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F1の中で最も注目を集めるモナコGPの時期が迫ってきました。コース幅が狭い市街地という特殊な環境でこれまで多くのドラマが生まれてきましたが、今年も激しい戦いが期待できると思います。そこで今回はモナコGP開幕に先立ってこれまでモナコGPを制したマシンを5台ピックアップしてご紹介したいと思います。

©Pirelli
今年も開幕を控えるF1モナコGP

©Pirelli
インディ500、ル・マン24時間レースと並んで、世界3大レースに数えられるF1モナコGP。
優雅な街並みの中で世界最速のマシンが疾走するこの1戦は、F1の全20戦の中でも最も高い注目度を誇っています。
そこで今回はモナコGP開幕に先立って、これまでこの難コースで優勝を飾ったマシンを5台ご紹介します。
記念すべき第1回モナコGPの優勝車とは?

写真は改良型の159(出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/)
F1が選手権化された1950年。初めて公式に開催されたモナコGPで優勝を飾ったのはアルファロメオでした。
1950年代を代表するF1ドライバーであり、後に5度の王者に輝いたファン・マニュエル・ファンジオがポールトゥウィンで記念すべき最初のモナコGPを制しています。
ファンジオはこのレースで、全周回リードに加えてファステストラップも記録する圧巻の走りを披露し、見事グランドスラムを達成します。
現在でこそモンテカルロ市街地コースは1分20秒程度で周回していますが、この当時は1周に2分弱を費やしており、そのうえ周回数は100周という極めて過酷なレース形式でした。
他の追随を許さぬ速さでこのレースを圧勝したファンジオでさえ完走タイムは3時間を超えていることからも、その過酷さを想像できるでしょう。
「モナコでの優勝は他のレースの3勝分に値する」と言われたりしますが、その言葉の裏にはかつてのこうした過酷さがあるのです。
また、この初開催で表彰台を獲得したコンストラクターはアルファロメオに続いてフェラーリ、マセラティとイタリアの自動車メーカーが独占。
記念すべき第1回のモナコGPはイタリア勢の活躍のなかで幕を閉じ、アルファロメオ158は記念すべき初代モナコGP優勝マシンに輝きました。
世界3大レースを制した男の足元を支えたマシン

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/
続いてご紹介するのは1963年にモナコGPで優勝を飾ったマシン、BRM P57です。
こちらは世界3大レースを制したグラハム・ヒルが初めてモナコGPで勝利したマシンとして知られています。
このマシンの車重は450kgと非常に軽かったのですが、現代とは違い最低重量が規定されていなかったこの当時の中では、重いマシンだったのだとか。
搭載されていた1,5リッターV8エンジンもフェラーリ製のものより劣っていたそうです。
そんなマシンではありましたが、予選で2番グリッドを獲得したヒルはスタートでポジションアップし、首位に。
レース中盤には一時ジム・クラークに首位を明け渡しつつも、79周目に見事逆転を果たしそのままトップチェッカーを飾るのです!
この優勝を皮切りにヒルはキャリアの中で5度もモナコGPを制し、”ミスターモナコ”と呼ばれる強さを発揮します。
また、モナコGPだけでなく世界3大レースに数えるられるインディ500とル・マン24時間レースの全てで勝利した唯一のドライバーとして知られています。
残念ながらその後はこのマシンで王座を獲得することは出来ませんでしたが、彼が達成した大記録に欠かすことの出来ない1台となりました。
現在でも語り継がれる1992年モナコGPを制したマシン

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/
続いてご紹介するのはアイルトン・セナがナイジェル・マンセルとの死闘を繰り広げたマクラーレンのMP4-7/Aです。
この戦いはモナコGPのなかでも記憶に残るレースとして語られることが多く、モナコGPを象徴する1戦とも言えるでしょう。
3番グリッドからの発進となったセナは、スタートで2番手へ浮上すると懸命に首位のマンセルを追走する構えを見せます。
しかし、この年開幕5連勝という圧倒的な強さを見せたマンセルは、スタート直後から後続を引き離し独走態勢へと持ち込むことに成功したのです。
このままマンセルの開幕6連勝かと思われたレース終盤、突然マンセルにタイヤトラブルが発生しタイヤ交換を行うと状況は一変。
首位に立ったセナとマンセルの一騎打ちが始まるという予想外の展開になりました。
この年優勝から遠ざかっていたセナは、ここで気迫溢れる走りでトップを死守する姿勢を見せ、追いすがるマンセルを相手にトンネル出口ではマシンを大きく滑らせるシーンもありながら、見事この争いを制しシーズン初優勝を獲得。
マシン性能を限界まで引き出したためか、チェッカーを受けた直後にセナのマシンからは白煙が上がり、この戦いがいかに厳しいものだったかを表すエピソードとして語られています。
また、セナはドライバーとして、マクラーレンはチームとしてモナコでの歴代最多優勝を記録しており、モナコを得意とする両者がファンを熱狂させた1戦としても知られています。
シューマッハが最後にモナコを制覇した1台

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/
続いてご紹介するのは、シューマッハが最後にモナコGPで優勝を飾ったフェラーリ・F2001です。
名前の通り2001年に実戦投入され、モナコで通算5回の優勝を飾ったミハエル・シューマッハが、最後にモナコでの優勝を飾った1台です。
この年は見事にシューマッハとルーベンス・バリチェロが1-2フィニッシュを達成する文句なしの結果となりましたが、この優勝以降モナコは彼らにとって鬼門とも言える不得意なコースとなってしまいました。
圧倒的な強さを見せたシーズンでも、何故かモナコで優勝を飾ることは出来ず、フェラーリは16年間も優勝から遠ざかっていました。
また、予選に限ってみても2000年代に入ってからポールポジションを奪ったのは僅か2回。他のコースと比較してみるとフェラーリのモナコの不得意さがより一層浮き彫りになる結果となっています。
しかし、2017シーズンにセバスチャン・ベッテルが実に16年振りとなるモナコ制覇を果たしました!
新生メルセデスがモナコ初勝利を飾ったW04

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/
2010年にメルセデスがF1復帰を果たしてから初めてモナコGPで優勝を飾ったマシンが2013年に投入されたW04です。
パワーユニットが導入された2014年以降は圧倒的な強さを誇るメルセデスですが、この初勝利を飾った2013年は予選で速さを見せるものの、レースでは苦しい戦いを強いられることも少なくありませんでした。
しかし、予選での強さを武器にフロントローを独占したメルセデス勢は、レースではモナコ特有の抜きにくいコースレイアウトを活かしてポジションを守る作戦を敢行します。
遅くても抜かれなければいいというポジション重視の作戦は功を奏し、2台のメルセデスが序盤からペースを意図的に落としながらも後続のマシンを抑え込みレースをリードしていきます。
最終的にピットストップに手間取ったルイス・ハミルトンは4位に終わりましたが、僚友のニコ・ロズベルグは見事ポールトゥウィンを達成。チームが一体となって1つの勝利を奪うことに成功したのです。
その後ロズベルグはモナコで3年連続優勝を飾りました。
また、このモナコ初優勝は父のケケ・ロズベルグと合わせて親子でモナコを制覇するという大記録に!
まとめ

©Pirelli
これまで多くのドラマを生んだモナコGPで、今年はどのような戦いが見られるのか今から楽しみです。
伝統のモナコ市街地コースは、これからも多くのドライバーの走りを見守っていくことでしょう。
毎戦ごとに進化していくF1マシンと対比するように、50年前から変わらぬサーキットで行われ続けているこの一戦は、間違いなくドライバーにとって重要なレースであると思います。
それと同様に、我々モータースポーツファンにとっても、やはり特別なレースであることに違いありません。
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