ボルボのクラシックカーの中で、人気の高いボルボ P1800。どこかイタリア車のような雰囲気を感じさせるスタイルでありながら、コンパクトでスポーティー感のあるこのモデルは北欧メーカーらしい雰囲気を醸し出しています。日本ではそこまでの知名度はありませんが、イタリア車、フランス車、ドイツ車にも負けない北欧・ボルボの魅力あふれた1台です。

 

ボルボ P1800

Photo by nakhon100

 

 

ボルボ P1800とは?

 

ボルボ P1800はスウェーデンの自動車メーカー・ボルボが販売していた小型クーペです。

デザインはそれまでのボルボにはなかったスタイリッシュなフォルムで、パワフルなエンジンを搭載したことでレースでも活躍。

3ドアワゴンタイプESも登場し、実用性の高さから多くのユーザーに高い評価を得ました。

1961年から1973年まで生産され、47,492台も販売した大ヒットモデルです

 

デビュー直前、生産・販売までトラブル続きだった

 

ボルボ P1800

Photo by nakhon100

 

ボルボは戦前から中型・大形の高級セダンやクーペを生産・販売してきましたが、これといったスポーツカーの開発には着手していませんでした。

しかし第二次世界大戦後、1956年にボルボは初となるコンパクトなオープンスポーツカーP1900を発売。

ボディに強化プラスチックを使用した意欲作でしたが、1956~1957年の間にわずか68台しか販売されませんでした。

その後、大衆向けの中型クーペ ボルボ・P120アマゾンが大ヒット。

しかし、当時はドイツやイタリア、フランスの自動車メーカーがスポーツカーの開発に力を入れている時期で、ボルボは対抗するために再び小型スポーツカーの開発に着手したのです。

 

デザインはペレ・ペーターソンが担当

 

デザインは、マセラティやBMWのデザインをしていたピエトロ・フルア氏のデザイン事務所に所属していた自動車デザイナー、ペレ・ペーターソン(Pelle Petterson)氏が担当し、彼はP1900を開発したヘルマー・ペターソン(Helmer Petterson)氏の息子でした。

ペーターソン氏は1957年9月から1958年初旬まで『P958-X1』、『P958-X2』、および『P958-X3』の3つプロトタイプを制作し、1958年9月にボルボ側が最終デザインを担当してP958-X1が採用されました。

そしてペーターソン氏は西ドイツ・オスナブリュックにある自動車メーカー ヴィルヘルム・カルマン(Wilhelm Karmann GmbH)にP958-X1を送り込み、自動車の生産を依頼します。

その後P958-X1はP1800という車名に決まり、テスト走行も無事に終えて、生産ラインを確保していました。

しかし、そのときヴィルヘルム・カルマンの主要取引先であったフォルクスワーゲンが1958年2月に自動車生産を依頼。

フォルクスワーゲンはP1800と競合販売しなければならないため、ヴィルヘルム・カルマンがP1800の生産を行うのであれば、それまでフォルクスワーゲンが任せていた仕事をすべて取り下げるとして、ヴィルヘルム・カルマンはP1800の生産を放棄せざるを得なくなったのです。

1960年1月に開催されたブリュッセルモーターショーで既にP1800のプロトタイプモデルを発表していましたが、生産ラインが確保できていなかったためペーターソンは2つの金融機関から融資を受け、イギリスの自動車メーカー ジェンセン・モーターズ(Jensen Motors)に依頼。

1万台の生産を受託してくれることで合意しました。

そんなP1800のモノコックボディは、ジェンセン・モーターズの下請けだった自動車ボディ製造会社 プレスト・スチール・カンパニー(Pressed Steel Company)によって製造され、その後、ウェストブロムウィッチにあるジェンセンの工場でP1800は製造されました。

 

世界的名車となったボルボP1800の歴史をたどる

 

ボルボ P1800

Photo by nakhon100

 

【1960~1963年】初期型P1800の誕生

 

登場間もないP1800のエンジンはデュアルSUキャブレターを搭載し、1963年からは当時の最先端技術であったオーバードライブシステムがオプションで用意されました。

 

【1964~1969年】生産工場移管と車名P1800Sへ変更

 

製造を委託していたジェンセンに品質不良の問題が生じていたため、ボルボは同社との契約を破棄し、ボルボ・ルンドビー工場に移されました。

その後、車名をP1800から『P1800S』に変更。

エンジンは97PSから108PSとなり、さらに1966年には115PSまで引き上げられました。

そして1969年にはエンジンの排気量を1,800ccから2,000ccまで上げたB20B型に変更し、118PSとなったのです。

 

【1970~1974年】キャブからインジェクションに変更と3ドアワゴン・P1800ESの登場

 

ボルボ P1800 ES

ボルボP1800ES / Photo by nakhon100

1970年、P1800Sのエンジンはキャブレターからボッシュ製のインジェクションに変更され、同時に車名を『P1800ES』に。

130PSまでパワーアップし、4輪タイヤすべてにディスクブレーキが装着されました。

そして1972年、実用性の高い3ドアワゴンの『1800ES』を発売。

しかし、1973年にアメリカで施行された排ガス規制に対応できなくなり、生産を終了してしまうのです。

 

走行距離483万kmのギネス記録ホルダー

 

ギネスブックに登録されている「世界で最も走行距離の長い車」が、実はこのP1800なのです!

アメリカ・ニューヨークに住むアーヴ・ゴードン氏が1966年に新車で購入し50年近く乗りつづけ達成した記録で、その総走行距離は、なんと483万km!!

この記録は、地球を120周もしたことになる大記録!(ちなみに地球1周が約4万km)

毎日約200kmの通勤に使い、数え切れないほどの旅をP1800で行っていたそうで、磨耗や壊れた部品は直ちに交換を行い定期的なメンテナンスをしたことで、購入からギネス記録となった時点まで故障はなかったそうです。

 

耐久レースやSCCAで大活躍

 

 

ボルボP1800は、多くのレースに出場しており、ル・マン24時間、デイトナ24時間、セブリング12時間などの有名な耐久レースやSCCA(スポーツカークラブ・オブ・アメリカ)主催のスプリントレースなど、世界中のサーキットで戦ってきました。

特にSCCAのレースではボルボP1800で出場する選手が多く、優勝を多数獲得しています

 

ボルボP1800のスペック

 

1969 ボルボ P1800

Photo by sv1ambo

 

1960年モデル ボルボ・P1800
全長×全幅×全高(mm) 4,400×1,676×1,280
ホイールベース(mm) 2,451
乗車定員(名) 4
乾燥重量(kg) 1,070
エンジン種類 水冷直列4気筒OHV8バルブ
排気量(cc) 1,782
最高出力(kW[PS]/rpm) 72[97]/5,800
最大トルク(N・m[kgf-m]/rpm) 140[14.3]/3,800
トランスミッション 4速MT
駆動方式 FR
トップスピード(km/h) 172
0-60 mph (秒) 11.9

 

ボルボP1800の中古車価格

 

1966 ボルボ P1800

Photo by Alden Jewell

 

ボルボP1800が新車で発売されていた当時、ヤナセが輸入して日本でも販売しており、新車価格249万円で売り出されていました。

当時、ポルシェ911が385万円、ロータスヨーロッパが216万円であり、日本の大卒初任給が月3万600円だったため、相当な高級車という位置づけ!

そのため、当時の日本ではそこまで販売台数が多くなく、現在の中古車は当時日本で発売されていたもの以外に海外から中古車が輸入されたものも多く、相場は200~500万円といったところです。

 

まとめ

 

P1800は1997年に上映されたアメリカ映画『セイント』の中でロジャー・ムーア氏が運転したことで話題となりました。

それまで一部のクラシック・ボルボフリークから人気はありましたが、映画を見た方から今のボルボでは感じられないデザインとノスタルジックな雰囲気が受け、一層人気に拍車がかかりました。

今のボルボとは一線違う車でしたが、これぞスウェーデンの名車の中の名車といえる車ではないでしょうか。

[amazonjs asin=”1787112772″ locale=”JP” title=”Volvo P1800/1800S, E & ES 1961 to 1973 (Essential Buyer’s Guide)”]

Motorzではメールマガジンを配信しています。

編集部の裏話が聞けたり、最新の自動車パーツ情報が入手できるかも!?

配信を希望する方は、Motorz記事「メールマガジン「MotorzNews」はじめました。」をお読みください!