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半世紀以上も前に地球を縦断したFJ28型ランドクルーザー”さくら号”が東京にやってきた!

約60年前の1960年に当時としては世界初の地球縦断ドライブを走破したランドクルーザーがいたことを皆さんはご存知でしょうか?今回、2018年の東京オートサロンに展示されたこの”さくら号”が歩んできた歴史をご紹介します!

©︎Motorz

 

さくら号とは?

トヨタ FJ28 ランドクルーザー さくら号 ©︎Motorz

 

さくら号とは、宮城県仙台市に本社を置く「河北新報社」が1960年当時としては世界初の試みだった地球縦断ドライブを行う為に制作したFJ28型ランドクルーザーのことです。

およそ60年も昔に、世界初の地球縦断走行を行ったのが日本人・日本車だったということを、皆さんはご存知でしたか?

 

そのルーツを戦時中にトヨタが少数生産していた日本陸軍の四式小型貨物車こと「AK40型」にもつランドクルーザーですが、そのAK40型の後継車だと言えるのが1952年6月誕生した「トヨタ・ジープ」です。

1954年6月には名称を「トヨタ・BJ」とし、国家地方警察のパトロールカーや消防ポンプ車などにも採用され、国内で慣れ親しまれた1台でした。

1956年1月には「ランドクルーザー」と改名され、今日まで60年以上続くランドクルーザーシリーズの第1号車となるBJ25型が誕生しました。

この”20系”と呼ばれる初代ランドクルーザーには、3.4リッター6気筒OHVのB型ガソリンエンジンと、3.9リッター6気筒OHVのF型ガソリンエンジン2種類のエンジンが用意されていました。

今回取材したさくら号はJ28と呼ばれるミドル型ボディー(ホイールベース:2430mm)に、F型エンジンを搭載した車両なので”FJ28型”ということになります。

1951年式 トヨタジープ BJ型 出典:https://newsroom.toyota.co.jp/jp/detail/3812021

 

余談ですが、B型ガソリンはトヨタ創業当初にシボレーのエンジンをコピーした初代A型エンジン(1935年)を基本レイアウトとしつつも、全体の寸法をヤード・ポンド法からメートル法に置き換えて改良されたものです。

さくら号に搭載されたF型エンジンはそんなB型エンジンをベースに、ボアアップなどの改良が加えられたもので、2F、3F型と更なる改良が重ねられ、80系のランドクルーザーまで約40年間も生産された名機でもあります。

そもそも軍用であったことや、消防車・パトロールカーとしてハードユースされていたことからも、地球を縦断するための車両として選ばれたのでしょう。

 

かくして河北新報社のFJ28型ランドクルーザーは全身見事なさくら色に包まれ、車体には縦断コースの全像を表した地図や河北新報社の社名、そして日の丸が描かれ、日本を旅立ったのでした。

1960年2月10日 地球縦断ドライブへ出発前のさくら号の姿。 Photo by 河北新報社

 

北極圏から赤道直下を越えて、約32000kmの過酷なドライブ!

1960年3月29日にオーロラ観測の名所として有名な北極圏のアラスカ州フェアバンスクを出発し、同年7月23日にチリ南部の都市プエルトモントに到着。

極寒のアラスカやアメリカのフリーウェイ(高速道路)、灼熱のメキシコ高原地帯、河に橋がかかっていないパナマ地峡、標高も高く悪路が続くアンデス山脈にペルーの砂漠地帯など、我々の想像を絶する険しい道中も大きな事故はなかったそうで、総走行距離32212km、170日間にも及ぶ大冒険となったそうです。

1960年4月1日 ロッキー山脈をドライブ中のさくら号。 Photo by 河北新報社

 

このような立派な大冒険を果たしたさくら号ですが、地球縦断後は河北新報社の駐車場でひそやかに眠り続けることになってしまうのでした……。

 

なぜ、レストアが行われたのか……?

今回、2018年の東京オートサロンにこのさくら号を出展したのは、宮城県のトヨタディーラーである宮城トヨタです。

同社と、さくら号の出会いは約20年前にまで遡ります。

とあるイベントでさくら号が展示されることになったのですが、その当時から既に不動状態で、人前で展示できるようなコンディションではなかったのだそう。

そんな同車を外装のみの軽いお色直し程度ではありますが、再塗装をし直したのが宮城トヨタでした。

自身もランクルオーナーだという宮城トヨタの社長さんは、この一件以来ずっとさくら号のことを気にかけていたそうです。

ある日、河北新報社の駐車場が改装されることを耳にし、「地元の英雄でもある偉大なランドクルーザー、さくら号を後世に語り継ぎたい」という想いから無償でのレストアを同社に申し出たところ、このさくら号のレストアプロジェクトが始まりました。

2017年8月に河北新報社から車両を借り受け、同年10月にスポーツランドSUGOにて例年行われている、宮城トヨタ主催のイベント「宮城トヨタモーターフェスティバル」で同車を展示することを目標に、約2ヶ月でこのレストアを仕上げることになったのです。

 

半世紀以上眠っていたランクルを復活させる!

「今回のレストアのコンセプトは昭和35年、走破当時の状態に戻すことでした。」

と語ってくれたのは同車のレストアでパワートレインを主に担当し、我々の取材に答えてくださった宮城トヨタの小幡さん。

一番の難関はやはりエンジンの再始動だったとのことで、エンジンは内部まで錆で埋まってしまっており、完全に固着していた状態でした。

そのようなコンディションだからといって安易にエンジンを分解してしまうと2度と取り返しの付かないことになってしまいます。

小幡さんは2サイクル用のオイルを混合したガソリンをプラグ穴から注入し、慎重に、そして根気よく固着を解消し、見事エンジンの再始動を成功させました。

2018東京オートサロンにて、宮城トヨタの小幡さんとさくら号。 ©︎Motorz

 

レストア作業中の小幡さん。 Photo by 宮城トヨタ

 

また、あくまで目指すのは”走破当時のコンディション”なので、新車と見間違えるようなクオリティに仕上げることではありません。

錆を落とし、錆止めの塗装こそ行いましたが、走破の歴史を残すためにあえて当時の損傷部分は一部残しています。

エンジン同様やはり錆だらけだったボディのレストアを担当したのは同じく宮城トヨタの千田さんです。

ボディのレストアを担当されたのは千田さん。 Photo by 宮城トヨタ

 

車体を鮮やかな桜色にペイントしたのは宮城トヨタの結城さんで、その上から当時の写真などを参考に、車体に描かれた文字などを再現してきます。

当時は看板屋さんにこちらをお願いしたようですが、現在では刷毛を使って文字を看板に描ける業者さんも少なくなってしまい、苦労したようです。

この作業は実際に昭和35年当時にこのさくら号のボディを描いた方の孫弟子さんに当たる方が筆を取られたそうで、当時を懐かしみながら描いてくれたそうです。

再塗装の際には、当時の塗装色を再現。 Photo by 宮城トヨタ

 

このようにさくら号のレストアはその大部分が宮城トヨタ内で行われたそうで、約2ヶ月という仕上がりの早さも頷けます。

同社では以前にも初代クラウンなどのレストアも行っており、設備だけでなく経験も豊富なのです。

(2ページ目に続く)

 

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Writer Introduction
前田勇介

物心ついた頃には既にクルマが大好きだったらしく、家族で出かける際には必ず助手席に座り、対向車線のクルマのメーカー名を諳んじていた子どもだったそうです。 大学は美術系大学へ進学して自動車デザインを勉強し、電気自動車を作ったりしていました。 その後、某出版社で自動車雑誌の編集を務め、現在に至ります。 1991年式のキャブクーパーに乗っています。

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