マツダ初の四輪小型乗用車として1963年に発売されたファミリアは、当時の800~1,000ccクラスの大衆車市場でまずまずの成果を上げ、マツダを乗用車市場に定着させました。当初800ccクラスだったエンジンは、ライバルがそうであったように末期には1,000ccに拡大されますが、1967年にモデルチェンジした2代目には、より画期的なロータリーエンジンを搭載する歴代唯一のRE車、ファミリアロータリークーペが用意されていたのです。

 

マツダ ファミリアロータリークーペ  /  出典:http://mzracing.jp/news/3488

 

 

本格的なモータリゼーション時代到来の中で生まれた2代目ファミリア

 

マツダ 2代目ファミリアセダン(輸出版マツダ 1300)  / Photo by Niels de Wit

 

初代ファミリアが登場した1963年当時は、日本の自動車界には通商産業省(現在の経済産業省)が提唱した『国民車構想』の名残がまだ残っており、その影響を受けた1,000cc以下の大衆車が数多くデビューしていました。

そして「国内自動車産業保護のため、新規参入で自動車メーカーを増やさない。」という通産省の方針もあって、駆け込み的に発売された車も多く、また大手メーカーの傘下入り(日野やダイハツ、愛知)や吸収合併(プリンス)という例も少なくなかったのです。

そう考えると、初代ファミリアがまずまずの成功を収め、独立を保ちながら1967年に2代目ファミリアをデビューさせたマツダは、幸先の良いスタートを切れた方かもしれません。

既に1966年にはその後の国産大衆車の流れを決定づける2台、初代トヨタ カローラと初代日産 サニーがデビューし、富士重工もいよいよスバル1000で小型乗用車に参入した時期です。

そんな自動車メーカー間の生き残りをかけた競争もいよいよ過熱していた当時、2代目ファミリアもライバルとの差別化を打ち出すべく、廉価モデルに多彩なオプションをオーダーして好みの1台を作る『フルチョイスシステム』などが導入されました。

さらに、初代では800ccからだったエンジンも1,000ccが基準となり、ライバルに対抗するかのように1,200cc、1,300ccとゆとりの大排気量化が図られますが、それだけではなくマツダには他社に無い絶対的な『飛び道具』があったのです。

 

歴代唯一のロータリーエンジン搭載車

 

マツダ ファミリアロータリークーペ(輸出版R100) / 出典:http://www2.mazda.com/ja/stories/history/familia/gallery/

 

2代目のボディは初代とほぼ同様、2 / 4ドアセダンと2ドアクーペ、3ドアライトバンに2ドアトラックがラインナップされていましたが、そのうち2ドアクーペはもっとも遅れた1968年6月にデビュー、ただし普通のクーペではありません。

それは前年、1967年2月にデビューしたばかりのマツダ初のロータリーエンジン車、コスモスポーツと同じ10A型ロータリーを搭載するロータリークーペだったのです。

当時としてはかなりの高額(148万円)だったコスモスポーツは庶民にとって高値の華、なかなか手の届く存在ではありませんでしたが、ファミリア・ロータリークーペは70万円と半額以下で発売され、『未来の夢のエンジンに安く乗れる』と人気が高まります。

同時期のファミリアが搭載していた1,000ccOHVエンジンがグロス58馬力のところ、ロータリークーペは同100馬力、前者のパワーウェイトレシオ12.24kg/psのところ8.05kg/psだったため、速いのは当然で、最高速度180km/h、0-400m加速16.4秒は当時の2リッターエンジン車並の俊足!

レシプロエンジンと比較すればエンジンブレーキが効かなかったため、アクセルを戻しても逆に加速するように錯覚してヒヤリとしたり、安いだけあってパワーに対してプアなブレーキや狭いトレッドによりコーナリングが苦手といったデメリットはあるものの、10Aロータリーはクーペだけでなく4ドアセダンにも搭載されてファミリアロータリーSSを名乗り、マツダロータリーを世間に知らしめる起爆剤となりました。

また、輸出されたクーペはマツダ R100を名乗り、熱反応器(サーマルリアクター)を装着した10Aはアメリカの排ガス規制もクリアして、オイルショックでガソリン価格が高騰するまでは環境エンジンとしても高い評価を得る事に。

もちろん、ファミリアそのものも質感向上に取り組み、1970年3月には上級版1,200cc車が1,300ccエンジンへ換装、同時にサブネームを追加してファミリアプレストとなり、それが標準となっていきます。

 

スカイラインGT-R vs マツダロータリー宿命の対決、一番手はファミリア

 

マツダ ファミリアロータリークーペの輸出版、R100  / Photo by Moto “Club4AG” Miwa

 

軽量ハイパワーのファミリアロータリークーペは、その実力を知らしめるべく当然のように多数のレースに出場しました。

その舞台は世界中に及びましたが、日本のモータースポーツファンとして特記すべきはやはり初代日産 スカイラインGT-Rとの激闘でしょう。

既にデビュー直後からレースに出場、1969年11月3日の”全日本鈴鹿自動車レース大会シリーズⅡ”で片山 義美氏のドライブにより優勝。

同車をドライブする武智 俊憲氏とともに、他車を周回遅れにする1-2フィニッシュを決めるなど実績を上げていました。

しかしその年、既にマツダロータリー宿命のライバルとなる初代PGC10スカイラインGT-Rがデビューし、圧倒的な強さを誇っていたのです。

両雄が初めて大舞台で激突したのは1970年5月3日に富士スピードウェイで開催された”JAFグランプリレース大会 ”で、多数のGT-Rにファミリアロータリークーペ軍団が食い下がります。

結果的には黒沢 元治氏がドライブしたGT-Rが優勝し、ファミリア勢の最高位は武智 俊憲氏の3位でしたが、それにしても総合トップ10台中9台がGT-Rとファミリア、それもGT-R4台に対しファミリアは5台だったので、かなりの健闘です。

とはいえファミリアは小型軽量ゆえの前面投影面積の少なさ、すなわち空気抵抗の面で有利なため直線番長的にストレートでは食い下がるものの、トレッドの狭さゆえにコーナリングで及ばず、打倒GT-Rは続くカペラやサバンナに託されることとなりました。

 

主要スペックと中古車相場

 

マツダ ファミリアロータリークーペ(輸出版R100)  / Photo by Sicnag

 

マツダ M10A ファミリア ロータリークーペ 1968年式

全長×全幅×全高(mm):3,830×1,480×1,345

ホイールベース(mm):2,260

車両重量(kg):805

エンジン仕様・型式:10A 水冷2ローター

総排気量(cc):491cc×2

最高出力:100ps/7,000rpm

最大トルク:13.5kgm/3,500rpm

トランスミッション:4MT

駆動方式:FR

中古車相場:皆無(各型含む)

 

まとめ

 

マツダ ファミリアロータリークーペ(輸出版R100)  / Photo by Augustus Urbex

 

『量販車にロータリーエンジンを搭載した初のマツダ車』として意義深い2代目ファミリアですが、もちろんそれだけではありません。

”オーバル・シェイプ”と呼ばれた、箱型3ボックスボディを基本としつつ角を落とし、丸みを帯びたモダンなデザインは、当時の大衆車の中で群を抜くスタイリッシュさを誇りました。

それは同時期に登場したカローラやサニーと比較すればその差は歴然と言えるものでしたが、あまりにロータリーエンジンのインパクトが強すぎたのか、それ以外の美点をなかなか強調しにくかったのが大衆車としてはやや残念なところだったかもしれません。

ある意味では非常にマツダらしい一面がこの頃から発揮されていたとも言えますが、GT-Rを追いかけている間に、カローラやサニーが大衆車として圧倒的なシェアを誇るようになってしまい、大衆車としてのファミリアは苦戦しつつも巻き返しの機会を狙うのでありました。

 

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