現在でも日本以外では、SUVやピックアップトラックなど独自開発の乗用車販売を続けているISUZUですが、2017年9月まで販売していた商用1BOXバンのコモ(日産 NV350キャラバンのOEM)を最後に完全撤退するまで、日本でもOEM、あるいはそれ以前には独自生産の乗用車を販売していました。中でも最後のいすゞ独自生産フラッグシップモデルとして1990年6月まで販売されていたのが、初代アスカです。
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初代FFジェミニに次ぐGMワールドカー戦略で生まれた、初代アスカ
一時はトヨタや日産と並ぶ『自動車メーカー御三家』と言われたいすゞ自動車ですが、ベレットやフローリアン、それらの派生車種を最後に、1960年代には既にセダンなど一般的な乗用車の完全独自開発能力を失いかけていました。
それでも独自生産・販売をあきらめたわけではなく、1971年にアメリカのGM(ゼネラルモーターズ)と提携し、GMのグローバルカー構想のひとつ『Tカー』をベースとしてベレット後継の小型車、初代ジェミニを開発。
さらに、モデルチェンジしようにも開発余力が無く、マイナーチェンジの繰り返しで陳腐化の激しかったフローリアン後継として、これもGMの『Jカー』構想を元に開発したアスカを1983年4月に発売しました。
オペル カデットという参考モデルが先に存在した初代ジェミニの頃とは異なり、アスカはあくまで他の『Jカー』(当時のオペル アスコナやシボレー キャバリエなど)と並行開発されたため、基本設計や一部の共通部品を除けば、いすゞオリジナルの部分が多くなっています。
また、後継車であることを強調するため、正式名称は『フローリアンアスカ』でしたが、実際にはアスカとして宣伝されることが多く、いすゞが得意とするディーゼルエンジンを含めた多彩なエンジンラインナップや高性能版も存在したものの、存在感は少々薄めでした。
そして1989年3月には生産終了、1990年6月には販売終了となり、いすゞ乗用車では初のOEM供給(2代目は初代スバル レガシィ)に転換しましたが、メカニズムや性能面、特異なコンプリートモデルの存在により、生産終了から30年近く経った今でも語り継がれる存在です。
注ぎ込まれた最新技術の数々と、一時はクラストップレベルの加速性能!
初代アスカには技術的にいくつか語り継がれる点があり、後に応用されて現在でも引き継がれたものも存在します。
その代表的なものが、世界初の電子制御セミAT『NAVi-5』で、『サキソマット』など、シフトレバーを操作するとクラッチを自動で操作してくれるオートクラッチ式の機械式セミATは昔から存在していましたが、NAVi-5は現在で言えばスズキのAGS(オートギアシフト)のような、電子制御シングルクラッチ式セミATです。
過去の機械式セミATとは異なり、ドライバーが任意のギアを選択した際にはクラッチ操作だけでなく油圧アクチュエーターでシフト操作まで行う上に、マニュアルモード以外ならコンピューター任せのフルATとしても動作しました。
また、現在のスズキAGSや、各社のDCT(デュアルクラッチトランスミッション)がマニュアルモードではシフトレバーの前後操作で変速するシーケンシャル式なのとは異なり、MT感覚で操作できるようHパターンシフトだったのも特徴です。
そしてコンピューターが通常のマニュアルミッションを油圧操作するというメカニズムの関係上、スロットル制御は機械式ではなく当時としては珍しい電子制御を採用しており、ブレーキも含めた統合制御によりクルーズコントロールも容易に設定できました。
このNAVi-5は後に6速化されてNAVi-6などに発展し、子孫というべきセミATは現在でもいすゞのトラックなどに搭載されています。
また、いすゞ得意の2リッターターボディーゼル車のほか、電子制御燃料噴射装置を搭載した2リッターSOHCガソリンターボも、軽量ボディと相まって、当時クラストップレベルのゼロヨンタイムを叩き出すなど、高性能をアピールしました。
至って大真面目!いすゞ中販の力作、イルムシャーならぬ『カゲムシャー』や『ヤマトスペシャル』
いすゞの商品化中古車
涙ぐましさすら感じる pic.twitter.com/14NnJUhYB2
— 自動車美術研究室 (@Jibikenn) 2016年1月22日
初代アスカにはハイパフォーマンスモデルとして、2リッターターボ車をベースにドイツのチューニングメーカー、イルムシャーが監修してサスペンションチューニングや内外装のドレスアップを施した、『アスカ イルムシャー』(1985年10月)が存在しました。
そしてジェミニやビッグホーンのように『ハンドリングバイロータス』までは設定されなかったものの、1987年に中古車をベースとした驚きのコンプリートカーが登場します。
そのキッカケは、1986年2月にいすゞ直系の中古車販売会社として設立された『いすゞ中販(いすゞ中古自動車販売)』でした。
メーカーとして中古車販売に力を入れることになったものの、当時最大の課題がアスカで、正直なところ人気低迷により下取りしたアスカの中古車が売れず、これを売りさばく良策を求めて頭を抱えることになっていたのです。
そこで思いついたのが、単に中古車として売るのではなく、コンプリートカーとして付加価値をつけることで、1987年5月の後楽園中古車ジャンボフェアでテスト販売すべく、60台を製作。
内容としては、2リッターガソリンターボ車をベースに専用ボディカラーやボディストライプ、アルミホイールを装着した195/60R14タイヤに、フロントマスクやシート生地など内外装はイルムシャー仕様へ交換した、いわば『お買い得イルムシャー』というわけです。
同じパーツも使っているし、それっぽい。しかし決してイルムシャーでは無い、というわけでつけられたネーミングは、何とイルムシャーならぬ『アスカ カゲムシャー(影武者)』。
とんでもないシャレどころかメーカー純正コンプリートカー、それもパーツのポン付では無くいすゞ中販の工房に集めて半分バラし、板金塗装して新品部品を組み付けての出荷という、大真面目に作られたカゲムシャーはテスト販売で人気を博し、無事完売します。
以後も『カゲムシャーII(影武者II)』(製作30台)『ニューカゲムシャー(新影武者)』(同50台)やファミリー向けにディーゼル車をベースとした『ヤマトスペシャル(大和スペシャル)』(大和は戦艦の方ではなく、いすゞ中販本社のある神奈川県大和市のこと)を販売。
これに味をしめたいすゞ中販は、『ジェミニ・ワカムシャー(若武者)』や『ピアッツァ・ムシャブルイ(武者震い)』、『ピアッツァ・カチドキ(凱)』、『ビッグホーン・アラムシャー(荒武者)』を作っては売りさばきました。
なお、これらコンプリートカーは『ムシャシリーズ』と呼ばれ、いすゞ中販のアンテナショップ『SPACE-U』で常時10台ほどが展示されていたそうです。
これぞアスカの実力!RACラリーでのクラス優勝や世界最高速記録も!
現在の視点から見れば『高性能スポーツセダン』という印象の薄い初代アスカでしたが、1984年10月には2リッターディ-ゼルターボ車がターボディーゼル部門国際速度記録を樹立。
後の初代レガシィRSのように市販車然とした見かけではなく空力パーツに身を包んでの挑戦でしたが、いすゞディーゼルの技術力を世界にアピールしました。
確かにこのアスカはストックカー感ある pic.twitter.com/LWq96tkItT
— Vaillante_S-prix (エスプリ) (@esprit_of_spre) 2018年2月4日
また、ラリー活動に注力してワークスチーム『TEAM ISUZU』を結成、最後の独自生産ジェミニ(3代目)廃止まで国内外のラリーに参戦していたいすゞですが、ワークス活動の最初期は1983年にアスカで参戦したWRC最終戦『RACラリー』でした。
この年、杉山 正美(ドライバー) / 市野 諮(ナビ。後にサスペンションメーカーTEINを設立、現在の代表取締役社長)のコンビで参戦したアスカ2リッターターボは、途中ダメージを負いながらも快調に走って2リッター以上のグループAクラス7で優勝を飾り、後のジェミニでの活躍に繋げています。
主なスペックと中古車相場
いすゞ JJ120 アスカ イルムシャー 1988年式
全長×全幅×全高(mm):4,385×1,655×1,300
ホイールベース(mm):2,440
車両重量(kg):1,240
エンジン仕様・型式:4ZC1 水冷直列4気筒SOHC8バルブ ターボ
総排気量(cc):1,994
最高出力:110kw(150ps)/5,400rpm
最大トルク:226N・m(23.0kgm)/3,400rpm
トランスミッション:5MT
駆動方式:FF
中古車相場:皆無
まとめ
アスカはいすゞ乗用車の中でも、かなり早く他社からのOEM供給に移行してしまったので、2代目のアスカCX(スバル レガシィOEM)や3~4代目アスカ(ホンダ アコードOEM)の方が、年代によっては印象深いかもしれません。
現役で販売当時も、そう数多く見かける車ではありませんでしたが、NAVi5など画期的な装備や『カゲムシャー』などの存在もあって、生産台数(6年4ヶ月で10万8,512台)の割には、その後も長らくメディアで話題となりました。
『日本文化が初めて開花した飛鳥時代』から命名されたアスカは、国産車ではトヨタ カムリ(冠)などとともに、珍しく日本語車名の車でもあるので、この先も長く語り継がれて、いつか何かの形で、復活してほしい1台です。
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