自動車メーカーにとって『フラッグシップモデル』たる高級車は大事なもので、最初から小型車以下しか作らないと割り切ったメーカーならともかく、それ以外のメーカーにとって高級大型セダンは自社生産で無くとも何とかラインナップしておきたい1台です。ベレル以来、大型セダンに縁の無かったいすゞもそんなメーカーの1つで、1970年代半ばにわずか2年のみですが、オーストラリア製のステーツマン デ・ビルを輸入販売していました。
オーストラリア生まれの(日本としては)大型セダン、ステーツマン デ・ビル
今では信じられませんが、かつてトヨタや日産と並ぶ『御三家』と呼ばれていたこともあるいすゞ自動車が、同社初の、そして唯一の独自開発高級大型セダンとして販売していたベレルの生産を打ち切ったのは1967年のこと。
それ以来、フラッグシップモデルはミドルクラスセダンのフローリアンのみ。
トヨタのクラウンや日産のセドリック/グロリアのような大型セダンは販売しておらず、開発余力も乏しいので手をつけられない状態でした。
それでも自動車メーカーとして堂々たる『フラッグシップモデル』を持ちたいという夢はあったようで、1971年にアメリカのGM(ゼネラル・モータース)と提携した事により、GMグループのコネを使って大型サルーンをいすゞブランドで販売する見通しを立たせます。
そして1973年にオーストラリアのGMグループ『ホールデン』製の乗用車を輸入販売したのが『ステーツマン デ・ビル』で、クラウンどころかトヨタ センチュリーや日産 プレジデントに匹敵する大型高級サルーンでした。
大卒初任給が6.23万円の時代に348万円!
当時、いすゞと同じように考えた自動車メーカーは他にもあり、三菱は提携していたクライスラーからクライスラー・オーストラリア製の『三菱クライスラーシリーズ』を、マツダはいすゞと同じホールデンから(まだフォードと提携前)プレミアのボディを輸入し、13Bロータリーを乗せた『ロードペーサー』として販売していました。
とはいえ、小型軽量高出力のロータリーエンジンをアピールしたかったマツダはともかく、いすゞも三菱も日本基準では巨大としかいいようの無いボディを動かせる乗用車用パワーユニットは無く、基本的には原型そのまま。
当時まで認可されていなかったドアミラーをフェンダーミラーに換装するなど、日本での保安基準に合わせる最低限の改修のみで販売されました(どのメーカーもオーストラリア製なのは、同地が日本と同じ右ハンドル国で改修が最低限で済む為)。
ちなみに、いすゞが選んだのはマツダが輸入したプレミアの1クラス上である、ホールデン ステーツマン ドゥ・ビルでしたが、輸入した際の車名は語呂の問題もあったのか、『ステーツマン デ・ビル』と、何やらワルそうな名前になったのが印象的です。
価格は348万円と、1973年当時の大卒初任給6.23万円が現在の価値で換算するとおおむね16万円くらいになるようなので、そのまま解釈するとステーツマン デ・ビルは現在なら900万円オーバーの高級車ということになります。
それでも低速トルクに欠けるマツダ ロードペーサーに比べれば、5リッターエンジンの恩恵で動力性能に余裕があったものの、折悪しく第1次オイルショックの到来でガス食いの大排気量車を市場で新規開拓する余裕など吹っ飛んでしまいました。
主なスペックと中古車相場
いすゞ ステーツマン デ・ビル 1973年式
全長×全幅×全高(mm):5,030×1,880×1,430
ホイールベース(mm):2,895
車両重量(kg):1,540
エンジン仕様・型式:水冷V型8気筒OHV16バルブ
総排気量(cc):5,044
最高出力:177kw(240ps)/5,000rpm(グロス値)
最大トルク:428N・m(44.3kgm)/3,400rpm(同上)
トランスミッション:3AT
駆動方式:FR
中古車相場:皆無
まとめ
当時のゴルフ界の帝王、ジャック・ニクラウスを起用して『成功する男が、目をとめる』というキャッチコピーで売り出したステーツマン デ・ビルですが、確かに成功した者で無ければ手が届かない、いろいろな意味で贅沢な車でした。
しかし、結局1975年までのわずか2年ほどしか販売されなかったステーツマン デ・ビルの販売台数は、わずか246台のみと言われています。
価格や用途を考えれば、あながち少ない数とも言い切れない気もしますし、後の三菱 ディグニティ(販売台数59台)と比較しても、高級外車の販路など持たなかったであろう当時のいすゞ販売網は、大健闘したとすら言えるかもしれません。
なお、いすゞはステーツマン デ・ビル以降、輸入も含め自社ブランドで大型セダンを売る事はもうありませんでした(単に輸入販売のみなら、1989年からオペル オメガを販売)。
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