1985年、日本のロードレースシーンに絶大な人気を誇ったレーシングチーム、「YAMAHA TECH21 Racing Team」が誕生します。課されたミッションは8耐の制覇。
イメージカラーである淡い紫のマシンは、バイクブーム真っ只中の若者たちを魅了しました。そんなチームが辿る8耐挑戦の軌跡は劇的であり、人々の記憶に鮮烈な印象を残しています。

© Yamaha Motor Co., Ltd.

1985年、TECH21の衝撃

資生堂が求めたアスリート、平忠彦

1984年、一人のアスリートが登場するCMに、お茶の間の注目が集まります。

ストイックさと存在感ある端正なルックスの両方を持ち合わせたそのアスリートこそ、ヤマハのエースライダーである平忠彦選手でした。

平選手は大手化粧品メーカー資生堂の広告塔に起用され、レーシングライダーと男性用化粧品ブランド「TECH21」という異色のコラボがスタートします。

平選手については、こちらの記事をご覧ください。
汚れた英雄でお馴染み!? TECH21カラーが懐かしい、平忠彦がカッコよすぎる!

ビッグネームを伴い、ヤマハが8耐にワークス参戦

1985年、国内最大のロードレースの世界耐久選手権である鈴鹿8耐に、ヤマハはワークスでの参戦を発表します。

そして、都内で行われた発表会見に集まった記者たちは、度肝を抜かれました。

そこにあったマシンは「マン・マシン一体化(GENESIS思想)」を掲げる世界初の5バルブ市販車であるFZ750をベースに、1985年からTT-F1クラスに投入されたヤマハ初の4ストワークスマシンFZR750 (OW74)。

そのカラーリングは、かつてない斬新なもので、全面に淡い紫を纏っていました。


FZR750 (OW74) /© Yamaha Motor Co., Ltd.

メインスポンサーには資生堂。

化粧品メーカーによる冠スポンサーもまた、かつてない組み合わせで、カウルに印されたロゴは、ビッグな存在感を放ちます。

そして、資生堂らしい華やかな雰囲気の会見会場には、TECH21のレーシングスーツを纏った平選手の姿もありました。


© Yamaha Motor Co., Ltd.

さらにビッグなニュースは続きます。

平選手のペアライダーにヤマハが招聘したのは、なんと「キング・ケニー」こと、ケニー・ロバーツ選手でした。

ケニーは83年に現役を引退しましたが、ヤマハで世界グランプリ3連覇を成し遂げた、正に”キング”の称号に相応しいライダーです。

資生堂と平選手、そしてケニーというビッグネームに、「ヤマハは本気で優勝を狙うつもりだ。」誰もがそう感じずにはいられませんでした。

ラスト32分の悲劇

1985年の鈴鹿8耐予選。

ケニーは平選手に合わせたセッティングのバイクであるにもかかわらず、コースレコードとなる2分19秒台を叩き出し、ポールポジションを獲得します。

そして迎えた決勝で、スタートライダーを務めるケニーでしたが、なんとスタートに失敗。

ほぼ最後尾からの、怒涛の猛追が始まります。


ケニーの鬼神の走りは凄まじく、60台ものマシンを置き去りに。スタート1時間30分ほどで、チームはトップへ /© Yamaha Motor Co., Ltd.


平選手も淡々と仕事をこなす。普段は赤のラインが入る平選手のヘルメットだが、ケニーに合わせて黄色のUS.インターカラーを着用 /© Yamaha Motor Co., Ltd.


夕陽に照らされ、独走態勢のケニー。誰もが勝利を確信し始めていた/ © Yamaha Motor Co., Ltd.

そして、チェッカーまで残り32分のところで、悲劇は起こります。

平選手の駆るマシンはエンジントラブルに見舞われ、スローダウン。

大観衆の見守るメインスタンドのピットウォール前でマシンから降り、レースを終えました。


息絶えたFZR750を止める平選手。大観衆からは悲鳴があがった/ © Yamaha Motor Co., Ltd.

この悲劇のドラマから、TECH21チームと平選手の長い道のりが始まったのです。

プレイバック SHISEIDO TECH21 Racing Team

1986年は、スタート後4時間が経過したところでエンジントラブルにより、リタイアとなります。


1986年 YZF750(OW80) ペアはGPライダーのC.サロン。耐久のスペシャリストでもある。ゴロワーズブルーのKIWIのヘルメットが懐かしい/ © Yamaha Motor Co., Ltd.

そして1987年、平選手は監督として参戦し、チームは残り5分で逆転初優勝!


直前の世界GPで首、鎖骨、肋骨を負傷し、ギプス姿が痛々しい平選手 /© Yamaha Motor Co., Ltd.


片持ちリアアームのYZF750 (OW89) 駆るのは終盤2スティント連続走行でトップを猛追するK.マギー/ © Yamaha Motor Co., Ltd.


1987年 残り5分で逆転勝利したTECH21。初優勝はヤマハにとっても初めての8耐制覇となった。 だが、ファンの望む本当の主役は表彰台にはいなかった/ © Yamaha Motor Co., Ltd.

1988年は3位走行中、残り11分でエンジントラブルにより、リタイア。


1988年 YZF750 (OWA0) ペアは後の90年代GPシーンを席巻する若きミック.ドゥーハン/ © Yamaha Motor Co., Ltd.

1989年は、2位走行中の残り1時間30分のところでエンジントラブルにより、リタイア。


カラーリングが白基調となった1989年 YZF750 (OWA6) ペアはケニーの秘蔵っ子J.コシンスキー /© Yamaha Motor Co., Ltd.

1990年、終幕は勝利への結実

この年、鈴鹿8耐は異様な熱気に包まれていました。

TECH21チームには現役最強のGPライダーのE.ローソンが加入し、ファンの期待度は否応なしに最高潮となっていのです。


登場した優勝請負人、E.ローソン。この年、ローソンはヤマハから世界GPエントリーするも開幕序盤で負傷し長期の離脱。 ヤマハからの白羽の矢を快諾し8耐へ /©鈴鹿サーキット

最大のライバルはホンダのW.ガードナー/M.ドゥーハン組。

この2チームの優勝争いに注目が集まります。

そして、運命の決勝でトップ独走態勢に入ったのは、W.ガードナー/M.ドゥーハン組でした。

しかし、40周目のシケインでガードナーがスリップダウンし、ピットへ。

この間に、TECH21がトップに浮上します。


ローソンは8耐予選前まで30周あまりしか走っていないにも関わらず、ズバ抜けた適応力でYZF750(OWB7)を駆る。 サイドカウル下端にはファン1000人のイニシャルが必勝祈願として描かれた/ © Yamaha Motor Co., Ltd.


エディ同様、ステディな走りで粛々と周回を重ねる平選手 /© Yamaha Motor Co., Ltd.

そして100周を過ぎたところで、2番手から猛追を行っていたガードナー選手は、ガス欠でリタイアとなり、TECH21は独走態勢へ。

そのまま、最多周回数で優勝を飾ります。


TECH21平選手は5年超しの優勝となり、ファンも歓喜した。 「タイラを勝たせたい」とGPマシン開発に尽力していた平選手にローソン選手は見事応えた /© Yamaha Motor Co., Ltd.

平選手は悲願の8耐制覇を成し遂げ、翌1991年、現役生活にピリオドを打ちました。

TECH21とバイクブームよもやま話

TECH21は1984年に発表された男性用化粧品ブランド

男性用化粧品であるTECH21は、1984年に発表されました。

最初期のCMには、平選手の姿はありませんでしたが、登場後少しすると平選手がCMに起用され、その端正なルックスに注目が集まります。

そして1985年からは、TECH21の8耐マシンを駆る平選手のCMとなり、より一層、商品のイメージUPが図られました。

TECH21のパッケージングデザインはあのGKグループ

TECH21のパッケージングデザインは、GKグラフィックスが手掛けています。


出典 http://www.gk-graphics.jp/works/package/healthbeauty/tech21.php

GKグラフィックスは、日本を代表するデザイン集団、GKグループの一員で、GKグループにはGKダイナミックスもあります。

「え?GKダイナミックス?」

ヤマハ党の方ならもう分かったと思いますが、GKダイナミックスはYZF-R1やV-MAXなど、ヤマハの市販モータサイクルのデザインを手掛けている会社です。

ヤマハと資生堂TECH21。

偶然なのか必然なのか、こんなところでも繋がりがありました。

過熱するバイクブームと8耐人気

当時の8耐決勝の観客動員数は、16万人を超えていたといわれており、熱心なファンはバイクで全国各地から夜を徹して鈴鹿を目指しました。

さらには旅行会社によるバスツアーが組まれるほどの盛況ぶりで、作家の五木寛之先生からは「現代のお伊勢参り」と称され、85年に参戦したケニーもその観客の多さに圧倒。

鈴鹿8耐にかけるメーカーやファンの熱心さに感銘しています。


1990年の8耐決勝 /© Yamaha Motor Co., Ltd.

また、スタートから夕刻までを地上波TVで生中継した局もあるほどで、NHKでもBS放送で生中継されていました。

さらに、「鈴鹿8耐速報」を現地に行けなかった若者たちが、大挙してコンビニで買っていたのを思い出します。

実はケニーはあまり好きでなかった、エンデュランス・ライト・ブルー

1985年に登場したFZR750の淡い紫が、俗に言う「TECH21カラー」の元祖です。

ヤマハによるこの色の正式な名称は「エンデュランス・ライト・ブルー」。

実はこの色、ケニーには「女々しい色」として映り、不評だったようです。
(参考文献:RACERS vol.09)

ですが、日本人の目からすると資生堂効果か、オシャレ感のあるイメージとなっており、平選手のレーシングスーツ姿も違和感なくカッコイイと感じます。


1988年、8耐を走るTeam Lucky Strike RobertsのW.レイニー。チームはこの年、優勝を飾った。/ © Yamaha Motor Co., Ltd.

TECH21とゼッケン#21

仮にTECH21のマシンがゼッケン#21以外だったら、一番違和感を感じるのはスポンサーの資生堂だったと思います。

しかし、当時のレギュレーションでは「ゼッケンの数字と違う数字を車体につけてはいけない」という条項があり、TECH21のロゴを車体に使うためには必然的にゼッケンも21にしなければなりませんでした。

初参戦の85年、運よく#21は空き番号として使うことが出来、ヤマハ関係者はホッとしたようです。(参考文献:RACERS Vol.09)


FZR750 (OW74) /© Yamaha Motor Co., Ltd.

平選手と資生堂TECH21が果たした役割

サーキットの平選手とTECH21はファッショナブルであり、皆、洗練された印象を持っていました。

その影響は多大で、BEAMSやSWATCHなど多くの異業種をレースの世界に持ち込み、業界のイメージアップに貢献。

スポーツとしてロードレースが受け入れられた時代でもありました。

その流れは、バイク=暴走族といったイメージや3ナイ運動など、若者からバイクを遠ざけようとする社会運動を見直す機会が与えられたのです。


1989年優勝車 BEAMS-HONDAのRVF750 /© Honda Motor Co., Ltd.

そして、平選手の不屈の挑戦は、見る者に感動を与え、バイクやレースに興味のなかった人々までもを魅了していきました。

資生堂の6年にわたる長期のサポートも、平忠彦というアスリートに惚れ込み、「なんとしてでも勝たせたい」という思いがあったからだと思います。

そして8耐制覇という目標を掲げ、ブレずに挑戦し続けたTECH21チームは、6回の挑戦で一度も転倒することはありませんでした。

2019年、TECH21復刻!

2019年、YZF-R1の市販21周年を記念して、TECH21はメモリアルカラーで復刻します。

実に34年ぶりのカラーを身を纏い、TECH21としては29年ぶりの8耐参戦です。


© Yamaha Motor Co., Ltd.

今回の復刻企画には、ヤマハの意欲にももちろんですが、資生堂にも敬意を感じざるを得ません。

TECH21は過去のブランドであり、再販予定もありません。

そのため普通の企業であれば、「誤解を招く」などリスクを排除することにまずは動くところです。

しかし資生堂は、カラーリングだけでなく「SHISEIDO TECH21」のロゴまで復刻を許諾してくれました。

そこに、資生堂らしい企業文化を垣間見た気がします。


PhotoBy T.Hiroshi


まとめ

1991年、平選手もTECH21チームも、8耐にその姿もありませんでした。

今思えば、レーサーレプリカが隆盛を極めたバイクブームは、1990年がピークだったように思えます。

TECH21チームは、その存在の大きさ故、反作用も大きく、チームの優勝は満足感と同時に喪失感をファンにもたらしました。

その後90年代前半でバブル景気は終焉を迎え、バイク業界もレーサーからネイキッドへとトレンドが変遷。

8耐人気も下降局面を迎えます。

だからこそ、鈴鹿8耐での『ゼッケン#21』には、特別な意味があるのです。

2015年、新型YZF-R1を引っ提げ、ヤマハは実に13年ぶりにファクトリー参戦を行い、エースナンバー#21を復活させました。


2018 YZF-R1市販20周年アニバーサリーカラー/ © Yamaha Motor Co., Ltd.

それから破竹の4連覇。

2019年は5連覇、9回目の優勝をかけての熱い夏が始まります。

ヤマハは「令和の序幕」として8耐に臨み、それを飾るに相応しいTECH21カラーのマシンとライダーが令和の新しい舞台で、どんなドラマを繰り広げるのか。

今からとても楽しみです。


アレックス・ローズ選手の8耐用ヘルメットは1985年のケニーのデザインをモチーフに /© Yamaha Motor Co., Ltd.


© Yamaha Motor Co., Ltd.

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