『FF大衆車のパワートレーン一式をリアミッドシップに移し、安価にミッドシップスポーツを実現する』という手法は現在でもホンダ S660などで健在ですが、その始祖的存在と言われるフィアット X1/9はどんな車だったのでしょうか?深く関わったベルトーネやダラーラの思惑もあり、そのスポーツカーとしての完成度は『安価なミッドシップスポーツ』どころではなく、かのストラトスをも上回る可能性すらありました。

 

フィアット X1/9  / Photo by allen watkin

 

 

安価なFFスポーツになるはずが、気が付けばミッドシップスポーツへ

 

意外と見かけない?リトラクタブルライトを開いたフィアット X1/9  / Photo by Jack Snell

 

フィアットは大衆車600の後継車850を1965年に発売、600同様にパワーユニットのスペースを極小化し、乗車スペースを最大限取れる手法として、当時はまだ一般的だったRR(リアエンジン・後輪駆動)レイアウトを採用していました。

それをベースにしたオープンスポーツの850スパイダーが北米を中心に好評だったので、850が後継車127や128クーペに代替わりした後も生産が続けられ、新たな2シータースポーツの開発を模索します。

一方、フィアットでは850と並行して斬新なFF(フロントエンジン・前輪駆動)レイアウトも開発していました。

 

X1/9の先代に当たるスポーツカー、フィアット 850スパイダー  / Photo by Bruno Kussler Marques

 

主任設計者のダンテ・ジアコーサによって開発されたためジアコーサ式と呼ばれるこのFFレイアウトは、既に直列2気筒エンジン車などで採用例のあったエンジンとミッションを直列につないで横置きしたもので、後にほぼ全てのFF車が採用することになる方式です。

このジアコーサ式FFは850と同時期にフィアット傘下のアウトビアンキからプリムラ(1964年発売)で実験的に採用後、128(1969年発売)からフィアット車にも採用されました。

そんな前後方向、そして上下方向にもコンパクトに収まるジアコーサ式FFのパワーユニットは、そのまま後輪直前のリアミッドシップ配置に載せ替えることで、小型で安価なミッドシップスポーツを実現可能にします。

それのよりプリムラ発売以降、ジアコーサおよび自動車デザインで名高く、自ら生産も行うベルトーネでジアコーサ式FFベースのミッドシップスポーツがそれぞれ考案されていました。

 

A112のパワートレーンを使ったミッドシップスポーツコンセプト、アウトビアンキ ランナバウト・バルケッタ / 出典:http://www.synlube.com/Runabout.html

 

それが形になったのが1969年にベルトーネが作ったコンセプトカー、アウトビアンキ ラナバウト・バルケッタです。

同時期に、850スパイダー後継となる北米向け小型スポーツカーを提案するようフィアットから打診があり、ベルトーネが「これでどうだ!」とラナバウト・バルケッタを提出したのは当然のことでした。

フィアットとしては850スパイダーと同様、128をベースにした安価なFFスポーツを望んでいるフシがありましたが、当時のフィアット社長ジャンニ・アニエッリの鶴の一声によって、ベルトーネ案通りのミッドシップスポーツ、開発コードX1/9が始動したのです。

 

あくまで大衆向けスポーツにしたいフィアットと、それぞれの思惑

 

フィアット X1/9  / Photo by peterolthof

 

こうして始動したX1/9ですが、フィアット経営陣としては『128スパイダー』と呼べるような低コストのスポーツカーの登場を望んでいたのですが、アニエッリ社長は奇抜なデザインのラナバウト・バルケッタに「このままでいい!」とトップダウンでGOサインを出してしまいます。

そこにレーシングカーのコンストラクター(製造者)であり、カウンタックやストラトス、後にはBMW M1など市販ミッドシップ・スポーツにも深く関わるダラーラが絡んできてしまい、収拾がつかない状況に。

そして、これまたカウンタックやストラトスも手がけたマルチェロ・ガンディーニによって、ルーフをフロントに収納できるタルガトップ化、リトラクタブルライトの採用など手直しはあったものの、ほぼラナバウト・バルケッタ市販版というデザインが完成してしまいます。

 

フィアット X1/9 / Photo by FotoSleuth

 

初期型でわずか75馬力、排ガス規制の厳しい日本仕様に至っては61~66馬力の1,290ccエンジンは非力で、車重890kg(日本仕様)という数値からパワーウェイトレシオは現在のホンダ S660並でしかありません。

それでありながらシャシーやサスペンションはひたすら強固であり、エンジンを200馬力以上にチューニングしてもよく耐えるものでした。

まさにベルトーネとダラーラにとっては理想的なチューニング、あるいはレーシングベースマシンができたと大喜びしたのですが、そこで困ったのは低コストな『128スパイダー』を作るはずが、高コスト体質のミッドシップスポーツができてしまったフィアットです。

それでもあくまで128シリーズの一員である安価なスポーツカーとして宣伝に努めたものの、車名にはついに128の名はつかず、開発コードのままフィアット X1/9として1973年に発売する事に。

 

フィアットから移管後の最終モデル、1989年型ベルトーネ X1/9  / Photo by Niels de Wit

 

しかし最高の素材でありながら大衆車メーカーとしてのイメージに合わないと考えたのか、フィアット自体は最後までハイパフォーマンスバージョンを設定せず、人気モデルではあったものの採算が取れないこともあり、やがてベルトーネへ販売権を譲渡してしまいます。

ちなみにX1/9はそもそもベルトーネで作っていたので、同社にとっては人気モデルを自社で売れるし工場の稼働率も維持できる!と歓迎すべき話で、1982年にベルトーネ X1/9として再出発後、1989年まで生産は続けられました。

 

モータースポーツで示した潜在的戦闘力の高さはストラトス以上?!

 

フィアット・アバルト X1/9プロトティーポ  / 出典:https://www.diariomotor.com/2011/04/30/prototipo-clasico-abarth-x19-1973/

 

「本当は大衆車の売上につながらないと…。」というフィアットの複雑な想いはともかく、スポーツカーとして作られたからにはX1/9にもモータースポーツというステージと、実戦向きバージョンが存在しました。

その代表的なもののひとつがフィアット・アバルト X1/9プロトティーポで、1971年にフィアット傘下となったアバルトの手が入った124用エンジンが、より小型軽量のX1/9に搭載されたことや、それを見込んだシャシー性能により、高い戦闘力を発揮しました。

実際、1975年以降のイタリアやフランスの国内ラリーでは当時フィアット・ランチアのワークスドライバー、ベルナール・シャルドネによって圧倒的な強さを見せ、WRCに出場させればトップ争いは確実と噂されるほど。

 

フィアット・アバルト X1/9プロトティーポ / 出典:https://www.diariomotor.com/2011/04/30/prototipo-clasico-abarth-x19-1973/

 

しかし同時期のWRCフィアット・ランチアといえばランチア ストラトスHFの全盛期だったので、同じミッドシップスポーツのX1/9プロトティーポを出場させて『同門対決』となっても、フィアットには何のメリットもありません。

そもそもストラトスでさえ『大衆車を売り込みたいフィアットの販売戦略』には適合しないと、1976年にはワークスマシンを大衆車131ベースのフィアット 131アバルトラリーに変更したくらいです。

二重の意味でX1/9プロトティーポにはチャンスが与えられなかったのですが、もし実現していれば、『スーパーカーのストラトスを、FF大衆車ベースのミッドシップスポーツX1/9が打ち砕く』という”下克上”が見られたかもしれません。

実際、速いことは速いものの、あまりにピーキー(神経質)な挙動を示すストラトスよりX1/9の方がよほど安定して踏める、と高い評価を与えたラリードライバーがいたほどでした。

 

ダラーラ X1/9  / Photo by crazylenny2

 

また、その開発で深く関わったダラーラもグループ5(シルエットフォーミュラ)仕様のダラーラ X1/9を開発。

192馬力(後に210馬力)を発揮する独自の1,289ccDOHCエンジンを搭載し、FRPパーツなどで徹底的に軽量化されていました。

そして主にヒルクライムレースで使用されることが多かったダラーラ X1/9は、やはり圧倒的な強さを見せて現在でも高い人気を誇ります。

 

主要スペックと中古車相場

 

フィアット X1/9  / Photo by James

 

フィアット X1/9 1977年式

全長×全幅×全高(mm):3,900×1,570×1,170

ホイールベース(mm):2,200

車両重量(kg):890

エンジン仕様・型式:128AS 水冷直列4気筒SOHC8バルブ

総排気量(cc):1,290cc

最高出力:61ps/5,800rpm

最大トルク:9.1kgm/3,600rpm

トランスミッション:4MT

駆動方式:MR

中古車相場:198万~268万円(各型含む)

 

まとめ

 

フィアット X1/9  / Photo by Anthony Bazin

 

スペックだけ見れば後のトヨタ MR2と比べるべくも無く、初代MR2の廉価版AE10にすら劣るとはいえ、X1/9の価値はそのようなところにはありません。

フィアットの方針であくまでアンダーパワー気味に止められているとはいえ、その高い潜在能力をマルチェロ・ガンディーニがデザインしたベルトーネのボディに秘めたX1/9には、優れたチューニングベース車の見せる美しさと凄みがあります。

日本市場においては輸送中の不幸な事故による品質問題などネガティブなイメージもありますが、もう30年以上も前の話なので現在でも生き残っている個体であれば往年のトラブルを思い返す必要は無いでしょう。

古いイタリア車なので日本で乗るには相応の準備が必要ですが、今でも非常に魅力的な1台であることは間違いないのです。

 

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