「Sleeper」という言葉をご存知でしょうか? 海外のカスタムカー愛好家達が使うスラングで、「外観はノーマルなのに、化け物じみた性能の車」を意味します。日本にもそんな車が存在しており、「ストーリアX4」や「マツダスピードアテンザ」、「初代アルトワークス」などがこれに該当します。今回はそんな「羊の皮を被った狼」達の中から、特に怪物じみた性能の2台をご紹介します。

ダイハツ ストーリアX4(初期・中期型) 出典:https://www.favcars.com/daihatsu-storia-x4-m112s-1998-99-images-395710-800×600.htm

64psの出力規制を導いた「怪物」

スズキ CA72V アルトワークスRS-X /出典:https://bringatrailer.com/listing/1987-suzuki-alto-works-rsx/

1987年当時、軽自動車の出力はまだ550ccが上限でした。

そんな頃にダイハツから発売された『ミラTR-XX』は、SOHC2バルブターボエンジンを搭載し、50psを発揮します。

それに対抗したスズキは『アルト』に白羽の矢を立て、ミラTR-XXの対抗馬として名乗りを上げるべく『初代アルトワークス』を開発したのです。

初代アルトワークスの誕生

スズキ CA72V アルトワークスRS-X出典:https://www.favcars.com/pictures-suzuki-alto-works-rs-x-1987-88-368428

1987年2月にスズキが売り出した初代アルトワークスには、水冷直列3気筒DOHCターボエンジンの、F5Aが搭載され、排気量は550ccでした。

こちらも外見は普通の軽自動車。

最大出力は64psでしたが、当初このモデルは78psで売り出す予定だったと言います。

しかし当時の陸運局が許可しなかったことで、仕方なく64psに出力を低下させて販売することに。

これは、従来の軽自動車が約50psほどの馬力だったのに対し、車重が610kg程度のままでいきなり最高出力64psの車を発売したため、このような規制が掛かったと言われています。

内部に搭載されたF5Aは軽く10000rpmまで回る「化け物」エンジンで、最高速度は163.7km/h、ゼロヨン加速では16.87秒という、軽としては驚異的な数値を記録。

この最高速度163.7km/h、ゼロヨン加速16.87秒という数値は、当時の1600ccクラスのスポーツモデルとほぼ同等のものであり、加速時はスポーツカーでもない限り、2000ccの普通車では簡単に追い抜かれるほどでした。

このF5Aは現代のチューニング技術をもってすれば、200psまで到達可能なポテンシャルを誇り、先述の通り当時のモータースポーツでも、初代アルトワークスに勝てる車はそれほどありません。

打倒スズキを掲げ、ダイハツは「怪物」を開発した

撮影:713R

1990年代に入り、各メーカーがハイパワーエンジン搭載車を次々と出す中、ダイハツとスズキはラリーやダートトライアルで激しい鍔競り合いを演じていました。

そして90年代の初頭は、『ダイハツ ミラTR-XX』が、『スバルヴィヴィオRX-RA』や『スズキ アルトワークス』と一進一退の攻防を繰り広げている状態でしたが、1994年にスズキが3代目『アルトワークスR(HB21S型)』を生み出すと、状況は一変。

軽量DOHCターボエンジン、K6Aを搭載したアルトワークスRはライバル車を次々と打ち破り、ラリーやダートトライアルはスズキの独壇場となります。

これに対抗しようと、ダイハツもJB-JLという4気筒DOHCターボエンジンを載せた4代目の『ミラ アヴァンツァートTR-XX X4』を投入。

どうにか、この状況を打破しようと務めます。

しかし当時の最強マシンであったアルトワークスRに対し、ミラX4は歯が立たず、ラリーでもダートトライアルでも敗北。

「このままではいけない」と考えたダイハツは、長年のライバル スズキを打倒すべく、1998年の軽自動車規格改正に合わせ、荒ぶる「狼」のようなエンジンを搭載した「怪物」じみた車を開発したのです。

ストーリアX4、降誕

出典:ダイハツ「ストーリアX4」リーフレット

そんなバックボーンから生まれたダイハツ ストーリアX4(M112Sa)は、1998年に新型コンパクトカーの「ストーリア」をベースにして誕生しました。

見ての通り、外見はごく普通のコンパクトカーですが、駆動方式は4WDを採用し、ミラX4から名前を継承しながらも、内部にはJB-JLを改良した713ccDOHCターボエンジンの「JC-DET」を搭載。

JB-JLは元々1000ccまで排気量を上げられるエンジンだったので、JC-DETへの改良時にシリンダーの内径は維持しつつもストロークをアップさせて、排気量を713ccまでアップさせました。

ちなみに当時のモータースポーツでは、ターボ車の排気量はエンジン自体の排気量に1.4を掛ける「ターボ係数」で決まっており、JC-DETの場合は713×1.4で998.2cc。

「軽自動車よりも少しだけ大きい排気量」のエンジンを搭載した車を開発するなんて、国際ラリーに出るなら分かる話ですが、マイナーな国内競技に出るためだけにこのような車を出すなど、当時でも信じられないことでした。

全ては「モータースポーツでスズキを打ち倒す」為。

ただそれだけのために、ダイハツはこの車を開発したのです。

ターボ任せだったJC-DET

撮影:713R

このエンジンに付けられたターボは1.3リッタークラスのもので、これは排気量1リッターあたり168.3psを出せる文字通りの「狼」です。

しかもこのターボはブーストコントローラーがなくとも、ブーストの調整が可能だったので、やろうと思えばノーマルでも150psは発揮できました。

しかしターボのブースト圧がパワーの源なので、圧縮比はスカスカ。

3000rpm以下ではトルクが感じられず、4500rpm以上でようやくブーストが立ち上がり、そこから一気に燃料を費やして高回転域へと突入するという仕様は、まさに極端すぎる「どっかんターボ」です。

しかし圧倒的な戦闘力を得た代償として、JC-DETはブーストなしだと非常に遅く、ブーストを使うと制御が難しくなるという欠点を抱えていました。

つまりJC-DETは常にブーストを掛けて高回転域を維持していなければ、速く走れないという完全にターボ任せの狂ったエンジンだったのです。

この甲斐あってストーリアX4はラリーやダートでアルトワークスRに勝利し、後継車の「ブーンX4」が出た後も、長く活躍することができました。

まとめ

これらは見た目はごく普通のコンパクトカーや軽自動車であるため、その姿を眺めただけでは「ただの軽やコンパクトカーじゃないか」と勘違いしてしまうかも知れません。

ところが実際はそうではなく、その性能はかつてラリーやダートトライアルに鋭い爪痕を刻みつけた、野生の「狼」そのもの。

現在の燃費優先軽自動車やコンパクトカーから失われた、「羊の皮を被った狼」ぶりは、一度乗ってみるとやみつきになるかも知れません。

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