複数の販売チャネルを持つ国産車メーカーが販売不振に陥ると、それなりに売れている車の姉妹車を、他の販売店でも販売する苦肉の策は、1990年代によくあった話です。大抵は知名度の低さや元ネタ車との差別化に失敗して販売が伸び悩み、結局は販売チャネルを統合。車種整理で消えていくものですが、かつてパルサーセリエ姉妹車を日産サニー店で販売していた「ルキノハッチ」も、そんな1台でした。
CONTENTS
B12サニー以来のサニー店向けハッチバック車、「ルキノハッチ」誕生
1990年代、日産の1.3~1.8L級小型大衆車は、サニー店向けの「サニー」と、日産店/チェリー店/プリンス店向けの「パルサー」へ統合されており、バブル崩壊後の販売不振と経営不振で大幅なコストダウンを迫られていた8代目B14系サニーと5代目N15系パルサーは、デザインやラインナップの違いこそあったものの、共通化が進んでいました。
そして1993年に発売されたB14系サニーは、標準の4ドアセダンと、翌1994年に追加された2ドアクーペ版「ルキノ」(当初はサニールキノ)を販売していましたが、1980年代後半に販売されていた6代目B12系サニーを最後に、サニーのハッチバック車を廃止。
販売不振を補うための、ラインナップ拡充を迫られます。
そこで白羽の矢が立ったのは、初代以来のハッチバック車を継続していたパルサーで、デザインやラインナップを別にする余裕もなかった事から、N15系パルサーの3ドアハッチバック版「パルサーセリエ」を、ほぼそのままの形でサニー店でも販売する事が決定。
サニーのハッチバック版ではなく、ルキノ派生車という形を取って、1995年1月に「ルキノハッチ」として、パルサーセリエと同時デビューしましたが、サニーやルキノの型式がB14系だったのに対し、ルキノハッチは当然パルサーと同じN15系でした。
高性能版VZ-RやRV仕様のS-RV、5ドア車も追加
デビュー当時のCMは、それまでルキノのCMに出演していた江口 洋介以下、「ルキノって、いいかも」と2ドアクーペをオススメしていた面々もそのままに、宝くじの当たった仲間が「当たっちゃった!」とルキノハッチで乗り付け、「ルキノハッチ誕生!」という唐突なもので、見る人が見れば「あれ?パルサーだよねこれ?」とすぐわかるものでした。
グレード構成も価格もパルサーセリエと全く同じで、知名度の低さを補うためか、ルキノハッチにのみ1996年1月、特別仕様車として「JJサウンドセレクション」が発売されたくらいです。
そもそもパルサーセリエ自体が先代に存在した2Lターボ4WDのGTI-Rを廃止。
同クラスのライバルのように、リッター100馬力級の高性能エンジンを搭載したハイパフォーマンス版もなく、SR20DEを搭載したオーテックバージョンが発売された程度(それもルキノハッチでは前期型に設定されず、中期型から)です。
しかし、大型化したボディに対し、3ドアではドアから後ろのボディ側面のデザインがアッサリしすぎて間延び感があるなど、評価はいまひとつ微妙。
よりデザインがまとまっているものの、国内投入されていなかった5ドアハッチバックの販売が望まれていました。
日産ではどうせならと考えたのか、パルサーセリエ/ルキノハッチで初の国内向け5ドア車を、当時のRVブームに便乗した今でいうクロスオーバー仕様「ルキノS-RV」として、パルサーセリエS-RVともども1996年5月に発売。
当時のクロスオーバー仕様が軒並み珍車扱いされた中では、珍しくソコソコの人気を得て健闘します。
さらに1997年9月のマイナーチェンジでは、いよいよ自然吸気でリッター100馬力超えの175馬力を誇り、可変バルブ機構「NEO VVL」を組み込まれた高性能テンロクエンジンSR16VEを投入。
「ルキノハッチVZ-R」として、パルサーセリエVZ-Rともども発売します。
ただし、このSR16VE搭載版「VZ-R」はパルサーセダン、パルサーセリエS-RV、ルキノクーペ、ルキノS-RVにも同時設定され、1998年にB15系へモデルチェンジ後まで先送りされたサニーVZ-Rを除けば、日産ラインナップの同クラス車のほとんどに搭載され、特別感が薄かったと言えます。
そんなSR16VEを搭載した高性能版の本命としては、「青ヘッド」の175馬力版に対し、「赤ヘッド」の200馬力版を搭載した「VZ-R・N1」がルキノハッチ、パルサーセリエに設定され、両車合わせて1997年に200台、1998年に300台が限定販売されました。
しかしそこでもルキノハッチの存在感は薄く、パルサーセリエVZ-R・N1は、スーパー耐久シリーズでEK9シビックタイプRを相手にそこそこ善戦したものの、”ルキノ”名で参戦した例はありません。
わずかに全日本ダートトライアルへ参戦した記録はあるものの、全日本ジムカーナや全日本ラリー、その他のマイナーレースでも「ルキノVZ-R・N1での参戦記録」は見当たらず、シビックタイプRやミラージュRSはもとより、パルサーセリエVZ-R・N1と比べても、ほとんど見かけぬ日陰者だったのは確かです(もっともレアなのはルキノクーペVZ-Rと言われていますが)。
主要スペックと中古車価格
日産 JN15 ルキノ 3ドアハッチバック VZ-R 1997年式
全長×全幅×全高(mm):4,140×1,690×1,385
ホイールベース(mm):2,535
車重(kg):1,120
エンジン:SR16VE 水冷直列4気筒DOHC NEO VVL16バルブ
排気量:1,596cc
最高出力:128kw(175ps)/7,800rpm
最大トルク:162N・m(16.5kgm)/7,200rpm
10・15モード燃費:12.2km/L
乗車定員:5人
駆動方式:FF
ミッション:5MT
サスペンション形式:(F)ストラット・(R)マルチリンクビーム(中古車相場とタマ数)
※2021年4月現在
流通皆無
すっかり忘れ去られた、販売系列や車種の整理が間に合わなかった時代の産物
ルノー傘下で再建が決まった日産により、1990年代末に販売系列の統合整理(ブルーステージ店とレッドステージ店への集約、その後現在の1系列へ)、それに伴う車種整理と大リストラが進む中、ルキノハッチも2000年にはパルサーセダン/パルサーセリエ、S-RVともどもひっそりと消えていきました(ルキノクーペは真っ先に1999年廃止)。
プリメーラ/プリメーラカミノとブルーバード、プレサージュとバサラ、スカイラインとローレル、セドリック/グロリアのように、販売不振を極めつつ販売系列の複数チャンネル制と、それらの独自車種ラインナップを維持するために派生車を乱発し、混乱を極めた時期の日産車らしく、ルキノハッチも今やすっかり忘れ去られた存在です。
新車販売当時から「そういえばあったな」程度でS-RV以外は存在感が薄い車種で、もはや中古車市場でもS-RVさえほとんど流通していない事から、廃車解体や国外流出が進んだと思われ、仮に国内で現存していても、ほとんどはVZ-Rでしょう。
そもそもパルサーセリエ自体、街でほとんど見かけませんが、もし見つけた場合は車名エンブレムを確かめ、ルキノであれば「ものすごいレア車を見つけた!」と自慢できます。
ただしそのためには、まず「国内版パルサー最終型にはルキノハッチという姉妹車があって…」から始まる、少々面倒な解説が必要かもしれません。