ヤマハ初のビッグシングルオフロードバイク、名車ヤマハ SR400の先祖となる偉大なバイクといえば、ヤマハ XT500です。ヤマハの歴史を語る上でも外せないバイク!そんなヤマハ XT500についてご紹介します。

 

ヤマハ・XT500

© Yamaha Motor Co., Ltd.

 

ヤマハ発の4スト オフロードバイク XT500!これがなければSR400は登場しなかった

 

ヤマハ・XT500

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ヤマハは、『トレールマスター100(YL-2C)』や『DT-1』など、当時としては珍しいオフロード専用設計のバイクをヒットさせ、モトクロスバイクまたはトレールバイクにおける大成功をおさめます。

当時1960年代後半から1970年代前半にかけ、二輪業界ではオフロードブームが到来し、ヤマハのオフロードモデルは日米で支持される事に。

そんなヤマハのさらなる一手として登場したのが、4ストエンジンを搭載したXT500でした。

XT500は、500cc単気筒エンジンを搭載した大型オフロードバイクです。

ちなみにオフロードバイクという位置付けではありますが、『ビッグトレールバイク』や『ビッグエンデューロバイク』とも呼ばれ、明確な定義はしにくいのですが、XT500のシートカウルに『ENDURO XT』と書かれていたため、エンデューロバイクというのが最もふさわしいかもしれません。

とはいえ、このXT500はそれまでのオフロードバイクより大きな車体にシート高840mmと、完全に日本人より大柄な欧米人を対象としたモデルでした。

そのため海外向けに登場したオフロードバイクでしたが、後に国産車に大きな功績を残すことになります。

それは、XT500がヤマハSR400/500のベースとなったこと。

残念ながらSR400は2017年9月に惜しまれつつも生産終了となりましたが、約40年も販売された名車中の名車。

そんなSR400はXT500が存在しなければ、生み出されなかったのです。

 

ヤマハ・XT500とは

 

ヤマハ・XT500

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ヤマハ XT500は、1975年に開催された第21回東京モーターショーで初公開され、翌1976年に発売されました。

誕生のきっかけはヤマハのアメリカ現地法人の企画担当者から、力にまかせて大地を突っ走る事を目的とするバイクが提案された事と、これまで2ストロークエンジンに力を入れていたヤマハが4ストロークエンジンのバリエーションも増やしたいと考えていた事。

そしてシンプルで高い耐久性のある車両に4ストロークエンジンを搭載したオフロードバイクの開発に乗り出します。

ちなみに、このときからSR400独特の美しいエンジンの造形も想定されており、ロードスポーツモデルへの搭載も視野に入れられていました。

 

ヤマハ・XT500

© Yamaha Motor Co., Ltd.

 

また、エンジンにはオフロードバイクに最適な単気筒がチョイスされましたが、この当時、大排気量でパワーのある4気筒エンジンを搭載したロードスポーツモデルが人気だったため、オフロードであってもライダー達が単気筒エンジンに目を向けてくれるのか不安要素もありました。

しかし、山岳地帯から砂漠までどこでも走れて、壊れないタフさのあるビッグオフロードはほとんど存在しなかったため、ヤマハはDT-1で築き上げたトレールバイクというカテゴリーをさらに広げるためにXT500の開発に注力したのです。

とはいえオフロードバイクということは、軽さもなければ乗りこなすのが難しいため、ヤマハの開発陣は『1グラム1円』という合言葉のもと、徹底的に軽量化を計ります。

そして車体のスリム化を目指すため、セミダブルクレードルフレームのメインチューブとダウンチューブをエンジンオイル経路に活用した、オイル イン フレームという技術も国産バイクで初めて採用されました。

 

また、ヤマハはXT500と並行して競技用エンデューロモデルのTT500の開発にも着手します。

こちらはアルミ製の燃料タンクや、当時珍しかったマグネシウム製クランクケースカバーが用いられました。

そんなTT500は、1975年に発売され、1年後にはTT500に保安部品を装備しただけのオフロードバイクとしてXT500が登場します。

多くのライダーがXT500を駆り、モトクロスやエンデューロレースで優勝。

欧州や北米ではヤマハが想定していた以上の台数が販売され、一躍人気バイクとなりました。

 

ラリーで最強!ロードレースでは鈴鹿サーキットで大活躍

 

ヤマハ・XT500

1979年第1回パリダカをXT500で走る / © Yamaha Motor Co., Ltd.

 

XT500のレース戦歴は、1979年の第1回パリダカールラリーでシリル・ヌブ-選手が乗優勝し。

第2回大会では、1位から4位までを独占しています。

この活躍で欧州市場にXT500は知れ渡り、北米と同等の人気を得るきっかけとなりました。

 


国内レースではオフロードだけでなく、ロードレースでも目覚ましい活躍がありました。

1977年6月5日に行われた全日本ロードレース選手権第5戦鈴鹿大会では、4年ぶりとなる6時間耐久レースを開催。

このレースは全日本ロードレース選手権の成績に関わる耐久レースではなく、ロードレーサー、プロダクションマシン、MFJ規則外のプロトタイプマシンが混走する異種格闘技戦のようなもので、39台がエントリーしました。

その中に、シマR&Dの島英彦氏によって製作された『ロードボンバーIX』が参戦。

ロードボンバーIXは、オリジナルのダブルクレードルフレームにXT500のエンジンを搭載したバイクでした。

ライダーはオートバイ ジャーナリストとして活動していた女性ライダー 掘ヒロ子氏と、現在モータージャーナリストとBMW公認のライダートレーニングインストラクターとして活躍する山田純氏のタッグ。

リッターバイクやTZ350などのレーシングバイクが参戦する中で、燃費のよさと速いコーナリングスピードを武器に、総合18位で完走を果たしています。

 

ヤマハ・XT500のスペック

 

ヤマハ・XT500

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1976年モデル ヤマハ・XT500
全長×全幅×全高(mm) 2,185×875×1,165
シート高(mm) 840
軸間(mm) 1,415
車両重量(kg) 140
エンジン種類 空冷4サイクル単気筒SOHC
総排気量(cc) 499
内径×行程(mm) 87×84
圧縮比 9.0:1
最高出力(kW[hp]/rpm) 23.5[32]/6,500
最大トルク(N・m[kg・m]/rpm) 39.2[4.0]/5,500
始動方式 キック
燃料タンク容量(L) 8.8
変速機 5速
タイヤサイズ 3.00-21
4.00-18

 

まとめ

 

ヤマハ・XT500

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1977年4月1日のエイプリルフール、モトライダー誌にウソネタとしてXT500のオンロードモデル『Xt-S500ロードボバー』の発売を匂わす記事が掲載されます。

雑誌にはXT500を見事にボバースタイル、またはカフェレーサーともいえるカスタムが施されたXT500の写真が掲載され、ヤマハへは問い合わせの電話が殺到。

それほど凄まじい反響がありました。

ヤマハはこの事態を無視することができず、開発の段階でXT500のエンジンを搭載したロードスポーツモデルも視野にいれていたこともあり、XT500の良さをそのままロードスポーツモデルに応用した、SR400とSR500を発売。

その後、SR400は多くのユーザーを虜にし、いつしかロングセラーモデルになりました。

XT500はSR400を生み出すきっかけとなり、そして在のスタンダードとなる4スト単気筒ロードスポーツ、またはオフロード車の基盤を築いたのです!

そんなXT500は、これからも偉大なる名車として語り継がれていくでしょう。

 

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