今から23年前のF1ではミハエル・シューマッハとデイモン・ヒルによる2名が最終戦までもつれ込む激しいタイトル争いを繰り広げていました。わずか1ポイント差で迎えた最終決戦では両者が同士討ちで決着し、波紋が起こります。そんなマシンの性能争い以上にF1の頂点を奪い合った彼らの持つドライバーとしての本質が見える戦いを振り返ります。
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シューマッハの4連勝で幕を開けた1994年
前年に1勝を含む9度の表彰台を獲得しさらなる活躍が期待されたシューマッハは、その期待を上回るパフォーマンスを開幕戦から見せつけます。
そして、初戦から4連勝を飾ったシューマッハは、最大のライバルになると見られていたセナが相次いでリタイアに見舞われた事もあり、わずか2戦で大きなリードを築き上げることに成功。
そのなか第3戦サンマリノGPでの事故により、セナが帰らぬ人となると、シューマッハは一気にチャンピオン最有力候補に挙げられることになりました。
その後も破竹の勢いで勝ち続けたシューマッハは開幕から7戦で6勝を挙げ、優勝を逃したスペインGPでも2位に入るという盤石な戦いぶりを見せたのです。
しかし、その後新たなライバルの台頭によって、シューマッハの無敵の速さは綻びを見せ始め、この年のタイトル争いは予想外に縺れ込んでいきました。
セナの同僚、ヒルが追い上げを見せる
そんな、シリーズチャンピオンへの独走態勢に入っていたシューマッハに待ったをかけたのが、セナのチームメイトであったヒルでした。
ヒルは開幕直後こそマシンの不安定な挙動に苦しみ思うような成績を残せずにいたのですが、第5戦スペインGPでの優勝を皮切りに3戦連続で表彰台を獲得。
優勝を重ねるシューマッハに対し、得点差を縮めるには及びませんでしたが安定して上位でフィニッシュするシーンが増えていきました。
しかし、7戦が終了した時点でシューマッハは66ポイントを稼ぐなか、ヒルはまだ28ポイントしか獲得出来ておらず、シューマッハが大きくリードしている状況は変わりませんでしたが、第8戦イギリスGPを境に戦況は大きく変化していきます。
シーズン中盤で戦況が一変、シューマッハに重いペナルティが下る
シーズンも折り返しに差し掛かったイギリスGPでは、予選から両者が激しく火花を散らす展開に!
予選で決勝グリッドを争った両者は、わずか0.003秒差でヒルがシューマッハを下しポールポジションを獲得したのです。
しかし、この予選の結果が以外にもタイトル争いを大きく左右することになりました。
なんと、レース直前のフォーメーションラップでシューマッハは先頭のヒルを2度も追い抜いたのです。
これはレギュレーション違反に該当し、本来この行為をした場合グリッドの最後尾に回るペナルティが下るのですが、シューマッハは何事もなかったかのように2番グリッドからレースをスタートしました。
そしてレースはヒル、シューマッハの順で進行し両者による一騎打ちが展開され、シューマッハが最初のピットストップでヒルを逆転しトップに立ちます。
しかしこの時、審判団はフォーメーションラップの件でシューマッハに5秒のストップ&ゴーペナルティを課すことを決定したのですが、シューマッハ陣営であるベネトンのピットは、シューマッハをピットへ呼び戻さずレースを続行させました。
そして、シューマッハに対してはペナルティ通告という意味で黒旗が提示されると、ペナルティ通知から5周後にようやくペナルティを消化。
最終的にヒルが再逆転で優勝を飾り、シューマッハは2位でフィニッシュを果たしましたが、本当の事件はこの後起こったのです。
レース終了直後はベネトンのペナルティの消化違反に対し、罰金25,000ドルが課されましたがシューマッハの2位は有効なリザルトと発表されました。
また、黒旗を無視したことに対しシューマッハはFIA(国際自動車連盟)の事情聴取を受け、黒旗がよく見えなかったと弁明。
すると、それから2週間後にFIAはペナルティの追加を決定します。
それは、チームに対する罰金を倍となる50万ドルに増加すると共に、シューマッハのリザルトを抹消。
さらにはイタリアGP、ポルトガルGPと2レースの出場停止処分という非常に重いペナルティでした。
大量得点を稼ぎ、反撃に出たヒル
シューマッハが処分を受けるなかヒルは次々と優勝を飾り、イギリスGP以降の両者の得点差は縮まる一方。
さらに第11戦ベルギーGPでシューマッハは、マシンのスキッドブロックに違反が発覚し優勝を取り消されると、代わってヒルが優勝を手にすることになり、タイトル争いはいつしか接戦と言える展開に持ち込まれていきました。
そしてヒルはシューマッハが出場停止となったイタリアGP、ポルトガルGPでも優勝し、ベルギーから破竹の3連勝を飾ると両者の得点差はわずか1点差に。
すでにシューマッハの優位性は失われており、ほんの少しの差で明暗が分かれる展開となったのです。
続くヨーロッパGP、日本GPではそれぞれが優勝1回、2位1回と得点差は1点のまま、決着は最終戦のオーストラリアGPまでもつれ込むことになりました。
予想外の決着、両者の接触で王者が決定
そして、迎えた最終戦オーストラリアGPでついに決着の時を迎え、前でフィニッシュした方がチャンピオンという一発勝負に臨みます。
予選では両者のポールポジション争いに注目が集まるなか、シューマッハは2番手タイムを記録するもクラッシュを喫し、ヒルはハンドリングに苦しみ3番手と本来の力を発揮出来ず、ウィリアムズのナイジェル・マンセルがポールポジションを獲得。
しかし、レースがスタートするとマンセルは出遅れ、シューマッハとヒルが後続を引き離しながらレースをリードしていく正真正銘の一騎打ちとなりました。
両者は最初のピットストップを終えても僅差の争いを続け、速さでは優勢と予想されたシューマッハに対し、ヒルも初の王座を目指して追走を続けます。
そして、2人の戦いはレースの半ば、36周目に突然決着を迎えることに。
シューマッハは5コーナーでコースアウトを喫し、ヒルに逆転王座へ向けての千載一遇のチャンスが訪れます。
ヒルはすかさず並びかけトップへ出ようと試みたのですが、シューマッハはその行く手を阻むようにマシンを滑らせながらブロックを敢行。
しかし、両者は続く6コーナーで接触しシューマッハはウォールにクラッシュ、ヒルはサスペンションにダメージを負いレース続行不能となりリタイアを強いられてしまいました。
この時点でわずか1ポイント差でシューマッハが初の王座を手にすることが決まりましたが、このアクシデントが故意によるものだったのかという議論が巻き起こります。
シューマッハは自身のマシンについてコースアウト後にハンドリングがおかしくなり、ヒルにぶつかってしまったと語っており故意ではない事を強調するも、彼のこの行為を批判する意見も少なくありませんでした。
シューマッハは前人未到の7度の王者を勝ち取るなど驚異的な記録をいくつも打ち立てましたが、彼らが初めてタイトルを争ったこのシーズンは、時代の移り変わりを印象付ける以上に後味の悪さが目立ってしまう形で幕を閉じたのです。
こうした争いによって両者の不仲が報じられ、シューマッハは露骨にヒルに苦言を呈すというシーンもありましたが、ヒルはライバルを批判することは滅多になく、そんな誠実な人柄は走りにも表れていたと言えるでしょう。
この時は敗れたヒルですが後に1996年の王者に輝き、そんな彼のスタイルが激しい競争の世界であるF1でも通用することを証明して見せました。
しかし、どんな手を使ってでも勝利を目指すシューマッハと、人格者としてファンから親しまれたヒルの戦いは、マシンの優劣ではなく彼らのレースに対する考え方が勝敗を分けたシーズンだったと言えるでしょう。
まとめ
誰でも目先の事にとらわれるという場面がありますが、それは世界から選び抜かれたF1ドライバーたちも例外ではありません。
特にこのように最大の目標であるF1チャンピオンが自身の目の前にぶら下がった時には、どれほど優秀なドライバーでも本来の走りが出来なかったり、冷静な判断が出来なくなってしまうというケースも少なくないのです。
しかし、それこそ本当の人と人との戦いであり、レーシングドライバーは時速300kmにも及ぶマシンを走らせながら、勝利に向けて最善と思われる判断を下していきます。
最終戦で見せたシューマッハの動きに批判が浴びせられましたが、シューマッハは目標であるF1チャンピオンを見事に勝ち取っているので、彼の選択は正しかったという見方も出来なくはありません。
また、ヒルにおいてもこのシーズンでは残念ながらタイトルを勝ち取れませんでしたが、1996年には見事タイトルを獲得するだけでなく、レーサーでありながら紳士的な性格だったからこそ、多くのスタッフや関係者からの信頼を集める人物となりました。
この出来事から約23年が経ってもまだ、どちらの判断が正しかったのか断言することは困難ですが、順位とタイムで優劣を決めるレースの世界では、この年の王者にシューマッハが相応しいのは間違いないと思います。
ですが、この時敗れた選手を称えたり擁護する意見が見られるのは、F1が無機質な争いではなくスポーツとしてファンに愛されていた証であり、後にヒルは2年後に王者に輝き、自身の戦い方が優れていたことを証明したのです。
まさかのライバル同士の接触で幕を閉じるという珍しい結末となったシーズンでしたが、最終戦で見せた彼らの戦い方からは、それぞれの生き方までもが読み取れる興味深いものだったと言えるのではないでしょうか。
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