かつて、異業種合同ブランドとして脚光を浴びた「WiLL(ウイル)」。トヨタもトヨタ車でありながらWiLLブランドを名乗る車を3台リリースしましたが、その第1弾が「WiLL Vi(ブイアイ)」でした。初代ヴィッツベースとは思えない、トヨタらしからぬ個性と魅力にあふれたコンパクトカーは、いったいどんな車だったのでしょうか。

「カボチャの馬車」をイメージしたデザインのトヨタ WiLL Vi / Photo by Robert Couse-Baker

なんてたってメルヘン!異業種合同ブランド「WiLL」初の乗用車「Vi」

WiLLプロジェクトのトヨタ第1弾「WiLL Vi」のバースデイパーティ / 出典:https://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/text/leaping_forward_as_a_global_corporation/chapter4/section6/item2.html

1990年代初頭のバブル崩壊と、その後の超絶不景気時代をライバル他社ほど転落せずに済んでいたトヨタですが、バブル前後で急激に変化し、多様化していった価値観への追従という意味では、今ひとつで若者や女性ウケする車のラインナップが物足りず、国内シェアも40%を割り込む事態に「危機感」を感じていました。

他社のように存亡に関わる危機ではないため、ある意味ではトヨタの余裕を感じさせますすが、社内公募した若手メンバーによる社内VVC(バーチャル・ベンチャー・カンパニー)を発足させ、20~30代の若者にウケる商品企画やデザイン、マーケティングのためのさまざまな手法を取り入れていきます。

その一環として浮上したのが「異業種合同による新たなブランドの創出」で、アサヒビールや花王、近畿日本ツーリスト、松下電器産業(現・パナソニック)などと共同で、1999年8月に新ブランド「WiLL(ウィル)」を発表。

並行して企画・開発を進めていたトヨタのWiLLブランド乗用車第1弾が、2000年1月に発売された「WiLL Vi(ブイアイ)」でした。

似たような企画には、スバルが1980年代に通販ブランド「ディノス」と提携し、軽自動車の2代目レックスで通販専用の特別仕様車「ディノス レックス」を販売したり、無印良品が日産と提携し、2代目マーチをベースに通販サイトムジ ネットで販売する独自モデル、「MujiCar1000」を2001年に発売したケースがあります。

そうした他社の例はいずれも、提携企業のオーダーに応じた装備の特別仕様車、あるいはエンブレムや一部デザインを変えた程度の車だったのに対し、WiLLブランド車は、既存のトヨタ車をベースとしつつ、全くのオリジナルデザインだった点が特徴です。

クリフカットの馬車に乗りたい全てのシンデレラへ…

Viを見てトヨタ車、それもヴィッツベースとわかる人はそうそういるまい / Photo by Mic

Viは1999年に発売された初代ヴィッツの1.3リッター版をベースにしており、メカニズムは共通ですが4WD車の設定はなく、当時ヴィッツになかったベンコラ仕様(ベンチシート+コラムシフト)を採用。

「シンデレラの馬車(カボチャの馬車)」をモチーフに、一見簡素な鋼板を曲げて組み合わせたような外装は、ドアやボンネット、トランクへ入った3本の窪みや前後同一イメージのヘッドランプ/テールランプ、こじんまりとしたウィンカーランプで古風な装飾が施された馬車のように見せています。

リヤはヴィッツのようなハッチバックではなく独立トランク式で、国産車では珍しい(それまでの代表例は1960年代のマツダ キャロル)、長いルーフから内側へ向けてリアウィンドウを傾斜させたシルエットで、キャビンを絶壁のようにスッパリ断ち切った「クリフカット」が最大の特徴です。

後席のヘッドスペースを稼ぐとともに頭上からの陽光を防ぎ、かつ短いトランクの開口部も最大限確保されたデザインで、ハッチバック車のように大きなリアゲートと後席を倒した時の広大なラゲッジスペースで大荷物を積めるような実用性はないものの、実用性より優先させた非日常感の演出は、かつてのBe-1やパオ、フィガロなど日産のパイクカーを思わせます。

どちらかといえば保守的、実用性重視、あるいはメッキパーツなど現代的な装飾重視なトヨタ車デザインとは一線を画しており、ましてやトヨタエンブレムをつけずにWiLLエンブレムのみだったため、言われなければトヨタ車と気づかないかもしれません。

内装もヴィッツと共通なのはセンターメーターレイアウトくらいで、デザインは全くの別物。「乗った瞬間に夢が覚める」ような事はない。/ 出典:https://www.favcars.com/wallpapers-toyota-will-vi-ncp19-2000-01-188084.htm

内装もヴィッツと同様のセンターメーターレイアウトとはいえデザインは全く異なり、明るい色合いや一部鋼板むき出しの部分、エアバッグすらも3本の窪みが入ったステアリングや丸いコラムシフトノブ、おそらくはコスト上どうしても特別な部品を使えなかったであろうエアコンスイッチやオーディオ周りも、シンプルで目立たなくしてあります。

この種の車は外装こそ特別でも、乗った瞬間ベース車丸出しで「夢から覚めたように普通の車と気づいてしまう」のでは興醒めなので、乗っていても降りて眺めても特別な雰囲気であり続ける事には、相当な配慮がなされたようです。

実際、筆者が発売当時の地方モーターショーでこの車を見た際に、同行していた同僚のガールフレンドが、「これイイ!欲しい!アンタの車(※同僚はNAロードスター乗りだった)なんかどうでもいいから、これに買い換えようよ!」と大はしゃぎ。

「シンデレラの馬車じゃん!」と、何も知らない彼女がコンセプトを直感的に理解したのを驚くとともに、なるほど女性ウケのいい車とはこういうものかと感心したものです。

主要スペックと中古車価格

キャンバストップ仕様もあったトヨタ WiLL Vi / 出典:https://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/vehicle_lineage/car/id60000306/index.html

トヨタ NCP19 WiLL Vi キャンバストップ仕様車 2000年式
全長×全幅×全高(mm):3,760×1,660×1,600
ホイールベース(mm):2,370
車重(kg):950
エンジン:2NZ-FE 水冷直列4気筒DOHC16バルブ
排気量:1,298cc
最高出力:65kw(88ps)/6,000rpm
最大トルク:123N・m(12.5kgm)/4,400rpm
10・15モード燃費:17.2km/L
乗車定員:5人
駆動方式:FF
ミッション:4AT
サスペンション形式:(F)ストラット・(R)トーションビーム

 

(中古車相場とタマ数)
※2021年5月現在
4.8万~79万円:39台

いずれも個性的なWiLL車で、Viが最高傑作と言いたい

ルーフから内側へ向け傾斜した「クリフカット」がこの角度からはよくわかる / Photo by Jones028

その後もステルス戦闘機をモチーフにした「Vs」、ネットワークと融合したサイバーカプセルコンセプトの「サイファ」を作り出したトヨタのWiLLブランド車ですが、「WiLL」そのものがエンブレム以外に統一感を示せなかった事や、参加企業による温度差も著しかった事などから、ブランドとしての盛り上がりに欠け、結局3台のみで終了します。

その中でも一番トヨタ車らしさがなく、メルヘン路線をこれでもかと極めた「Vi」が最高傑作だったと思いますが、結局はこれ1台で終わってしまい、後のトヨタ車に同様のコンセプトは受け継がれず、「WiLLは終われどコンセプトは活きた」とならなかったのは残念です。

今後のEV(電気自動車)時代では、ガソリン車とは異なるメカニズムやレイアウトの採用が可能になっていくことや、新時代の乗り物を印象づけるためにも、C+podに続く超小型モビリティ第2弾以降などで、またViのような夢に包まれた車を作ってくれたらと願わずにはいられません。