュアリーGTを一手に担う事となった911ですが、1998年に登場した5代目996型で水冷エンジンへ変更されたのを機に、新世代スポーツへの脱皮が図られ、思い切ってボディが拡大されました。

その頃には日本人のみならず、欧米各国でもユーザーの体格が初代901型の時代より大きくなっており、ホイールベースを延長しなければ、2+2クーペとしての車内空間と衝突安全性能を維持できなかったのです。

そして、ホイールベースとともに延長された全長に対するデザインバランスや、ハイパワーに対応した安定性を確保するためには、必然的に全幅を拡大したワイド&ロー路線にならざるをえませんでした。

996型そのものは、格下のボクスターから流用されたフロント部のパーツや、簡素化されたインテリアなどの内外装がチープとされ、さらに空冷エンジンに対して、快適すぎて乗用車みたいな水冷エンジンへの不満、さらにそのエンジンがインターミディエイトシャフト(クランクシャフトとカムシャフトの中間軸)の破損という不具合となるなどの問題もあり、ハッキリ言えば不評でした。

不満が重なった段階での大型化は「肥大化した」と表現され、911のブランドを大きく損ねたものの、996型後期以降にポルシェが加えた様々な改善策やデザイン変更を飲み込む冗長性を持っていたため、結果的には大成功だったと言えます。

その後、再び「911にしか見えない」デザインへと戻され、エンジンやサスペンションを改良。

さらなる拡大とモアパワーを繰り返したポルシェ911は6代目997型、7代目991型と拡大を続け、現在の9代目992型911ターボでは、全長こそ4,535mmに抑えられたものの、全幅はついに1,900mmに達しました。

「911らしさ」を維持するための大型化

2017年のル・マン24時間レースへ参戦した7代目991型ポルシェ911RSR / 出典:https://www.porsche.com/japan/jp/aboutporsche/christophorusmagazine/archive/383/articleoverview/article05/

ここまで大型化されると、もはやユッタリ走れる公道はアメリカなどの巨大な車が走る国か、ヨーロッパのアウトバーンなど、高速道路に限られており、7代目991型からは911ターボ系に後輪操舵システム「アクティブリアホイールステアリング」が採用されるなど、高速安定性だけでなく取り回しにも寄与するメカニズムが不可欠です。

また、580馬力に達する3.8リッターフラット6ツインターボに実力を発揮させる場所などはサーキットくらいで、余裕ある高速巡航性能を活かしたラグジュアリーGT的な性格は、一層強まりました。

とはいえ、ポルシェ911は「初代901型以来、頑固に続けているフラット6エンジンをリアに積んだRRレイアウトのスポーツカーであり、サーキットに持ち込んでも強い車」である事に価値がある車なため、大型化は、デザインやレイアウト、性能といった911らしさを維持するためには必然でした。

既にEVのタイカンも登場させたポルシェですが、992型ではHVモデルの存在が示唆されており、いずれEV化されても最後まで「911らしさ」を貫くものと思われます。