もし。もしも、現代の日本から1970年頃にタイムスリップした自動車エンジニアが、ホンダに拾われて「何か面白い軽自動車を作れ」と言われたら…そんな妄想で1本何か書けてしまいそうな、明らかにそこだけ違う時間が流れている車、「ライフステップバン」。さまざまな事情で短命に終わったとはいえ、現代でも十分に通用しそうな実用性には、驚かざるをえません。

出典:https://www.en.japanclassic.ru/booklets/211-honda-life-1972-stepvan-and-pickup-va-pa.html

初代ワゴンRを20年以上先取りした車、ライフステップバン

ホンダ ライフステップバン 出典:https://www.honda.co.jp/news/1972/4720919.html

1972年、軽自動車といえばほとんどは背が低くちんまりとした2BOX(ボンネット+キャビン)の軽乗用車か軽ボンネットバン、1BOX商用車、軽トラックくらいなもので、中には360ccエンジンをブン回して40馬力も出すような過激なモデルもありましたが、大抵は安くともよく走る、健気な国民車といった存在でした。

ダイハツ フェローバギィやバモスホンダのように遊び心のあるモデルも登場していたとはいえ、レジャー向きの自家用車(RV)が最初のブームを起こすのは1980年頃の話で、何より重要なのは経済性と実用性、そして動力性能という時代です。

そんな1972年9月、ホンダが軽乗用車ライフをベースに開発した軽ボンネットバン「ライフステップバン」は、”当時の視点からは”何もかもが異色でした。

エンジンをキチキチに詰め込んだ最低限のボンネット、前後ドアが十分な余裕をもって配し、キャビンの前後席に4人乗ってもなお広いラゲッジスペースを確保、立体駐車場の高さ制限1,550mmなど無視した全高1,620mmのノッポで大きなボディ。

センターメーター式のシンプルなインパネ。フロアシフトでサイドウォークスルーできないのが惜しいのは、ライフの名残りか。 出典:https://www.favcars.com/wallpapers-honda-life-step-van-1972-75-68180.htm

まだ軽1BOX商用車ですら後席スライドドアが一般化する前でしたから(初採用は1972年2月発売の4代目ダイハツ ハイゼット)、前後ドアは一般的なヒンジドア4枚とはいえ、”現在の視点からは”なんという事はない軽トールワゴン、あるいはもっと背の高い軽スーパーハイトワゴンに見えます。

しかし、軽トールワゴンブームの先駆けとして、日本車に大革命を巻き起こした初代スズキ ワゴンRの発売は1993年、やや先行していた初代三菱 ミニカトッポでさえ1990年発売です。

ワゴンRより20年以上早く誕生したライフステップバンは「1972年にこんな車が存在しているなんてオカシイ!ホンダアクセスあたりが最近作ったレトロな超小型モビリティだろう!」と言いたくなる、まさに自動車界のオーパーツ(※)でした。

※オーパーツ:その時代や場所にそぐわない、ありえない物。場違いな工芸品。

当時の日本では理解されにくかったコンセプト、不発

ホンダ ライフステップバン 出典:https://www.en.japanclassic.ru/booklets/211-honda-life-1972-stepvan-and-pickup-va-pa.html

世界の自動車史を見れば、ライフステップバンのように合理性や実用性に優れたハイルーフ車は特に目新しいわけではありません。

シトロエンのタイプHバンなどホンダも1960年代の第1期F1参戦で使っていましたし、シボレーの「ステップバン」(特に1968年からの5代目)など、モノコックボディの商用バンでデザインにも類似性があり、何より車名が同じです。

国産FF商用車でも1960年に発売されたものの短命に終わった、日野 コンマースのように1BOX貨物車すらあり、いわばホンダはそれら国内外で見聞した各車を参考に、軽乗用車のライフをベースとして成立させるべく、絶妙なパッケージングを行ったに過ぎないとも言えます。

ライフステップバンの参考になったとも言われる「シボレー ステップバン」。巨大だがフロントマスクが似ており、スケールダウン版と言えない事もない? Photo by MIKI Yoshihito

ただ、当時はまだ「商用車をレジャーなどでカッコよく使う」という1980年頃の第1次RVブーム以前でしたし、何よりしょせんは360ccエンジンの軽自動車ですから、後の軽トールワゴンのような若者ウケにはまだ早く、ファミリーカー用途に応えるには力不足。

商用としてはセンターメーター式ゆえ広く空いていたハンドル前のスペースが伝票整理など車内の軽い事務作業には便利で、乗用車並の快適性は好評だったものの、肝心の積載性能は軽乗用車や軽ボンネットバンより良好なれど、軽1BOXや軽トラほどではない中途半端さと、既に軽1BOX車で採用され始めていた後席スライドドアを持たないなど、実用性にも疑問符がつきます。

とどめはFF(フロントエンジン・前輪駆動)だった事で、乗用車やボンネットバン程度はともかく、本格的な貨物車としてフル積載した時の耐久性や走行性能が不安視され、やはり敬遠される要因となりました。

ステップバン発売の翌年に登場した「ライフピックアップ」。N-VANベースで作るのは難しそうだが、過去にこういう車があると何とかならないかと思ってしまう。 出典:https://www.en.japanclassic.ru/booklets/211-honda-life-1972-stepvan-and-pickup-va-pa.html

そのため、販売終了までの平均月販は目標の2,000台に対してわずか700台程度に留まり、同じくライフベースでステップバンの前半部を流用したピックアップ版「ライフピックアップ」に至っては、販売期間が1973年8月から翌年10月までの1年2ヶ月と短命とはいえ生産台数わずか1,132台と、いずれも「商業的には大失敗」だったのです。

しかも当時のホンダは1969年に発売した小型乗用車「ホンダ1300」の大失敗と、軽自動車市場の縮小で四輪車メーカーとして存亡の危機にあった状態で、1972年に発売した初代「シビック」へ低公害エンジン「CVCC」搭載のメドがたつと、軽トラック(TNシリーズ)を除く全車種生産中止、ほぼ全資源のシビック集中という大博打を決断。

これによってライフステップバンもライフピックアップも、ホンダのその他軽自動車および乗用車ともども1974年10月までに生産を終え、数年後の第1次RVブームで若者から人気の中古車となるまで、半ば忘れられた存在になっていきました。

主要スペックと中古車価格

ホンダ ライフステップバン 出典:https://www.en.japanclassic.ru/booklets/211-honda-life-1972-stepvan-and-pickup-va-pa.html

ホンダ VA ライフステップバン 1972年式
全長×全幅×全高(mm):2,995×1,295×1,620
ホイールベース(mm):2,080
車重(kg):605
エンジン:EA 水冷直列2気筒SOHC4バルブ
排気量:356cc
最高出力:22kw(30ps)/8,000rpm(※グロス値)
最大トルク:28N・m(2.9kgm)/6,000rpm(同上)
燃費:-
乗車定員:4(2)人
駆動方式:FF
ミッション:4MT
サスペンション形式:(F)ストラット・(R)リーフリジッド

(中古車相場とタマ数)
※2021年5月現在
78万~129.9万円・5台

45年以上の時を経てN-VANとして復活!ピックアップは…?

1970年代前半の車とは思えない機能感!一種のオーパーツ的なものを感じる。 出典:https://www.favcars.com/honda-life-step-van-1972-75-wallpapers-68206.htm

その後、シビックの大成功で経営を立て直したホンダは1979年に軽トラ以外の軽自動車市場へも復帰しますが、1979年に発売した初代「アクティバン」はオーソドックスな軽1BOX車となります。

1993年に初代ワゴンRが大ヒットすると、20年以上早くデビューしていた先駆者として再評価されますが、「FFハイルーフ軽貨物車」というコンセプトは、2018年に発売されたアクティバン後継車「N-VAN」でようやく復活しました。

年々縮小していく軽商用車市場でアクティバン/アクティトラックの販売継続は困難という理由で昔のコンセプトを掘り起こし、N-BOXベースでビルトインBピラー式スライドドアを持たせたN-VANは、まさに現代によみがえり、さらに便利になったライフステップバンと言えます。

さすがにアクティトラック後継までは作れないとされていますが、かつてのライフピックアップを考えると、N-VANベースでピックアップを作れないものか…と、ホンダファンならずとも期待してしまうところです。