その昔、いすゞからイタリアのカロッツェリア ギアへ開発中のプラットフォームが送られ、2台の新型車がデザインされました。やがて流麗なボディを与えられた新型車は帰国して発売され、1台は117クーペとして後世まで語られる不朽の名車となります。そしてもう1台も、ヨーロピアンテイストというより垢抜けたイタリアンスポーツセダンとして世に出て、こちらは波乱万丈の車生を送る事になりました。

 

いすゞ フローリアン デラックス 前期型 / © TOYOTA MOTOR CORPORATION.All Rights Reserved.

 

デビュー時の美しさに息を呑む、いすゞ期待の新星『フローリアン』

 

1966年の第13回東京モーターショーに出展された『いすゞ117』/ 出典:https://www.allcarindex.com/auto-car-model/Japan-Isuzu-117/

 

1966年秋、東京モーターショーのいすゞブースに展示された2台の新型車が見る者の目を引きつけました。

いずれもイタリアのカロッツェリア ギアにデザインが委託されたという2台は、当時の国産車らしからぬ鮮やかな、しかし決して派手すぎずシンプルで艶かしいデザインを持ち、車名は開発コードから命名された『いすゞ117』と『いすゞ117スポーツ』。

そう、後者はもちろん後のいすゞ 117クーペで、ハンドメイドで苦心しながら2年後に発売されますが、前者はそれより早い約1年後の1967年11月に『いすゞ フローリアン』の名で発売されました。

 

『いすゞ117』はほぼこのままフローリアンとして発売されたが、この小さなテールランプはごく初期モデルにしか存在しない。/ 出典:https://www.allcarindex.com/auto-car-model/Japan-Isuzu-117/

 

特徴的だったのは、後席に十分なヘッドスペースを与えるためルーフを限界まで後ろへ水平に伸ばしつつデザインをキッチリまとめて後部ドアのサッシュ(窓枠)後方にも広い三角窓を設けた6ライトスタイルで、採光性や視界も良好。

そしてテールランプはウインカー兼用のブレーキランプとバックランプがまとめられた小さなもので、まだブレーキとウインカーを独立させる法改正前だったことを感じさせます。

しかし市販型はヘッドランプが丸目4灯のTSも含め、この『いすゞ117』とは細部が異なるデザインになり、特に大型異型ヘッドランプはオリジナルと大きく異なりましたが、それでも発売当初はオリジナルに近いイタリアンデザインを残していました。

エンジンは当時のベレットGTと同じ1.6リッターOHVのG161で3速MTと組み合わせられていましたが、すぐにSOHC化されて4速MTと組み合わせられるようになり、1970年のビッグマイナーチェンジ以降は1,800ccのSOHCエンジンに変わっています。

 

ロングライフ化で、何とも味わい深い顔つきに

 

いすゞ フローリアン 前期型 / Photo by sv1ambo

 

1967年11月の発売当初は「どこの輸入セダンだろう?ずいぶんオシャレだな?」と言いたくなるエレガントなイタリアンルックが特徴だったフローリアンですが、法改正や日本車がそのスタイルを急速に変えていった時期でもあり、次々とデザインを変えていきます。

 

前期型のTSなど、いっぱしのイタリアンスポーツセダンに見える。 本当にカッコイイ。 / 出典:https://www.favcars.com/wallpapers-isuzu-florian-1967-83-396519-800×600.htm

 

そして当初は通常版のほか、上画像のようにイタリアかどこかヨーロッパの街道をひた走る姿がとても似合いそうな、メッキやブラックアウト部分がうまくバランスの取れたデザインの『TS』2種類を設定。

その後、まずは法規改正でテールランプのブレーキ とウインカーが独立。

続いてリアバンパー近くまで迫っていたトランクリッドの下端が持ち上がって開口部が狭められ、テールランプユニット全体が大型化して上に上がると印象はだいぶ変わります。

それでも1970年のビッグマイナーチェンジ以降の中期型では、丸目4灯ヘッドランプが『TS』とは異なり、ショーモデル時代に戻ったような『何となくイタリアン』な雰囲気は保たれていました。

 

年輪を重ねた結果、こうなった。 いすゞ フローリアンS-II(後期型) / © TOYOTA MOTOR CORPORATION.All Rights Reserved.

 

しかし、その中期型を7年作り続けた1977年ともなると、気が付けばいすゞのアッパーミドルクラスサルーンはフローリアン一本で10年が経過。

さすがに古さが目立つ上に、1.8リッターSOHCエンジンは同年に1クラス下のジェミニ(初代)にも搭載されてしまいます。

それならば、ベースを同じくする117クーペのように電子制御インジェクションのDOHCエンジンや2リッターエンジンを追加しても良かったかもしれませんが、あくまでファミリー向けサルーンとしてのポジションを守るためか、少々方向性の異なる改良が行われました。

それが1977年11月のビッグマイナーチェンジで、小ぶりの角目4灯ヘッドライトの間に立派なエンジングリルを持つ、ラグジュアリー性重視の方向で、モデルライフを長く引っ張った車の『最終手段』として大型グリルを装着。

車格が上がったように見せる手法は後にダイハツ アプローズでも行われますが、フローリアンの場合は1960年代と1970年代後半のデザインを融合することによって、何とも個性的な姿となりました。

もちろん、フロントマスク以外は従来通りのフローリアンなので見る角度によっては『斬新』『思い切った』という表現が似合いましたが、それゆえカスタムベースとして手の加えがいがあったのも事実だったようです。

その後、いすゞらしく2リッターディーゼルエンジンの追加やAT車の設定(ディーゼルのみ)も行われ、サブネームもついて心機一転『フローリアンS-II』として再出発すると、確かに販売台数は大幅に回復したのでもう少し、あともう一息と販売は続きます。

そして結局、1983年4月に後継車アスカが発売されるまでさらに6年ほど販売され、大衆向けファミリーセダンとしてはかなり異例なロングライフモデルとなりました。

 

主なスペックと中古車相場

 

いすゞ フローリアン 1800TS 中期型 / © TOYOTA MOTOR CORPORATION.All Rights Reserved.

 

いすゞ PA30 フローリアン 1800TS 1971年式

全長×全幅×全高(mm):4,305×1,600×1,445

ホイールベース(mm):2,500

車両重量(kg):965

エンジン仕様・型式:G180 水冷直列4気筒SOHC8バルブ ツインキャブレター

総排気量(cc):1,817

最高出力:85kw(115ps)/5,800rpm

最大トルク:152N・m(15.5kgm)/4,200rpm

トランスミッション:4MT

駆動方式:FR

中古車相場:皆無

 

まとめ

 

いすゞ フローリアン / Photo by sv1ambo

 

長期間にわたって販売されたフローリアンは、1964年から22年間販売された初代三菱 デボネアや、1967年から30年間販売された初代トヨタ センチュリーほど長寿では無いものの、流行に左右されやすいファミリーセダンとして16年弱の販売期間はやはり異例の長さです。

それゆえ『走るシーラカンス』の1台として記憶される事もありますが、考えてみればフローリアンはベレル(1966年販売終了)の後継でもあり、短期間のみ輸入販売されたステーツマンデビル(1973-1975年)を除けば、いすゞのフラッグシップセダンでもありました。

そう考えると、『古くとも販売し続ける事に意義がある』類の車ですが、117クーペの生産が終わった1981年にフローリアンも生産終了していてもおかしくありません。

しかし実際には後継車の発売が遅れたこともあり、末期はもうひと踏ん張りしてアスカに後を譲り、静かに消えて行きました。

なお、ジェミニにせよアスカにせよグループの親玉であるGMの意向と世界中の兄弟車があってこそ開発できた車なので、フローリアンは117クーペともどもGMとの提携前に純粋にいすゞ車として開発された、最後の乗用車とも言えます。

 

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